法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『河森正治 ビジョンクリエイターの視点』

メカデザイナーとして『マクロス』シリーズや初期の『トランスフォーマー』シリーズで様々なロボットを変形可能にデザイン。アニメ監督としては、宮沢賢治の半生を描いた中編『イーハトーブ幻想〜KENjIの春』やインド哲学題材の『地球少女アルジュナ』といったディープエコ方面の作品から、合体ロボットアニメ『創聖のアクエリオン』やSFアイドルアニメ『AKB0048』といった華々しいビジュアルの娯楽作品まで、幅広い分野を手がける。
そんな河森正治監督の来歴や物事のとらえかたをインタビューや写真で記していき、その変遷にともなって企画された各作品の制作意図を語っていく。そこに周囲の人物評や異業種との対談企画をもりこみ、今年1月13日にキネマ旬報社から出版された。図版は、創作の背景をうかがわせるようなメモ書きやラフデザインが多めで、既存の書籍に収録されているような完成形は少なめ。


最も目を引いたのは、河森監督の思想を形づくったといわれていた東アジア放浪について、具体的な体験談や写真を使って詳細に記した前半部。
若いころから何度も東アジアを放浪し、とんでもない場所に泊まって仲間が音をあげた場面や、旅行中の映画『2001年宇宙の旅』特撮スタッフと偶然に出会った体験が、いきいきとした口調で語られる。主に取材旅行だった欧米との印象の違いなども語られ、各地域に根づいた文化や風土が細かなディテールをもって浮かびあがり、若手クリエーターの旅行記として単独でも楽しめる分量だった。
そしてテレビのない社会では子供たちの目が輝いていたという逸話も、河森監督が撮った写真を見ると納得できた。感受性の高いクリエイター*1であれば、それを賞揚する思想に傾倒してもしかたないだろうと思わせるほど、たしかに魅力的な写真ばかりだった。また、河森監督自身はテレビ制作者のひとりとして自省のきっかけになったといいつつ、刺激の少ない社会で旅行者に出会ったことへの興奮などを想定し、一歩ひいた目線も持っている。


もちろん、過去にかかわった各作品での経験や、それを糧とした別作品との関連性、空中分解した各企画も別作品の原型になった経緯、といったアニメ関係の裏話も面白い。
ニューエイジ思想や疑似科学的な自然農法をそのまま作中にとりこんだ『地球少女アルジュナ』は視聴者から反発されたが、さまざまな描写が取材時の体験を作品に活かしたことを説明。批判をあびたという原子力発電描写について、東日本大震災原発事故を見れば正しかったといった話もしている。
地球少女アルジュナ』の批判を糧として笑わせながら思想を伝えようとした合体ロボットアニメ『創聖のアクエリオン』や、はじめて意識的に過去作品のくりかえしや現代の風景を未来社会にとりこんだ『マクロスFRONTIER』の制作意図などは、さすがに有名作だけあって過去にも流れていた情報が多い。しかし作品史としてまとめて読むことで、より細かな試行錯誤がうかがえた。

*1:感受性の高さは、ブルーインパルスとの対談で見られる無邪気さや、AKB48が舞台裏で見せていた奮闘を素直に称賛して作品にとりこんだことからもうかがえる。