法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

強制連行された従軍慰安婦の新資料が国立公文書館で発見

林博史教授が国立公文書館で発見したとのこと。
http://www.47news.jp/CN/201311/CN2013112101001602.html
しかし47newsが配信した共同通信記事は短すぎて詳細がわからない。ただしオランダ政府だけでなく中国国民党政府の資料もあることから、古くから知られているスマラン事件以外もふくまれている可能性が高い。
そこで他の新聞記事を検索してみると、沖縄タイムス記事が見つかった。冒頭の文章が全く同じことから同一記事を購入したのだろうが、かなり長文をさいており、各資料の性質が理解できる。
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=57174

 資料6点は、戦後に当時の中国国民政府とオランダ政府が実施した計6件のBC級戦犯法廷の起訴状や判決文などの裁判資料。99年以降に法務省から公文書館に移管されていた。六つの事件はいずれも、当時の「法務大臣官房司法法制調査部」が戦犯法廷を一覧にまとめた「裁判概見表」に掲載されている。

 うち、陸軍中将が強姦(ごうかん)や婦女誘拐などに問われた「南京12号事件」の起訴状は「娘を暴力をもって捜し出し肉体的慰安の具に供した」と指摘している。海軍大尉ら13人が強制売春などに問われたオランダ政府によるインドネシアの「ポンチャナック13号事件」の判決文は「多数の婦女が乱暴な手段にて脅迫され強制させられた」としている。

 6点のうち、南京12号事件は有罪となったものの中将が「別の師団によるもの」と否認していた。「上海136号事件」は被告を取り違えて無罪となっており、起訴状の内容が事実かどうかには疑問も残る。

 林教授は「内容は今後精査する必要がある」と話す一方で「法務省がこれらの資料を政府調査に提出しなかったのは不可解。河野談話以降もさまざまな資料が見つかっており、それらすべてを踏まえて新たな政府見解を出すべきだ」と指摘している。


まず、中国において現地部隊が直接的かつ強制的に女性を拉致監禁していた事例があることは、一説としてあった。
慰安婦にされた女性たち-その他の国々 慰安婦問題とアジア女性基金

 中国は日本軍の慰安所が最初につくられたところです。その数多くの慰安所には、朝鮮人、台湾人、日本人のほか、中国人の慰安婦も多く集められていました。

 このような都市、駐屯地の慰安所とは、別に、日本軍が占領した中国の農村部において、兵士たちが村の女性をレイプし、一定の建物、場所に監禁し、レイプをつづけるということが行われたという証言があります。山西省孟県では、このような行為の被害者が名乗り出て、日本で訴訟が提起されました。

以前から知られている傾向として、日本の支配下におかれてから長い地域では、既存の身売り業者が募集したり、徴集の名目で募集していたことが多かったようだ。日本内地や朝鮮半島、台湾といった地域がそれにあたる。一方で、日本軍が進出してから間がない地域は、より強制的かつ直接的に募集した傾向があるようだ。戦闘がつづいていた中国の各地域や、インドネシア、フィリピンがそれにあたる。


また、河野談話をまとめる時に中国とオランダが軽視されていたことは、証言者が実名であらわれた朝鮮半島のみに問題をとどめたかった日本政府の意図をかんぐることもできる。
実際に先月の朝日新聞が、インドネシアからの非難声明を抑えようと日本政府が動いていたこと、およびインドネシア国内の著作発行を止めるように示唆していたことを、ふたつの記事で伝えていた。
http://www.asahi.com/politics/update/1013/TKY201310120358.html
http://www.asahi.com/politics/update/1014/TKY201310130285.html

 駐インドネシア公使だった高須幸雄・国連事務次長が1993年8月、旧日本軍の慰安婦らの苦難を記録するインドネシア人作家の著作が発行されれば、両国関係に影響が出るとの懸念をインドネシア側に伝えていた。朝日新聞が情報公開で入手した外交文書などで分かった。

 当時の藤田公郎大使から羽田孜外相あての93年8月23日付極秘公電によると、高須氏は8月20日にインドネシア側関係者と懇談し、作家の活動を紹介する記事が7月26日付毎日新聞に掲載されたと伝えた。

 この記事は、ノーベル賞候補だった作家のプラムディア・アナンタ・トゥール氏が、ジャワ島から1400キロ離れた島に戦時中に多数の少女が慰安婦として連れて行かれたと知り、取材を重ねて数百ページにまとめたと報じた。公電で作家とインドネシア側関係者の名前は黒塗りにされているが、作家は同氏とみられる。

従軍慰安婦問題において、韓国の姿勢が強硬で、比較的に他国が穏当だとしても、その原因が韓国にのみあると考えるべきではない。背後に日本政府の作為もあったのだ。今回の発見は、作為の傍証であるともいえるだろう。


今回の資料でうかがえる戦争犯罪は、基本的にBC級裁判で裁かれたようではあるが、これまでの学説を補強する資料としての意味はある。
そして、資料の示す出来事がどれほど事実にそっているかは今のところ不明なのだが、それはつまり精査する努力を日本がおこたっていたということだ。少なくとも、ひとつの資料として参照できる状態に整理しておくべきだった。他国に秘匿されていたのではなく、日本政府の手がとどく場所にあったのだから。