法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』黄昏の暁(前編)

二次創作。時系列としては、TVアニメ『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』最終回から後日談までに起きた出来事。
一時間ほどのOVAが作られたならという想定で書いたもの。以前に匿名掲示板で公開した版から手直しを加えているが、ほとんど変化はない。ファンページで公開したため、登場人物や設定の説明もしていない。

アバンタイトル


「重い風だな。舵がろくに利きやしない……」
 操縦士の愚痴は機体をきしませる風にかきけされた。
 黒き波のように暗雲がうねり、大洋のごとく視界の果てまで続く。しかし単機飛行中に敵へ姿をさらしたくはなく、雲からはなれることができない。
 荒れ狂う空においては、巨人を格納する輸送機も嵐に翻弄される小舟と変わりなかった。不規則な風に乗せるため、操縦は熟練者の技量にたよるしかない。渦を巻く熱帯性低気圧に飲み込まれないようするには一苦労だった。
 操縦士が口を開け、低くうなった。獣のように大きく顎を開いたあくびだった。
「地球に来てからずっと、飛びっぱなしですからね。でも、明け方にはあちらさんの基地につきますよ。そのままシーツの白いベッドに直行しましょう」
 副操縦士がいたわったが、操縦士は口を閉じて何も答えない。副操縦士は一つ小さなため息をついて、機体前方に視線を戻した。そして首をかしげる
 雲間に一瞬、光が漏れた。稲妻でも月でもない。墨を流したように黒い視界に、一粒の黄金。気づいた時には操縦士が方向舵ペダルを踏みこみ、操縦桿を倒していた。副操縦席の操縦桿も連動して倒れ、副操縦士が状況を確認する間もなく機体は大きく右にかたむき、かつて輸送機が存在した空間を光線が横切った。稲妻の光ではない。
「ビーム?!」
 驚く副操縦士を操縦士が一喝する。
「黙ってろ!」
 輸送機は速度を上げ、攻撃をさけようと上下左右に機首を振る。重い人型兵器を二体も抱えているので、まともな回避運動はできない。だが幸い厚い雲では互いにレーダーや目視が効かない。事実、ビームは最初の一撃を除き、遠くをかすめて雲を蒸発させるだけだった。
 輸送機が蛇行を続け、ようやく東の空が白々と明るみ始めたころ、操縦桿から手を離して操縦士が一息ついた。自動操縦に切り替えた輸送機は、進路を変更してオーブ辺境の離島発着場に向かう。残りの燃料を計算すれば当然の判断だった。
「何だったのですか、あれは」
 憔悴した副操縦士の問いに、操縦士が答える。
「おおかた、ただの亡霊さ」
 ため息をつき、操縦士は後ろを振り返った。敵の追撃を恐れてではなく、格納庫の様子が心配だったからだ。きっとナチュラルとコーディネイターの夫婦が喧嘩したような荒れ具合だろう。
「だって、あちらとの戦争は終わったのですよ。終わったばかりなのですよ」
「きっと自分が死んだことに、気づいてもないんだろうよ」
 そして操縦士は急に興味を失ったように眼をこすり、ひときわ大きなあくびをした。
「なぜ今、あれが出てくる必要が……」
「凱歌でも唄いに来たのだろうよ。母国の勝利を祝いにな。あるいは、呪いにかもしれんが」
 先ほどかいま見えた金色の輝きが脳裏をよぎる。
 雲間に見えたそれは、黄金に輝く巨人。軍最高指揮官と国家主席を兼任する首長を賞揚し、守護するために建造された世界最後の偶像。
 彼らが今、共同戦線を張ろうと向かっている国の兵器、アカツキだった。


