法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

従軍慰安婦の歴史だけでなく、日本語も勉強するべき歴史修正主義者

さて、前回のエントリにmumur氏がコメントで反論してきた。反論しているつもりなのだと思うが……正直な感想をいうと、もしmumur氏の友人がいるならば、誤った言動を重ねないよう、いさめてやるべきだと思うよ。
過去は生きている〜従軍慰安婦論争を例にして〜 - 法華狼の日記

今更「強制連行だけが問題なのではない」って、左翼の使い古された逃げ口上だよね。
戦地売春婦など常識だったので問題にされなかったのが、「日本軍が強制連行した」と報道されたから問題になったのだよ。

そういう主張をするならば問題になった経緯の資料を示さなければならない。「報道されたから問題になった」といった主張に対して根拠を要求することは「悪魔の証明」ではない、と当該エントリで指摘したばかり。そのコメント欄で何ら根拠を出さず自己主張をくりかえすだけとは、ずいぶん理解力に不自由しているようだ。

「強制連行だけが問題じゃない」というなら、強制連行も問題だったのであって、その主張が捏造だったと判明した以上は、それを謝罪訂正するのが筋。

白馬事件において極めて狭義の強制連行すら史実として存在したことが証明されており、日本政府による被害者聞き取りからも強制連行があったことは認められており、単に強制連行があったという報道は捏造ではない。秦郁彦教授でさえ、フィリピンにおいては軍隊の暴力性をともなう強制連行で慰安婦が集められていたことを認めている。吉田清治手記が捏造であったと考えてさえ、そのような手記が存在したという報道自体は事実であり、一般的にいう「捏造記事」とは異なる*1
あるいは、吉田清治手記を充分な証拠として採用したならば、その論者は謝罪訂正を行なう必要はあるかもしれない*2。しかし、吉見義明教授は吉田手記を証拠として採用したことはないから*3、謝罪訂正する必要はない。私もまた吉田手記を自説の根拠に用いたことはないので、謝罪訂正する必要はない。
それとも同じ「左翼」と勝手にくくった上で、連帯責任を負うべきとでも主張するのだろうか。後述する白馬事件とは違って同一組織に所属したわけではないから、主張していない者まで責任を取るべき話ではないはずだが。


さて、白馬事件については認めているが、その解釈がひどい。

これは、インドネシアにおいて日本軍の部隊が女性を誘拐してきて性欲処理として利用したという事件。
これは事実は事実なんだけど、別に軍の命令で誘拐したわけじゃないじゃん。
一部の部隊が暴走した事件でしょ。

大佐*4が計画の中心として疑われるような大事件を「一部の部隊が暴走した」と表現するのは、よほど軍事にうといのだろうか。いや、一部の部隊が暴走したという表現も間違いではないのだが、その暴走が整然として組織だったものということを念頭におかなくてはならない。被害者は日本軍の経営する慰安所へ連行されて働かされたのであり、それを「性欲処理として利用」と把握するなら、日本軍の慰安婦制度そのものが人権問題であることを語るに落ちたようなものである。

もちろん日本軍に管理責任・道義責任はあるが、「日本軍が組織的に女性を拉致誘拐して性欲処理に利用した」ことの証拠にはならない。

私はエントリにおいて「従軍慰安婦問題で否定派が否認しようのない出来事」として白馬事件を指摘した。どうすれば「日本軍が組織的に女性を拉致誘拐して性欲処理に利用した」の証拠と読めるのだろうか。たとえ「強制連行」を唯一の争点としたがっているかのようなmumur氏の論法にしたがうとしても、いつから「強制連行」という言葉が「組織的に拉致誘拐」という意味に限定されたのだろうか。
国語辞書を引けばわかるが、「強制」も「連行」も本人の意思にかかわりなく特定の行動をさせるという意味がある。
強制(きょうせい)の意味 - goo国語辞書

[名](スル)権力や威力によって、その人の意思にかかわりなく、ある事を無理にさせること。「参加を―する」

連行(れんこう)の意味 - goo国語辞書

[名](スル)本人の意思にかかわらず、連れて行くこと。特に、警察官が犯人・容疑者などを警察署へ連れて行くこと。「犯人を―する」

「権力」や「威圧」によって連れて行けば強制連行と呼べる。直接的な暴力がともなわなければ強制連行ではないという主張は、日本語を知らない、誤った思い込みからくる拒絶にすぎないのだ。

母数が大きくなれば一定割合でクズはどうしても発生するわけで、このクズを持って母集団全体がクズというのであれば、在日朝鮮人の一部の犯罪者を持って「在日全体は犯罪者である」という在特会と同様のロジックを肯定するしかなくなる。

