法華狼の日記

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『ジュノー』

『ジュノー』という伝記的な作品が作られたとのこと - 法華狼の日記
2年前の完成時にエントリで紹介した伝記アニメ映画が、『広島で救護したスイス人医師』という説明文をタイトルに加えて、NHK教育で放映された。
ほぼノーカットの放映に加えて*1、映画では描かれなかったいくつかのエピソードを5分ほど紹介。クライマックスの重要人物が戦艦ミズーリの降伏文書調印にいあわせたエピソードは映画で描写しても良かったろう。


映画の感想としては、現代の視点を象徴する少女2人が、あまり機能していない*2。社会情勢や医療関係の説明でジュノーが独白する場面も多いので、透明人間的に過去を見ている少女2人の独白と、物語上の視点を奪いあってしまっている。正直、2人が過去の出来事に反応する場面は、見ていて恥ずかしさをおぼえた。
過去の歴史を現代の社会問題と結びつけて教訓をくみとる展開も、過去と現代それぞれの問題の固有性を無視しかねず、あまり評価できない。少女2人をタイムスリップさせた謎の光についての説明も最後までなく、教育映画という枠組みを超えられていない。
一方でジュノーという人物のキャラクターは立っていて、紛争地域で人道活動を行うタフなネゴシエイターとしての魅力があった。語り部をジュノー本人に一本化すれば、物語の完成度は高まっただろう*3


物語は、世界中で人道活動を行ったジュノーの足跡をたどっていく。当時にエントリで紹介した公式サイト監督インタビューにもあるように、意外なほど原爆描写は比率が少なく、原爆を投下した米国への直接的な批判もない。
長編アニメーション作品【ジュノー】
ジュノーが最初に赤十字活動を行ったのは、第二次エチオピア戦争とスペイン内戦でのこと。これらの歴史がしっかり日本で映像化されたのは、おそらく初めてではないだろうか。大規模な化学兵器使用と無差別爆撃が行われた植民地戦争と、状況が混沌とした内戦という、近代戦の様々な光景が描かれ、同時にジュノーの人格がどのように形成されたかを描いた。
第二次世界大戦勃発後はフランスとドイツの間で活動し、次は満州で日本軍の捕虜となった連合軍将校と接見する。植民地や侵略という言葉こそ明示されていないが、ここで日本軍の加害的な性格が描かれているからこそ、広島で医療活動に従事したジュノーの強い意思が映える。原爆投下した米軍が医療物資を出すクライマックスの伏線となり、物語的な説得力も高めていた。何より、日本を出た後にも非人道兵器の脅威をうったえたジュノーの活動にも、つまりは映画の原爆批判にも、深い説得力が生まれる。
全体として、原爆被害にとどまらない普遍的な視野での反戦映画となっていた。むしろ、広島原爆投下をきっかけにして、赤十字思想を伝える作品とすらいえるだろう。


映像についていうと、作画リソースが充分な作品とはいえないが、資料写真から書き起こしたカットを積み重ねて当時の情景を描いた演出は興味深かった。
風景にジュノーが入り込んだり、ところどころ密着マルチ処理で動かしたりして、独特のリアリティが生まれていた。『FLAG』等のフェイクドキュメンタリーアニメに連なる演出という見方もできるだろう。

*1:EDの尺は充分あるのに、なぜかスタッフクレジットは簡略版で、参加したアニメーターの名前はわからない。

*2:豊崎愛生高垣彩陽が演じており、声優ファンには聞きどころかもしれないが。

*3:このあたりの感想は、上映当時に観てエントリを上げていたbonzoku氏の意見に、ほぼ同意する。http://d.hatena.ne.jp/bonzoku/20101222/1293013516