 プラントと地球連合の、断続的でいて長い戦いの結末。
 ギルバート・デュランダル議長が要塞に倒れた後、引き継いだプラント政権は早々に地球連合との和平を結んだ。
 地球連合が全ての責任を軍産複合体ロゴスになすりつけることで大戦終結への一歩を踏み出したように、プラントもまた前議長派へ罪科を押しつけて和平交渉の一端をつかんだのである。
 レイ・ザ・バレルタリア・グラディスは、死したデュランダルをいたわるように要塞の中に残った。要塞は崩壊しつつ月に落下し、その衝撃は月面各都市にまで地響きを轟かせた。
 勝者となったキラ・ヤマトアスラン・ザララクス・クラインは、彼らなりに世界の秩序を再建しようとしているという。
 ネオ・ロアノークは地球連合へと出頭。記憶喪失を主張しての精神鑑定は退けられたが、エクステンデット関連の情報開示で司法取引を行ない、ロゴスとの直接的な関係はないとして死刑はまぬがれた。ロアノーク元大佐の告発により、稼動を続けていた強化人間関連の研究は大部分が打ち切られ、幾人かの実験体が救われたという。
 カガリ・ユラ・アスハはオーブ首長の立場から宇宙と地球の間を取り持ち、講和を助けた。口さがない者にいわせれば漁夫の利をとった格好ではあったが、各勢力に公平な利益がもたらされるように尽力したのも確かなようだ。ちなみに乗機であるアカツキは、しばらく使用される見込みがない現在、首都近郊の基地にて厳重に整備保管されている。そのはずだった。
 真空の宇宙ですら感じられた砲声がやみ、打ち捨てられた兵器は高速で舞う宇宙塵に砕かれ、戦の痕跡は全て塵芥に還ろうとしている。
 地球の夜空にはいつも流星が降り注ぐ。流星の実体は戦災で生まれた廃棄物であり、天に向かって祈りをささげる子供に大人は悲しみ、しかしかける言葉はなく沈黙するしかなかった。
 大気圏に落下した廃棄物のほとんどは海に落ちたが、まれに都市に落ちることもあり、大きく明るい物は日中の砂漠ですらも観測できた。
 砂漠には、撃破され打ち捨てられた戦闘車両の砲塔が無数に屹立し、虚空に照準を合わせながら錆ついている。
 撃沈されたり、戦闘不能と判断され自沈などした軍艦は、回収される見込みもないまま海底で眠り、その油臭い体内に無数の魚を飼っている。流れ出た食料や衣類が海岸にうちあげられることもあり、孤児や難民の糧となった。
 人型をした兵器群もまた、海に、山に、街に、宙に、屍をさらしている。
 鋼の体は崩れ落ち、鉄の翼は朽ち果てた。世界は今ひとたびの平穏を取り戻したかに見えた。
 だが、全ての闘争が収束するには、あまりにも人は戦の世に慣れすぎていた。全ての戦火が絶える日は、未だない。
 しかし始まりがあれば終わりはある。
 オーブ首長国連邦。群島からなる小さな軍事技術立国に、さまざまな立場の敗北者が集結しつつあった。大戦の完全なる終結に向かうため。そして自らの敗北を抱きしめるために。


 小さな窓が並ぶだけの殺風景で狭い廊下を、赤毛の少女が後頭部を押さえつつ歩いていた。
 突然の衝撃に寝台からはねおき、そのまま転倒した痛みに顔をしかめながら、同僚の名前をくりかえし呼んでいる。すでに戦闘は終わっていたが、ずっと姿が見えないでいるのだ。
「まったく、どこいったのかしら。さっきの揺れに気づいてないわけないし」
 少女は嘆息し、窓に写る景色を見た。水平線の先にいくつかの小さな岩影がある。オーブ連邦を形成する諸島の一つだ。気づけば、輸送機はずいぶんと高度を落としていた。
 最東の島からは幾筋もの煙が雲より高くたなびいている。戦場が近い。ほんの少し前まで、しばらく見ることのない光景だと思っていた。二度と見ることはないように願っていた。だけれど、こうして目の前にすれば、体は火照り、肌が粟立つ。
 あまり多くのことを同時に考えられる性質ではないのだ。戦っている間はきっと、たくさんの嫌なことを忘れていられる。祖国のことも妹のことも気にしないでいられる。
 地上の空気に乾いたクチビルを、ちろりと舌で湿らせた。


 静かな薄闇から、少年は静かに目を開けた。
 振動と傾斜から着陸が近いと肌に感じる。通信機からも乗組員や同乗する兵員への勧告が聞こえる。戦闘に備える必要はなくなったようだ。
 そもそも、寝台から脱け出て格納庫に向かったのは、奇妙な気配を感じたためにすぎない。実際に敵と接触したのはずっと後のことだ。勝手に行動したことを知られるのはさけたかった。それでもなぜか、少年はコクピットから出る気が起きなかった。同僚と顔を合わせる気まずさに耐えられないわけではないが、不思議と気分が穏やかでいられるのも確かだった。
 ぼんやりと光る正面のモニターで、白い塔が一直線に空まで続いている。輸送機の外部カメラから得ている映像だ。あまりに遠くて映像は霞がかかり、基部は水平線に隠れて見えない。二年前に破壊され、先ごろ再建されたマスドライバーだ。
 戻ってきた。帰るべき家こそないけれど、休戦しているとはいえ敵国だけれど、もはや宇宙にも居場所はない。みじめでない死に場所を選ぶなら、この島こそがふさわしい。
 命の重さを量る機械があるなら、自分の重さはゼロだと思う。
 あの島には戦うべき敵がいる。自分と同じように一度たどりついた場所から転落し、生ける屍となった男が。屍ならば死んでいるのが道理。戦って互いに命を落とすのが自然なはずだ。
 そう少年は思った。外界を遮断したいかのように、人型兵器の操縦席に身体をあずけながら。