軍隊という巨大な暴力機関で起こされた事件を「クズはどうしても発生する」とは、姑息な反論にしても軍隊全体への信用性をおとしめる主張であり、筋が悪いのではないだろうか。どこかで聞いたことがあると思えば、以前に批判したid:JSF氏の主張か*5。どちらにしても、軍事というものについて全くの素人でないと出てこない意見だと思わざるをえない。
さらに指摘するなら、誰が「このクズを持って母集団全体がクズという」主張をしているだろうか。白馬事件が日本軍の組織的な問題としてくりかえし指摘され続けるのは、オランダ人リーダーの抗議を受けて日本軍が慰安所を閉鎖しつつも、関係者の処分を行なわなかったことにある。mumur氏は白馬事件において日本軍が事件の首謀者を処分しなかったことに全く言及しておらず、組織の責任について論じた主張は全て根本から破綻している。

しかも、白馬事件は数十人の事件。
一番規模がでかいとされる朝鮮人女性の慰安婦(吉見義明によると8万〜20万)で、スマラン事件のような事例が発覚してないのはどういうこと?

吉見教授の推計した8〜20万人は、朝鮮半島出身に限定していない総数だ。逆に、朝鮮人慰安婦を17〜20万人と推計した金一勉氏に対して「かなり多すぎると思うが、実数となるとはっきりしない。」という論評までくわえている*6
吉見教授の推計が指す範囲すら知らない時点で、mumur氏の主張がデマに基礎を置いていることが推定できる。1992年1月11日の朝日新聞記事で従軍慰安婦総数が過大に報じられたという主張が流布されているが、それがデマにすぎないことを以前にApeman氏が指摘していた*7。きちんと元の資料にあたっていれば、まず間違えるはずのないことなのだ。
そして白馬事件は戦時中に抑留所から女性が連れ出され、オランダ人リーダーの抗議で発覚し対処せざるをえなかった経緯がある。それゆえ記録に残って有名になったにすぎない。スマラン慰安所以外でも、マゲランの軍慰安所フローレス島の慰安所での強制売春が戦犯裁判で明らかにされたことをオランダ政府報告書が伝えている*8。同じ帝国主義国家として一定の軍事力と国際的な発言力を保持しており、売春を強制してはならないという指示も出されていたヨーロッパ人だから対処に追い込まれ*9、記録に残ったのだ。植民地化によって抑圧され強制売春を防ぐ指示も出ていなかったアジア人の場合に*10、即座に事件が発覚しなかったことを不思議がるようでは話にならない。

しかも、このスマラン事件も先ほどのロジックと同じで、「スマラン事件があったから朝鮮人女性の拉致誘拐慰安婦も事実だ」というなら、「朝鮮学校の校長が国際指名手配を受けているから全国の朝鮮学校の校長職員生徒も全員犯罪者だ」というロジックにいきつく。

この比喩は、組織内で処分がなかったことを誤魔化してきた主張より、さらにひどい。組織の末端が起こした責任を上層部が負うことと、組織の上層部が問われている責任を末端が負うことが、同じ論理であるはずがない。……もっとも、このmumur氏の思想は一億総懺悔や受忍論*11に通じているとも感じる。愚かな戦争を主導した日本中枢は、こうして免罪されるのだろう。


最後にmumur氏は挺身隊と慰安婦が同一視された理由について主張するのだが、その内容が自説の破綻を裏づけることに気づいていないようだ。

>*4:この時期は「慰安婦」と同一視されていた。挺身隊と騙して慰安婦に仕立てた例はあるようだが、現在では別の問題と解される。


何で同一視されていたのかについて言及しないとフェアじゃないよね。
朝日新聞記者の植村隆が「挺身隊という名目で慰安婦として強制連行して慰安婦として利用した」と捏造報道したのが発端。
これを見ても分かるとおり、慰安婦=強制連行という論点が重要だったのだよ。

引用文にあるとおり、同一視することと騙して仕立てることを私は別個に見なしている。そしてmumur氏自身が要約した「挺身隊という名目で慰安婦として強制連行して慰安婦として利用した」という主張は、まさしく「挺身隊と騙して慰安婦に仕立てた」という主張である。あくまでそのような例があったという記述であって、他の名目で騙した例などを問題視しないという記述ではない。同一視された責任を記者が負うべきと主張したいなら、全ての慰安婦を強制連行する際の名目としてのみ挺身隊が存在した、という報道であったことを証明しなければならない。
いずれにしても、1990年以前の報道が発端で「強制連行」という論点が出ていたというならば、私が批判した「最初は吉田清治の『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行の記録』でございます」*12という記述が誤りと確定する。そして吉田手記に基づいた朝日新聞記事以前に「強制連行」が問題視されていたという私の批判が正しかったということも明らかになった。そう、ここで挺身隊について自説をのべたことによって、mumur氏は私による批判の正しさを裏づけてしまったわけだ。
こうなるとmumur氏は「その主張が捏造だったと判明した以上は、それを謝罪訂正するのが筋」という自身の主張に従うべきだろうが、コメント欄のどこにも謝罪訂正する文章は見当たらない。

