法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『戦場カメラマン 真実の証明』

ノー・マンズ・ランド*1のダニス・タノヴィッチ監督が監督および脚本を担当した、2009年の作品。
刺激的な場面の少ないドラマゆえか、日本では劇場未公開。GYAO!で9月7日まで無料配信しているのを試聴した。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00862/v00107/
イラクに侵攻されていた1988年のクルディスタン。戦場カメラマンのマークとデイヴィッドは、負傷者をトリアージ*2している医療現場で取材をしていた。
しかし最前線の取材に向かった後、帰国できたのはマークだけだった。マークは恋人のエレーナに助けられつつも、何度も戦場の痛みが心身にぶりかえす。デイヴィッドの恋人ダイアンが妊娠中であることも、マークの心をさいなむ。
親友でありながら、仕事でも生活でも対照的だったデイヴィッドとマーク。ふたりの運命がわかれた秘密を、エレーナの祖父モラレスが精神科医として追及する。


寓話的な状況を設定し、美しい自然を背景にしながら、わかりやすく物語っていく作風は、『ノー・マンズ・ランド』と同じ。
まず、医療現場のトリアージについては、見捨てると決めた重傷者を医者が拳銃で安楽死させていくという、いささか露悪的なもの。それよりも、ひとりひとりを治療する余裕が休戦時にしかない苦悩や、人間の足は戦場に向いていないという医者の見解が印象深かった。
次に、映像は素晴らしいものがある。負傷者のならぶ静かな暗がりや、クルディスタンの山脈の美しさ。後方医療や帰国時が主軸であり、低予算ということもあって戦闘は少なめだが、最低限のことはしている。戦場らしいリアリティは充分で、緊張と開放の呼吸も見事だ。
そして、ナレーションやモノローグをほとんど使わず、ひたすら会話で説明していく作風は、長所とも短所ともいえる。説明不足よりはいいが、帰国して緊張感が解けた状態で会話ばかりつづくと、中だるみを感じてしまう。特にモラレスとエレーナの論争は長すぎる。フランコ政権時代の独裁加担者を「治療」した責任という、それ自体は興味深い題材なのに、設定を口頭で説明しているだけと感じてしまった。もっと物語と密接にモラレスの過去を描写してほしかった。戦場の真相をめぐって対決するマークとモラレスは、さすがにコリン・ファレルクリストファー・リーの名演もあって良かったのだが。
最後に、マークしか帰還できなかった真相は、あくまで物語を進めるため設定した目標にすぎない。ちょっとトリッキーな演出で隠しているものの、おそらく観客の多くが想像できることだろう。しかし映像として見せられた真相は、それ自体がひとつの情景として美しく、寓話として印象深いものがあった。


約100分とタイトな尺でシンプルにまとめた作品ではある。しかし帰国してから治療がはじまるまでを、もっと短く切りつめれば、より無駄のない作品になったろう。全体として良かったが、ほんの少しの惜しさを感じた。

*1:感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101102/1288711250

*2:原題が『TRIAGE』。