【Aパート】


 オーブ辺境の港に、いくつもの軍艦が係留されていた。
 オーブはもちろん、地球連合ザフトの艦までが肩を並べている。沖合いには、巨体のため入港不可能な艦がさらに多く浮かんである。
 その沖合いに停泊するザフト艦の一隻、宇宙両用艦独特の形状をした艦橋で、艦長らしき男が女性オペレーターから報告を受けていた。
「ええっ、ホーク君たちが攻撃を受けたって?
 状況は、二人は無事なのか」
 うろたえるアーサー艦長に、アビーが淡々と報告を続ける。
「落ちついてください。輸送機に戦闘による障害は発生していません。モビルスーツは検査中ですが、不具合があるとしても整備小隊の能力で対応できる程度とのことです」
「二人はどうしてるんだ、顔も見せないが」
 すでに上官でも部下でもないので顔をあわせる義務こそないが、昔に得た関係を活かせば作戦行動が楽になるのも確かだ。軍隊といえども構成するのは人間である。コーディネイター同士でも信頼関係は重要だ。
シン・アスカは無断でモビルスーツに搭乗した件で出頭しています。ルナマリア・ホークは頭部に軽症を負ったそうですが、大事ありません。すぐ二人とも前線に投入されるそうなので、艦長が連絡を取るとしても戦闘後になるでしょう」
「そうか、良かった。いや良かったといえる状況ではないが、それでも無事で良かったよ」
 アーサーは一息ついて、帽子をかぶり直す。
「もう、仲間がいなくなるのは勘弁してほしいね。戦争は終わったんだから」
 目をやる周囲に人影は少ない。人手不足のため、自国でなくても、戦闘を間近にひかえていても、停泊中に人員を割くことは難しかった。シンやルナマリアは同じ戦いをくぐりぬけて生き残った、数少ない戦友だ。
 いや、生き残った者でも道を違えた者は少なくない。シンの上官であったアスラン・ザラ隊長や、ルナマリアの妹であるメイリン・ホークは戦争のさなかに敵勢力に渡った。休戦して以降、一度も顔をあわせていない。
 アビーは首をふった。
「お言葉ですが、まだ終わったとは言いきれません。」
 艦正面に見える孤島へ目をやる。戦闘による煙が黒く立ち昇り、山の稜線が赤々と燃えている。ロゴスに協力したがゆえオーブ主流派からはじかれた勢力が立てこもり、戦闘を続けているのだ。
「あれだけの愚かしい戦いを経験したばかりなのに、まだ何を争おうというのでしょう。今のオーブに攻め入ったところで、全く戦略的価値はないというのに」
「ロゴスの残存勢力や関係国家に、多少なりとも健在を喧伝するためなんだろうね。勝利は考えていないと思うよ」
「状況を無視して遊撃隊を操る勢力なんて合同で叩き潰さなくても、放置しておけば良いではないですか。時間と労力の無駄です。どうせ困るのはオーブだけでしょう」
 女性通信士らしからぬ独白を聞き、アーサーは少し驚いた。
「ああ、公の場で、そういう無茶いわないで」
 そしてアーサーは顎に手をやってしばし黙考し、答えた。
「道理にあわないんだよ、きっと」
 疑問の表情を浮かべて振り返ったアビーに、アーサーは説明を続ける。
「我々は戦った。政治的に安定した状況を取り戻し、国家の利益とするために。これはどの国でもだいたい同じ事情だったね」
 しかし最終的に勝利したのは、理想論をかかげる一勢力だった。それどころか、最後に勝敗を決する戦闘に関わった者の全てが思想的な何かを抱えていたように思えた。アーサー自身は、ついていけないものを感じていた。
 そして職業軍人として戦いの帰趨に全く影響力を与えられなかったことに、奇妙なわだかまりを持っていた。世界に対する無力感、とでもいうべきだろうか。
「だから今度だけ。一度だけでいい、勝たなくてもいい、どのような政治的圧力にも屈さずにすむような、明確な敵を相手にした戦いがしたいんだよ。きっとみんながね」
「……僭越ながら、艦長も、なのでしょうか」
「いや、私は。戦わずにすめば最高だと思うよ。こういうのは弱い相手をいたぶってて、まるでリンチをしているようで好きじゃない」
 アビーの視線から逃げるように、アーサーはオーブ首都の方角へ振り返った。
「シン君にとっては、かつて拒絶された故郷か」
 国家の誇りにつきあわされ、家を失い、家族を失い、戦いを職業としないとしない未来を失った。復讐の相手すら、あらかじめ奪われていた。
 シンは、軍人となった後に出会った少女、ステラ・ルーシェを妹のように感じていたと聞く。しかしそれをアーサーが知ったのは、医学的に強化された兵士であったステラが、攻撃をかけてきて戦死した後のことだった。そうしてシンは妹を二度失った。
 今さら取り返すには、あまりに多すぎる。だが、ほんの少しだけでも代わりになるものを願うのは、少年の高望みだろうか。


