法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

ちばてつや賞のゴスロリ漫画『コンプレックス・エイジ』が趣味者から批判されるのは予想された事態だった

評判になりかけのころに読んで、絵面は綺麗なものの展開が一直線すぎないかと思った。物語は始まってもいなくて、ひたすら後退していくだけ。
第63回 ちばてつや賞
はてなブックマーク等での批判意見を見ると、おおむね同意できた。現実に敗北していく物語を、はっきり否定せずに描く意味がどこにあるのだろうか、と。
はてなブックマーク - コンプレックス・エイジ/佐久間結衣 コンプレックス・エイジ 【第63回ちばてつや賞入選作品】 - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイ
しかし選考会議の議論が公開されており、読みあわせて印象が変わった。作品に対する評価が好転したわけではないが、何が高評価されて受賞されたかについて納得できたのだ。
できるだけ誉めようとしながら演出上のアドバイスをおこなっている最終選考会も面白いが、読者側の反応と照らし合わせて面白いのが二次選考会だ。
第63回 ちばてつや賞*1

●編集部員・D
1ページ目を見た時には、前回とあまり変わってないのかな、とちょっと不安になりましたが、普通にいい話で、主人公の気持ちもよくわかりました。ただ、最後の「ゴスロリ」をやめてしまったところには、違和感がありましたね。
●編集部員・Q
僕は、あまりにも「ゴスロリ」好きの人の心を捉えてなさ過ぎるし、すごく嘘くさいなーと思いました。この作家さんは、現実的な話より、非現実的な話を一生懸命描いたほうがいいんじゃないかな。
モーニング・ツー編集チーフ・矢作
ゴスロリ」への愛のなさは、確かにものすごく感じられたので、「ゴスロリ」についてもっと調べて、もっと好きになってから描いたほうがよかったんじゃないかな。顔はすごくいいんだけど身体がちょっと下手なので、そこは早急に練習してほしいですね。でも、絵は素敵だし、「ゴスロリ」という題材も、いいと思います。
●編集部員・E
あまりにも“等身大の話”にし過ぎてしまったのかな、と。夢のない話ではなくて、夢のある話を読みたかった。でも、絵も上手いし、話もよく出来ていると思います。
●編集部員・N
私は個人的には、前作のほうが好きなんですよね(笑)。子供っぽくはあったけど、主人公の年齢特有の正義感なんかが、すごく瑞々しかった。ただ、これだけのクオリティのものを描けている人なので、期待値は高いです。

少なくない読者に批判されているポイントについて、全ての編集が同じように難点ととらえている。むしろ読者より点が辛いくらいだ。
これを踏まえて読み返すと、ゴスロリ趣味が加齢や抑圧に敗北した結末を新人漫画賞で描く歪みが、今度は興味深く感じられた。受賞ページによると受賞者は26歳で、作中で主人公に「引き際」をつきつけた20歳の若者と34歳の主人公の中間くらい。


もし物語が真に動きはじめる時を描こうとするならば、それは趣味をやめた主人公が20歳の若者と再会した時だろう。
もともと主人公は社会と自身の抑圧により、ゴスロリ趣味から身を引きつつあった。そこにほとんど葛藤らしい葛藤はなく、状況に流されているだけ。同じ結末でも、最終選考で求められた落差を描いていれば、それが加齢への抵抗という描写になったかもしれないのに。
それに比べて、自らが道を進むきっかけとなった「憧れ」の相手に会い、そこで無邪気に引導をわたしてしまった若者の視点ならば、もっと起伏ある力強い物語が描けるだろう。自分の前から去った主人公と、自身の加齢。自らの言葉に、二重に向きあわなければならない立場。

*1:引用時、文字強調をおこなった。