法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ゼロの焦点』

犬童一心監督による2009年版をTVで視聴。存外に良かった。


戦後を脱し切れていない昭和30年代の空気が映像から感じられ、一種の歴史映画としての面白味もあった。セットやVFXを適度に用いて再現された当時の街並みに、大きな隙は感じられない。むしろVFXを売りにする映画より自然さでは上回っていた。冬の荒れた海も印象的。
赤いコートの女性が起こす謎の殺人は良い意味でホラータッチで、死体を発見する子供達の演出も笑いと紙一重の恐怖を感じさせた。前半までの謎に近づくたびに死者が増える出口のなさは、サスペンス映画としても見所だった。
最近の広末涼子が漂わせている幸薄さも主人公にあっている。中盤の謎解きで長々と独白する描写には力不足も感じたが、目をつぶれる範囲としたい。


しかし中盤で真相が明らかになってからの展開が弱いことは否定できない。そもそも主人公の推理と回想をまじえて真相を明かしていく演出自体が失敗のように思う。せっかくのホラータッチの殺人劇も、よく見る邦画らしい映像で示されて、真相でありながら現実味が減退。それなりに雰囲気が出ていた映画が、一気に2時間ドラマのような安っぽさに転じてしまった。そう複雑な真相でもないのだから、もっと短く切りつめることができたはず*1
ホラータッチの白昼夢めいた殺人劇も、犯人が明かされて以降はクローズアップやスローモーションを多用した、悪い意味で邦画らしい古臭い描写に終始する。たとえば断崖絶壁での殺人劇は、全て車内からのロングカットで冷徹に見せるとか、もっと乾いた描写にしてほしかった。


後半に入ると文句が増えたが、ひび割れた心を映像として表現した演出は良かったと思うし、人生の絶頂にしか見えない場面で幕切れが訪れるハッタリもまずまず。
戦後を脱し切れていない鬱屈した日本社会、学歴を持たなくて苦悩する女性と、学歴を持っても苦悩する女性という、何となく事件の背景が現代の世相に合っていることも、見ていて好感を持てた一因かもしれない。少なくとも予想していたよりは、ずっと良い作品だった。

*1:主人公から殺人者へドラマの主役が移っていくので、主人公の見せ場を少しでも多くするには推理させるしかないという判断もあるだろう。しかし実際には犯人との直接対決がクライマックスに残っているのだから、やはり推理場面はひかえるべきだったと思う。