 ルナマリアはデスティニーを一瞬ロックオンし、解除した。
 すぐに現地の指揮官から小言が返ってくる。格納庫内では物理的に安全装置をかけているので誤射の危険性はまずないが、ビーム兵器とはいえ暴発の可能性がないわけではない。もちろんルナマリアにはわかっている。だけどなぜかデスティニーに搭乗するシンを見た瞬間、攻撃したい衝動に駆られた。この感情を何ととらえればいいのかわからない。確かなのは戦場に帰ってきた今、忘れかけていた気持ちが呼び起こされたということ。何もない月面で、すがりついて泣くみじめな男を見た瞬間に覚えた感情。
 しかし一方で今のシンはルナマリアに何の情動もぶつけてこない。現に、ロックオンを笑ったり許したり責めたりする通信がデスティニーから来ることはなかった。最後の調整を終えた整備士が機体各部から離れると同時に、デスティニーはハンガーから離れて格納庫の外へ出ていく。帽子を振る整備士達に返礼する様子もない。月面で涙とともに感情の全てが枯れはてたかのように、今のシン・アスカは厚い殻に閉じこもっている。
 ルナマリアもフォースインパルスをハンガーから離し、帽子を振る整備士達に儀礼的な発光信号を返す。ルナマリアにとって形式的な行為は難しくない。シンとも見た目は完璧に協力して作戦行動を取れるだろう。


 デスティニーは折りたたんでいた翼を広げ、静かに滑走路の中心に向かって歩く。整備は万全のようだった。デスティニーは周囲に障害物のない場所で静止し、インパルスが追いつくと同時に上空を見上げた。太陽は天頂にあり、南国の深すぎる青空が黒々として見える。
 デスティニーとインパルス、どちらも複数の戦闘をくぐりぬけ、一定以上の信頼と性能が約束されている。ゆえに、わざわざパイロット二人とともに最後の前線へと運ばれた。
 量産不可能な兵器など、本質的に存在しえない。そして一度の戦闘で激しく損耗する兵器は、たいてい整備用の部品が最初から用意されている。それはモビルスーツも例外ではない。
 残された部品をかき集めれば、量産を優先してないデスティニーすら一体が完成し、戦闘に充分な交換部品も手に入った。消耗部品を現場で交換することを前提に設計されていたインパルスは、さらにたやすく戦闘可能な状態に持っていけた。
 ならば独裁国家の首長を守るためだけに作られたモビルスーツアカツキも例外ではないだろう。
 ルナマリアたちを攻撃したのは、アスハが手にしているアカツキとは別の機体だ。しかしアカツキがオーブ単独で製造された機体である以上、全くアスハと無関係な勢力が手にしているとは考えにくい。
 シンは確信する。
「あの婚約者か」
 一時期オーブの顔として対外的に出ずっぱり、ジブリールをかくまった時も広報を担当していた。その結果として退陣を余儀なくされ、主権を回復したアスハの命で拘束された後に行方不明。おそらくは戦闘に巻き込まれて死亡……というのがオーブの対外的な公式発表だった。
 もちろんそれを素直に信じる者など、どこにもいない。