単なる戦地売春婦だったらどこにでもある。
だけど、挺身隊という名目で性欲処理に利用したとされたから、国際的な大問題になったわけで。

「強制連行」という主張によって朝鮮人被害者が名乗り出たという主張をしていたはずなのに、「挺身隊という名目で性欲処理に利用した」という主張にすりかえる。都合が悪くなったら論点をすりかえる態度は「使い古された逃げ口上」としか思えないのだが、連続したコメントの最初と最後で論点を変える態度は新鮮味を感じないでもない。
そしてくり返しになるが、白馬事件は国際的な大問題ではないとでもいうのだろうか。陸軍中将が懲役12年の判決を受け、慰安所の責任者だった陸軍少佐は銃殺刑に処された。軍事にくわしくないだろうmumur氏は感覚としてわからないかもしれないが、少なくとも現実の日本軍における少佐という階級は、指揮官として相応に高い地位にある。


最後に、慰安婦制度が「単なる戦地売春婦」で「どこにでもある」という主張自体が愚劣であることを確認した上で、批判をくわえておこう。
吉見教授による『従軍慰安婦』は、他国軍の慰安所に類する問題も指摘している。日本側が作り米軍が許可したRAAも詳細に書かれているし*13、すぐに閉鎖されたものの米英軍も同様の施設を作っていたことや*14ソ連軍が多数の性暴行事件を起こしていたこと*15、徹底的な管理がなされた独軍慰安所*16も言及されている。
しかし少なくとも米英軍の慰安所と違って、日本軍の慰安所は中枢の将校によって設置され陸軍省が推進したものであった*17慰安所の開設について陸軍経理学校で教えられていたという証言すらある*18。軍の組織だった主導により慰安所が設置され、運営されていたことは、日本軍の慰安婦制度が特異であったことを示している*19
従軍慰安婦が問題視された経緯は様々あるにしても、他国と比した規模からすれば注目されることに不思議はない。不思議なのは、他国の悪を示しながら日本の悪へ追求することをやめさせようとする態度だ。他国の悪も日本の悪も、ともに追求することが自然な態度であるべきではないか。

*1:捏造とは「事実でないことを事実のようにこしらえること。でっちあげること。」という意味であり、朝日新聞が主体的にこしらえたとはいいがたい。吉田手記が捏造という仮定にしたがって正確を期すなら、資料批判が不足し誤った資料を信用したことによる「誤報」とでも記述するべきではないだろうか。

*2:軍人の回想記がしばしば時期や場所を改編して記述されることを考慮して、資料として参照することも不可能ではない。現時点でも、「強制連行」という軍人による記述が朝日新聞とは全く別個に十年以上先行して存在した明白な証拠である、ということはできる。

*3:むしろ聞き取りなどを通して、歴史学上の証拠しては採用できないことを明らかにした研究者の1人である。

*4:帰国後に戦犯裁判による追求が始まったことを知って自殺している。

*5:JSF氏のブログからmumur氏の旧ブログへリンクがはっていたことをかんがみれば、同じ誤謬におちいるのは不思議でもない。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20090909/1252541925

*6:従軍慰安婦』78頁。以降、同書からの引用は頁のみ表記する。なお、あくまで「思う」「はっきりしない」と評しているわけであり、金一勉主張を全否定しているわけではないが。なお、80頁では総数推計作業自体も「それなりの意味があるとしても、事態の本質に迫るうえでどれほど有効か、あらためて考えてみる必要があろう」と語っているように、吉見教授は自身の推計も絶対視していない。

*7:http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070816/p2

*8:188〜189頁。

*9:191頁。

*10:つまり抗議があっても現場は対処に応じなくても現場はすませられる。

*11:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100804/1280936991

*12:太字強調は引用者。引用文のカギカッコを白カッコへ変更。http://25oclock.blog.shinobi.jp/Entry/176/

*13:194〜197頁。

*14:204頁。

*15:206頁。

*16:207頁。

*17:34頁。

*18:37頁。

*19:関連するインターネット上の資料をApeman氏がまとめている。http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20070304/p1