法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

残酷な状況を描くだけでは創作の意味がない

エントリタイトルのような意味で読んだ。
柴村仁、見下ろす、落語 - 過ぎ去ろうとしない過去
落語を引いているところは、hokusyu氏自身も認めているように余談として切り分けて考える。実のところ私もよく知らない。
どちらかというと、以前にトリアージ論争で言及されていた*1イリヤの空、UFOの夏』が具体例としてふさわしかったのではないだろうか。
実は柴村仁作品もほとんどわからないので、現実の残酷を描いた物語群について書いたエントリの続きとして、『イリヤの空 UFOの夏』について少し語りたい。
『カンビュセスの籤』を読む - 法華狼の日記

なお、露悪的な残酷こそ現実という考えは、物語の御都合主義を軽減するため不都合な状況も描写しておく技巧に通じるところもあるので否定はしにくい。……なにぶんにも『イリヤの空、UFOの夏』は不都合な展開がわざとらしいほどで、最終巻あたりでは逆に現実味を損なっていたが……



さて、『イリヤの空 UFOの夏』だが、名作とは思わないし、嫌いなところも多い。読んでいる間は没入できる娯楽作品としてよくできていたが、読み終わった後に残るものがなかった。連載作品だったこともあって、刹那的に美しい情景や露悪的な描写を追求しつつ*2、物語がうねることなく終了してしまった感がある。
残酷な状況を維持することを現実主義であるかのように語る者と、それに抗おうとする者の対峙を描いた『猫の地球儀』から、主題が後退しているのではないか、とも思った。


現実に「残酷」という側面は確かにある。その側面を誇張できる虚構を素晴らしいと思うことも多い。
しかし、残酷な展開や描写ができれば良い作品になるかというと、必ずしもそうではないだろう。いってみれば、声優の演技が巧いだけのアニメ*3や、絵が奇麗なだけのマンガ*4といったものと同じようなものだ。作品全体にとっては、「残酷」な描写や展開を用いて、どのような物語を作り上げていくかが重要ではないだろうか。
もちろん、作品の各要素を個別に評価することはできるし、作品が提示された時の社会状況や読者の解釈で一部要素をふくらまして個別の価値を見出すこともできる。しかしそれに作品*5が安住するべきではないと思うのだ。


ちなみに、私が富野由悠季作品が嫌いなのは同じ理由からだ。
富野監督は現実の残酷さや人間の矮小さを刺激的に描く。しかしそこで終わり、物語が広がらない。「残酷」や「矮小」を克服しようとせず冷笑的に映し続けるだけ。
俗に「白富野」と呼ばれる作品にしても、さほど根本は変わっていない*6。人物の地に足がついた行動ではなく、唐突な言動による事態好転や*7、人が介在しない架空設定によって救いが与えられる。それは克服ではない。
鬱時代に作ったTVアニメ『機動戦士Zガンダム』と決別するはずだった再構成映画『新約Zガンダム』三部作も、結局はTVアニメと同じオカルトで決着をつけた。いや、結末でとってつけたように主人公の救われた姿を新規で作ったため、オカルトによる決着のしっぺ返しを描いたTVアニメより後退しているとすらいえる。


もちろん、現実の残酷さを昔から商業TVアニメで正面から描いていたことは、評価すべきと思う。登場人物は「残酷」や「矮小」を認識するという成長を果たした。『海のトリトン』等の作品的価値はそこにあるだろう。しかし、同時代のアニメ作家でも、現実の残酷さを描きつつ冷笑しない人はいる。
高橋良輔監督ならば「残酷」に敗北しようとも一矢むくいるところまで描く。
「キリコは心臓に向かう一本の折れた針」
出崎統監督ならば得られた結果に関わらず、克服しようともがく者の姿を力強く描く。
「シッポを立てろー!」
現実の描き方という観点でいえば、私はこの両監督が描くような世界を好むのだ。

*1:http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20080525/p1

*2:年間SFガイドブックの類いにあった小説家対談で、終盤の残酷な描写を思いついたことに達成感を得たと、作者自身が語っていたと記憶している。

*3:絵が動くことはアニメの根本である、その意味で作画が良いだけのアニメは価値がある。私が作画オタクだからいっているのではない。この文章を棒読みで再生しないように。

*4:マンガは絵の羅列ではなくコマの構成で見せるものであり、基本的に一枚絵の巧さよりコマ割りの能力が求められる。

*5:作家ではない。

*6:良かった例もある。『∀ガンダム』の、墓前で泣き崩れるディアナなどは、和解しようと心をゆり動かす人の姿を、映像作品ならではの描写で盛り上げていた。

*7:物語における特権的な立場を付与された者が演説し、事態を好転させるような描写もふくむ。