 ずいぶん小さいな。それが男から見た第一印象だった。
 谷間に片膝を立ててコクピットハッチを開いたアカツキは、周囲の岩陰に隠れるほどの高さしかない。おかげで敵から視認されにくいわけだが、自分を守る鎧としては心もとなかった。
 垂直離着陸機とアカツキを繋いでいたワイヤーが、整備士達により手際よく切り離される。四機の垂直離着陸機はエンジンを折りたたむように変型し、滑るように飛び去っていった。地形をいかしてレーダーに察知されないよう注意深く飛び、そのままオーブ守備隊へ投降する予定だ。炭化してくすぶる森から昇る煙も彼らの姿を隠してくれるだろう。
「途中でザフト機と遭遇しましたが、幸いにも威嚇射撃だけで向こうから離れていきました。おそらく単独飛行をしていたザフトモビルスーツ輸送機と思われます。宇宙を本拠地とするザフトには、今の地上で護衛をつける余裕もないのでしょう」
「あちらも人手不足に機体不足と聞くけど、モビルスーツ輸送機を地上で運用できるだけの力は充分に残しているわけか」
 垂直離着陸機に無理やりアカツキをぶらさげ移送していることに気づかれたなら、相手が輸送機であっても危なかった。あえて天候が不安定なルートを選んだことは不幸中の幸いだった。
「みんな事故もなく、よくやってくれた。移送したパイロット達には後で君たちから伝えておいてくれ。僕はもう会うことができないだろうから」
 その言葉に、背後の何人かが顔をしかめた。怒っているのかもしれない。涙をこらえているのかもしれない。
 そうした周囲には見向きもせず、男はアカツキに歩み寄った。近づけばやはりそれなりに大きく感じる。陽光に輝く装甲が目にまぶしい。空を覆う黒煙と、顔に包帯を巻いた男の姿が反射している。これに乗って戦い、死ぬ。ならば充分だとユウナは思えてきた。
 各所から寄せ集めたパーツでかろうじて完成した一体。継続して戦うには消耗部品が足りないが、一度くらいなら問題ない。ただ負けるためだけに作られた黄金の棺桶だ。王として死ぬことが許されないよりは、ただの虜囚として忘れられるよりは、願われさえせず死ぬよりは、古典的だがずっといい。
 五大氏族にセイラン家が選ばれてから、何度となく軍事シミュレーションをくりかえしてきた。艦隊旗艦に乗って最前線に出た経験もある。モビルスーツを操縦したこともある。モビルスーツに搭乗しての実戦は初めてだが、せいぜい名を上げるように戦い、華々しく散るくらいのことはできるだろう。死ねば何も残せないと思い、どんなものにもすがって生きてきた人生だったが、大事故から生きのびた今は、不思議と何かにすがる気は起きなかった。
 ユウナは自分の掌を見下ろす。傷だらけで南国の陽光に焼けた肌と、シミ一つない生白い複製の皮膚がモザイクだ。墜落した敵兵器にまきこまれ、四肢は砕かれ肌は焼かれた。進歩した細胞クローニング技術がなければ確実に命を失っていただろう。傷だらけの顔はまだ包帯が取れないでいる。
 フランケンシュタインの怪物もミイラ男にはふさわしい。
「ならば行くか、アカツキ
 寄せ集めの怪物は、むろん何も答えなかった。死ぬためだけに生き長らえた男を、異教の偶像にも似た姿で、ただ静かに見下ろしていた。


【Bパート】


 ルナマリアは雲間から眼下の景色を見下ろした。輝く海面を三機編隊の敵戦闘機が飛び去っていく。向かっているのはオーブ守備隊が展開している方角だ。
 狙撃したい衝動をルナマリアは自制し、念のためシンに投降の意志を示していることを発光信号で伝える。
 あの敵戦闘機とは戦った経験がある。最新型にかなうほどではないが、ビーム兵器を持ち、モビルスーツへの変型機構も持っている。けして弱くはない。望遠映像や速度で見た限りでは戦闘不可能な状態とも思えない。それが攻撃をしかけてこないどころか降伏しているのだから、戦況がよくわかる。
「ああ、もう戦いも終盤か」
 ルナマリアには少しばかりさびしい気持ちがあった。
 すでに制空権も得ているし、島の大半も制圧している。地下基地もオーブが味方についているのだから発見や制圧は難しくなかった。オーブ反乱軍の敗北は確実だ。このままでは到着する前に敵が降伏するかもしれない。
 嘆息していると、デスティニーから通信が入った。
「質問だ。あの島に今、使える滑走路はあるのか」
「そんなの残ってるわけないでしょう。あれだけ爆撃をしたのだもの。地下カタパルトだってとっくにオーブ守備隊が制圧しているし」
「じゃあ、あの戦闘機はどうやって島から飛びあがったんだ。制空権はとっくに奪っている。無補給で飛び続けられたとも思えない」
「あれって可変モビルスーツじゃない。滑走路がなくても変型して離着陸できる……」
 ルナマリアは途中で言葉を切った。何かが脳裏に引っかかった。
 周囲への警戒心が薄れたその時、インパルスの背後から、モビルスーツくらいに巨大な四本指がつかみかかってきていた。指に見えたマニュピレーターは、それぞれがモビルスーツの四肢。
 人型へ変型する途中の可変戦闘機、ムラサメだった。


