法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『TENET テネット』

 ウクライナのオペラハウスを武装集団が占領する。その集団には異なる目的があったが、それを察知していたCIAの特殊部隊は集団にまぎれこみ、標的を救出する。
 CIAの作戦に従事していた主人公は、武装集団のひとりの逆行する銃弾に助けられる。どうやら武装集団とは別個に、物質の時間を逆行させる装置があるらしいが……


 クリストファー・ノーラン監督による2020年の米英合作映画。観客動員が期待できなかったコロナ禍の初期にあえて劇場公開し、映画産業を助けるヒット作となった。

TENET テネット(吹替版)

TENET テネット(吹替版)

  • ジョン・デイビッド・ワシントン
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 あまり等身大のアクション演出がうまくないと評されがちな監督だが、『インターステラー』などは、壮大な情景でドタバタもみあう描写が人間の矮小さを印象づけて、下手なアクション演出をドラマに活用できていた。今作も、プロフェッショナルにしては稚拙な格闘戦が、逆行によって対処に混乱するドラマへ昇華されている。
 それに順行者と逆行者が戦って逆再生と再生が同一画面で入りまじる映像はシンプルに楽しいし、カーチェイスなどで情景の異変が布石になって意外な支援や障害がおこなわれる描写も個性的。
 本物の旅客機を建物に突入させて、ミニチュアや3DCGなどの特撮をつかわなかったことは賛否両論だったが、実際に見ると無駄とも迫力不足とも思わなかった。
SFX/VFX映画時評 -TENET テネット(2020年9・10月号)-

解体寸前の引退機で,空港内を自走できなかった代物らしい。衝突対象の格納庫を大破させる訳には行かないためか,ここは余り迫力のないシーンに留まっていた。これなら,全部CGで描いた方が遥かに迫力ある演出になったはずだ。なるほど,これじゃ並みの映画だ。

 もちろん実物を映すことを好む監督の主義が要因ではあるだろう。しかし滑走路を車輪で走って突入するだけなので飛行不可能な廃品で予算をつかわずにすむし、操縦していた人間が降りる描写を見せようとすると現在の大作映画でも不自然な合成になりがち。しかも物語においては建物を破壊することが目的ではなく、閉鎖された建物に主人公が出入りできる突破口をつくるためなので、もしVFXで突入を表現したなら突破口の実物大セットを別個につくる必要があったはずだ。


 内容はつまるところSFスパイ映画。それも世界的な危機が起こる理由が敵対する男の個人的な動機というあたり、国家間の防諜ではなく犯罪組織への潜入をおこなうタイプのB級感が強い。最新作『オッペンハイマー』への布石のような会話もあるが、社会的なメッセージは強くない。時間を逆行する装置をつくった未来人は背景設定にとどまり、ドラマの前面に出てこない。
 しかしスパイ映画にしては、あまり恋愛描写を重視しないノーラン作品らしく、主人公自身は色恋沙汰に関係しない。敵対する男は女性関係に問題をかかえているが、起きている状況の大きさに比べて女が個人的な動機でしか動かず、それも記号的に処理されている。記号的なのは主人公の男も敵対する男も同じで、SFギミックによって記号を超えた深みを感じさせたのは主人公の相棒くらい。
 ただ、さまざまなキャラクターが時間を逆行するパズルめいた群像劇を展開するにあたって、キャラクターが記号的でなければ理解困難になっただろう。どこで誰が何をしていたか、真相を解説する描写がほとんどないのに*1、最後まで物語を追えた良さはある。
 タイムスリップSFとしての複雑さは、『大長編ドラえもん』を見なれていると真相の意外性はないものの、それでもおさまるべきところにおさまるカタルシスは感じられた。いくつかSF設定に違和感はあったものの*2、約2時間半を飽きさせないだけの密度はあった。

*1:むしろ前半で逆行する銃弾に手をかざして飛びあがらせる実演場面は、説明の内容と実際の逆行が微妙に食い違っているように見える。

*2:逆行装置に入っていない自動車や建物も逆行者の影響で逆行するようになっていく描写は、よく考えると説明が足りない。