法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

池上彰連載中止と掲載拒否のハードル

朝日新聞に連載されている、各紙を比較するコラム「池上彰の新聞ななめ読み」。その朝日検証にふれた回が掲載拒否され、コラムニスト側から降板をもうしいれたという。
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4316

 池上氏本人に確認したところ、事実関係を認めた。

「連載を打ち切らせて下さいと申し出たのは事実です。掲載を拒否されたので、これまで何を書いてもいいと言われていた信頼関係が崩れたと感じました」

産経新聞のコメントでは具体的な内容についていえないとあり、原稿の内容ははっきりしない。
http://sankei.jp.msn.com/life/news/140902/trd14090223300015-n1.htm

池上氏は8月29日掲載分として、朝日の慰安婦報道検証や、それを受けた他紙の反応を論評する予定だった。掲載数日前に原稿を送ったところ、28日に担当者から「掲載できない」と連絡があったという。

 池上氏は「原稿の具体的な内容については言えないが、私自身は朝日新聞の検証を不十分だと考えており、そうした内容も含まれていた」と述べた。

毎日新聞朝日新聞広報コメントによると、やはり内容は公開しないそうだが、連載中止が正式決定したわけではないという。
http://mainichi.jp/select/news/20140903k0000m040175000c.html

 朝日新聞社広報部の話 原稿の内容についてはコメントできない。連載中止を正式に決めたわけではなく、池上彰氏とは今後も誠意を持って話し合う方針です。

しかし、これに対するインターネットの反応もふくめて、難しいものを感じている。
はてなブックマーク - 池上彰氏が原稿掲載拒否で朝日新聞の連載中止を申し入れ | スクープ速報 - 週刊文春WEB
はてなブックマーク - 池上彰氏が原稿掲載拒否で朝日新聞の連載中止を申し入れ (週刊文春) - Yahoo!ニュース
謝罪勧告が掲載中止につながったかどうかも微妙なところだが、どのような理路で謝罪をせまったかでも妥当性が変わってくる。
自発的かつ明示的に記事を撤回した朝日新聞に謝罪をせまるなら、自社記事の撤回すらしていない他紙の越えるべきハードルは高くなるはずだが、そうしたことは報じられた範囲からうかがえない。


従軍慰安婦問題について本人の認識は確認していないが、テレビ朝日のTV番組『そうだったのか!池上彰の学べるニュース』の2013年7月7日放送、視聴者からの質問コーナー「教えて!池上さん」で答えていたことはある。
tv asahi|テレビ朝日
番組公式サイトには詳細が掲載されていないが、従軍慰安婦問題を否認しているブログで要約されていた*1
従軍慰安婦問題を池上さんが解説: まくのうちブログ

当時の日本政府は、軍の関与を否定していたが、
1992年1月、中央大学の教授が防衛庁の図書館で旧日本軍が慰安所を統制したことを示す資料が見つかったと朝日新聞が報道。
これについては解釈が違うとか、この報道自体が誤報だと言ってる人もいるが、
この報道をきっかけに政府の見解が動く。

韓国以外(オランダ、台湾、インドネシア、フィリピンなど)はすんなり受け取ってくれたが、
韓国だけは、民間からお金を集めたことで日本は国の責任を回避したと主張。

そうこうしているうちに、
2007年、第一次安倍内閣閣議決定で「軍の強制連行を示す資料なし」ということで、また風向きが変わった。

要約されていない部分もあるし、表現が少し変わっている部分もある。しかし誤った主張も無批判に紹介する、中立的な内容であったのは事実だった。
たとえば進化論に対して創造論者が反発しているのは事実だろうが、単純に両論併記していいのか。政府が偽りの認識を閣議決定したことを、無批判につたえていいのか。
そのような見解や閣議決定の存在が事実だからつたえたというなら、たとえば吉田清治証言の存在をつたえたことも批判できなくなる。
3-4 「慰安婦」問題は『朝日新聞』の捏造? | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任
2-3 国民基金 | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

国民基金関係者によれば、フィリピンとオランダでは「被害者の大多数が基金の事業を受け入れ」ましたが、韓国と台湾では「基金の事業は被害者の過半によって拒否されたままに終わ」り、基金事業を受け取った被害者も「社会的な認知を得られないまま」だった、「(基金は)韓国と台湾においては和解にいたることに失敗した」と評価しました。

2-2 安倍政権と2007年の閣議決定 | Fight for Justice 日本軍「慰安婦」―忘却への抵抗・未来の責任

河野談話発表の前年には、『朝日新聞』(1992年7月21日夕刊・同年8月30日朝刊)が、軍・官憲による略取を「直接示すような記述」があるスマラン事件の調査結果(→ Q&A 2-6「スマラン事件で日本軍は責任者を罰した?」へ飛ぶ)を公表しているので、なかったというのはおかしいですね。


嘘と真の中立的な内容ゆえか、当時のインターネットで「教えて!池上さん」は賛否両論だった。上記エントリも「捏造」という認識で要約しているが、特に反発もせず受けいれている。偽史を信じる人々にとっては、見解を地上波で流してもらっただけでも歓迎できることだったのだ。
おそらく本人は番組側が用意した原稿を読みあげただけだろうが、同じような認識で朝日新聞に謝罪をせまったのならば、掲載拒否を批判するのは難しい。一作家と新聞社では立場が異なるわけだが、吉田証言を掲載すべきでなかったというなら「教えて!池上さん」のような認識であっても掲載できない。
私個人は掲載前に議論できるだろうし、相互に批判したっていいし、批判と同時に場を与えてもいいと思うのだが、掲載中止の過程がはっきりしない。今週の週刊文春の誌面を確認すればわかるかもしれないが。
ちなみに2007年の閣議決定については、2013年6月に週刊文春の連載コラム「そこからですか!?」でも言及していたらしい。別の従軍慰安婦問題否認ブログで引用されていた。
池上彰氏の奇妙な国際感覚 | 鎌倉橋残日録 ~井本省吾のOB記者日誌~ - 楽天ブログ

 この見解の苦しいところは、強制連行の全面否定ではないことです。直接の証拠が見つからなかったというのは、強制連行を否定する上での「必要条件」にすぎません。「十分条件」にはなっていないのです。直接の証拠は見つかっていないけれど、それは、「証拠が隠滅された」のかも知れないし、「調査が十分ではない」のかもしれないという反論の余地があるからです〉

苦しいとしつつ、閣議決定の認識そのものは否定していないようだ。直接の証拠があることも書いているなら、そこを否認するため引用されただろうし。ともども、いずれ余裕があれば確認したい。


なお、従軍慰安婦問題について、事実関係しかつたえていない朝日新聞の不充分さは感じている。現在にいたるまで、批判対象を明示しない記事か、掲載拒否や抗議といった紙面外での行動ばかり。
虚偽報道をつづけている週刊文春産経新聞とは比べられないが、社会の公器たる責任を充分にはたしているともいいがたい。1990年代からとぎれることなく従軍慰安婦問題について熱心な報道をつづけていれば、存在しない責任まで問われることはなかったかもしれない。

*1:番組映像はいくつかアップロードされているが、書き起こしは見つからなかった。