 嵐の空で遭遇したアカツキは移送中だったと推測されている。おそらく輸送用ではない垂直離着陸機を使い、吊り下げて運んでいたのだろう。実際に、モビルスーツを吊るして運んでいたと思しき不安定で大きな影が監視記録から発見され、直後に四つの飛行物体が島を離れたという情報も入っている。
 とにかく先ほど見た編隊は三機。一機足りない。
 独自判断で投降しなかったムラサメは、あわててかまえたインパルスのビームライフルビームサーベルで切り裂いた。インパルスが左手に握ろうとしたビームサーベルも、ムラサメは返す刀で手首ごと切り落とす。
 眼下の海にインパルスの左手首とライフルの残骸が落ちていく。
 牽制のバルカン砲も効果がなく、ムラサメは穴だらけになりながらビームサーベルをかまえて突進してくる。インパルスは右手にビームサーベルをかまえた。
 そしてインパルスにビームサーベルが届こうかという瞬間、ムラサメの動きが止まった。見ると、すでにムラサメの目に光はない。モニターをよく見れば、ムラサメの胸部から突起物が生えていた。
 ムラサメは背後からデスティニーに大刀でつらぬかれていた。斬艦刀……本来は敵軍艦を攻撃するため設計された、ビームと質量を併用して敵を破壊するための武器だ。その長さはモビルスーツ本体の身長とほぼ同じ。それがコクピットを貫通していた。
 デスティニーは軽く刀を一振りし、動かなくなったムラサメを放り捨てた。斬艦刀の切っ先には黒い液体が飛び散っている。
 ムラサメは煙の尾を引きながら落下していき、途中で雲に隠れて見えなくなった。
 名も知らぬ敵だが、威圧感は相当なものだった。しかも量産機でザフトの高級機を二機同時に相手して、多少なりとも損害を与えた。
 インパルスが左手首の他に損傷を受けていないか確認しながら、ルナマリアはつぶやく。
「きっと、嵐の中でアカツキを運んでいたパイロットね。それも他と違って投降することもなく、あえて不利な戦いをいどんできた……」
 弱いはずがない。恐怖に駆られて後先考えない戦いをいどんできたのではなく、確固とした意志を持ってこちらの兵力を削ごうとしたのだ。
 デスティニーからビームライフルを受け取りながら、ルナマリアはシンに礼をした。
「フォローありがとう。それにしても、よく気づいたわね」
 本当なら自分が相手をしたかったのだが、客観的に見ると助けられたのもたしかだ。おそらく滑走路についてルナマリアに尋ねた時、すでにシンは敵の存在に感づいていたのだろう。
 シンの返答は短かった。
「俺は、みんなを守りたいだけだ」
 乾いた声の通信はすぐに切られ、ヘルメットからは空中の電磁波を拾ったノイズだけが聞こえるようになった。
 ふいに、きしむ音が響いた。ルナマリア自身の歯ぎしりだった。みんなを守る、などという傲慢な台詞が不快だった。
 できもしないくせに。できなかったくせに。
 また、身体の底に重い澱が溜まっていく。


 雷鳴に似た轟きが山の中腹に響く。
 たちこめた黒煙はまるで雷雲のようだ。稲光に似た黄金の輝きが雲から雲へ走り抜ける。
 そこかしこから放たれる光線が黄金の装甲に反射し、攻撃した者へ返される。あらがってはならぬ相手にあらがった神罰と感じさせる光景だ。実際にムラサメの設計者は意識していたかもしれない。神の似姿となる兵器として。いや、最初にモビルスーツを人型兵器として完成させた者からして、神の死んだ世界に新たなる偶像を生み出したつもりだったかもしれない。
 操縦席に座るユウナが誰にも聞かれない軽口を叩いた。
「雷神様の、お通りだ」
 口にして、自ら失笑する。ただ一柱となり人に追われ、山頂に逃げている神など滑稽だ。
 雷鳴は、巨人が引きずる斬艦刀がたてる音だ。エネルギー消耗が激しいビーム砲のたぐいは持たない。ビームを反射し実弾も効果がないアカツキには、長距離攻撃など怖くはない。近づいてくる者を倒すだけだ。
 周囲に目をやれば、かつて緑なしていた美しい島は黒煙で覆われ、爆撃による巨大なくぼみが無数にあいている。黒く炭化した木々は、今なお赤熱して光をにじませている。モビルスーツの高い視界からでは、残骸となった兵器も獣や人の屍に見えた。
 まるで地獄のようじゃないか。
 ユウナは、まるで自分が地獄をはいずりまわる魔物にでもなった心地がした。
 太陽が山の稜線に隠れようとしている。天に目をやれば、暖かい薄紅色に深い紺碧色がにじむ。
「さしずめセイランの黄昏作戦、ってところかな」
 そう口にして、古くからセイラン家につかえていた侍従が、目がしらを押さえていたのを思い出す。なに、心配はしていない。ユウナが立派に戦って死ねば相応の立場で遇されるだろう。
 そうだ、ユウナは幼少から自分を守ってくれた従者に対して、たぶん最初で最後の恩返しをしようとしているのだ。
 ふいにアカツキが停止し、走っていた勢いのまま振り向きつつ斬艦刀を振りまわした。切っ先が大地を切り裂き、倒れていたモビルスーツの頭部から股間まで両断する。敵モビルスーツが握っていた柄が左腕からこぼれ、落ちた実体剣が地面で音をたてた。
 ザフトの旧式兵器、ジンハイマニューバ。アカツキを攻撃しようとして、モビルスーツの残骸にまぎれて待ちかまえていたのだ。実弾兵器もビーム兵器も効かないアカツキに対して有効な攻撃手段は、衝撃で装甲越しに内部に損害を与えるくらいしかない。さらに起伏の多い地形を移動するモビルスーツを攻撃する場合、遠距離からの精密射撃を当てることが困難である以上、実体剣を用いる選択は悪くない。寝そべった状態から致命傷を与えることは難しいが、脚部を損傷させて回避行動を封じるくらいは可能だろう。
 もし単機で行動不能に陥れば、包囲する敵になぶり殺されていた。
 ユウナはつばを飲みこむ。気づけば、すっかりモビルスーツの大群に囲まれていた。先と同じように、兵器の残骸群に隠れていた。片目、片腕、首無し……多くの機体が攻撃で何らかの破損をし、怪物的な姿となっている。爆撃で無数にあいた穴ぼこは、死者が蘇りし後の墓だ。
 アカツキが斬艦刀をふりかざす。よろめくように敵が斜面をはいあがり、襲いかかってくる。アカツキの装甲は宇宙世紀最強といってよいが、出力は敵機とほとんど変わりない。組みついてこられると身動きできなくなるだろう。
 無数にわいてくる半壊した機械にかこまれ、ユウナは思った。
 どうやら王として死ぬこともかなわないかもしれない。


 広い会場を埋めつくす人々が、壇上に視線を集めている。
 壇上で語りかけているのはウズミ・ナラ・アスハ。オーブの現首長だ。
 少年は直立不動で壇の近くに立ち、照明の光を浴びる首長を見つめていた。胸の内に自然と誇らしさがわきおこる。大仰な演出に対する冷笑も批判も感じず、純粋にたたえる気持ちだけを持つ。近くに立つ父も首長に拍手を贈っている。当然のように少年も真似をする。力強く手を打つ。父の顔に浮かぶ渋い表情に気づくこともなく。
 ウズミの一礼とともに音楽が始まり、そこここで談笑が生まれる。なごやかでも、どこかしら互いへの牽制や実力者への媚びがある。誰がどの勢力に属するかはわからなかったが、さすがに少年も周囲の大人が見せる澱んだ空気に気づきだした。けして緊張しやすい性格ではないのに、口にふくむ甘い飲み物の味もわからない。
 そんな停滞した空気を切り裂くように、一陣の風が会場へ飛び込んできた。長い髪をなびかせる金髪の少女が正面扉から駆けこんできたのだ。ワンピースのすそが泥だらけだというのに、その美しさを少しも損なっていない。むしろ草原からつみとったばかりの花に似て、汚れすら野生味を感じさせ、愛らしさを浮き立たせた。
 少女は会場の中央にいるウズミの側へと駆け寄り、握った右手を差し出す。
「お父様、こんな美しい花を見つけました。何という名前でしょう」
 少女が差し出した花は白く、丸みを持って先がすぼまった花びらが連なっている。
 少し困った顔をしているウズミを見て、つい少年は横から口を出してしまった。
「鈴蘭ですね。この近くでは珍しい花です」
 子供心に、自分の年齢なら丸く場を収められるだろうという計算もしていた。
 少女はきょとんとした顔で少年に向き直り、ふっと笑った。
「へえ、物知りなんだな」
 皮肉な響きはどこにもなく、素直に感嘆する口調だった。
「気をつけてください、毒草ですから。花びらから根っこまで、口に入れると命にかかわりますよ」
 危険ゆえに屋敷の近くから取り除かれているのだ。
 ひき蛙をつぶしたような悲鳴を上げ、少女は鈴蘭を放りあげた。床に落ちる直前、少年が花をつかみとる。
「おい、危なくないのか。すぐ外に捨てに行こう」
 こわごわと花を見る少女に、笑いかける。
「手に持つくらいなら大丈夫ですよ」
「なら、私が捨てに行く。持ってきた私の責任だ」
 よこせという感じで手を伸ばしてくる少女に対し、少年は首を振った。
「自分の名前はユウナ・ロマ・セイラン、五氏族をお守りするセイラン家を継ぐ者です。そう父から教えられましたから、私が処分をたのんできます」
 少女が笑った。
「おまえ、変な奴だな。男の子ならボク、女の子ならワタシだろ?」
 性差を感じさせる昔の言葉で講釈をたれてくる。
 少年は苦笑した。
「そうですね。カガリ様のいうとおりです」
 今度は少女が苦笑した。
「何だ、私の名前を知っていたのか」
 カガリ・ユラ・アスハ、知らないはずがない。オーブ首長の娘だ。出生に問題があるらしく世間には顔を出さないが、オーブ有力者の間では無礼がないようにと知れわたっている。
「マイスウィートハニーな姫様のお手をわずらわせるわけにはいけません」
 昔の映画で知った言葉を使い、せいいっぱいにおどけてみせた。カガリもくったくなく笑顔を返す。


 笑いあう幼い二人を、それぞれの父親は笑み一つ浮かべず、じっと見つめていた。
 カガリの許婚に決まったことを父親がユウナに告げたのは、しばらく後のことだった。
 事故から生き残ったのは、かつての婚約者であるカガリ・ユラ・アスハが尽力してくれたためかもしれないと、ユウナは頭の片隅で思う。それくらいの温情はかけてくれる人だ。
カガリ様、あなたはやはり人の上に立つ器ではない」
 敗北した虫けらなど一顧だにする価値もない。わざわざ首長自ら温情をかける必要も吊し上げる義務もない。ただ手を汚さずに下の者に任せていればいい。国の上に立つということは、結局はそういうことだ。


 戦場についた時、すでに太陽は水平線に沈んでいた。
 島には灯火一つなく、火事でくすぶる赤が少し見えるだけ。モニターに赤外線画像を映しても、生命の存在は感じられない。
 島全体に目をやる。山の中腹に小山が見える。うずたかく積み重なった兵器の残骸だ。その中央に巨人が一体たたずんでいた。昇ったばかりの月光をあび、大刀を片手でゆるやかに持ち、黄金に輝く。それはまぎれもなく王の姿だった。
 倒すべき敵の姿だ。
「私が先行する」
 ルナマリアは一声叫び、アカツキに向かってインパルスを急降下させた。
 ビームライフルアカツキの周囲に照準を合わせて撃つ。周囲の土砂を掘り起こし、アカツキの目くらましにする。関節や冷却機構に砂塵が入りこんで動きを鈍らせれられれば、なお良い。背後のデスティニーも同様に大口径ビーム砲で援護する。
 アカツキは天を見上げ、静かに斬艦刀を振り上げた。その切っ先は正確にインパルスの姿をとらえる。
 接触は一瞬。アカツキが横薙ぎした斬艦刀は正確にインパルスの脇腹をえぐり、弧を描くように両断した。装甲がゆがみ、ひきちぎられる。しかしインパルスは直前で上半身と下半身に分離し、致命傷にはなっていない。
 インパルスの上半身がブースターを噴射。通用しないビーム兵器は捨てた。そのまま右手でアカツキの左肩をつかみ、左手は敵の右脇からまわす。そのまま最大出力で山の斜面にアカツキを押しつける。
「……つかまえた」
 ルナマリアは笑った。装甲がゆがんでいるため脱出装置が作動しない。けれど怖くはなかった。むしろ楽しい。楽しさのあまり笑みがこぼれる。
「あなたは死ぬのよ、私とね」
 口にして、自分で少し驚いた。勝利の笑みが苦笑いに変わる。ずっと殺したかったのはシンではなく、ルナマリア自身だったと気づいたのだ。
 幼いころはもちろん、軍に入ってからも常に側にいた妹は、心身ともに遠くへ行ってしまった。尊敬していた人々とも様々な形で別れてしまった。
 最後まで側にいたシンは、バカで身勝手でシスコンで、とりえのモビルスーツ操縦すらアスラン・ザラに完敗した。考えてみると良い所なんて一つもない。せいぜい見下して哀れむ人形に使える程度だ。それでも側にいて不快ではなかった。アスランメイリンがいなくなった時だって、近くにレイがいたのにシンにすがりついた。……でも、もう限界。今度の戦いが終われば、私は本当に一人きりになる。孤独をいやす方法なんて知りやしない。明るくふるまおうとしていたのは、さびしさに耐えられないことの裏返し。
 ふいに、ルナマリアは宙に浮かびあがるような感覚をおぼえた。ヘルメットの内で短い前髪がゆれる。加速重力でシートに押し付けられているはずなのに、背中の圧迫感が消えている。
 インパルスの右掌と左肘は、アカツキの両肩を確実につかんでいる。だけれど正面モニターから急速にアカツキが遠ざかる。噴射する燃料を使い果たしたインパルスは、落下していた。両肩部をアカツキの斬艦刀で斬り離されて。
 気を失う直前、アカツキが足をゆっくりと上げている様子が見えた。もちろんそれは一瞬のこと。コアファイターが作動したとしても脱出する余裕はない。落下した衝撃でコクピットがゆがみ、破裂したモニターがルナマリアに降り注ぐ。
 光を失ったインパルスの頭部にアカツキが足をあてがい、そのまま踏み潰した。
 インパルスは何の反応も示さなかった。


 続

『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』黄昏の暁(後編) - 法華狼の日記