推理小説にはパスティッシュ……贋作というジャンルがある。元ネタそっくりに、あるいはパロディした作品のことだ。
そこでエロマンガで、『ピーターパン』『銀河鉄道の夜』『星に願いを』……つまり古典や小説に元ネタを求めた、二次創作的な作品しばり。あえてアニメやマンガからは取らない。
もっとも有名古典に元ネタを持つエロマンガは多くてしぼりきれないので、できるだけ長編から選んだ。
『エンジンルーム』大暮維人
すでに一般漫画誌に移って長い大暮維人の処女単行本。出版当時に話題となっただけあって、すでにマンガ技術がほぼ完成されている。
頁数の約半分をしめる『ピーターパンシンドローム』。元ネタは『ピーターパン』。女性キャラになったピーターパンと、呪いで両性具有となって日本へ転生したウェンディの恋に、日本人の少女が主人公としてからむ。
素顔を隠しているフック船長が無闇に格好いい。
『三国志艶義』清水清
一度はエロマンガ単行本に冒頭のみが他の短編と同時収録されたが、最終回まで収録した一般向け単行本として出版されなおした。
元ネタは見ての通り『三国志演義』。桃園の誓いから三顧の礼、赤壁の闘いまで、最も楽しい時代を翻案。しかし結末で去り行く劉備、関羽、張飛ら3人の背中が、やがて哀しき末路を感じさせる。
8頁、関羽と出会って劉備の自己紹介する場面が興味深い。
「ワシこそは何をかくそう/前漢六代目景帝の子/中山靖王劉勝/の孫の嫁の/連れ子のはとこの/妾の三つ上の兄の/恋女房の/そ祖父の/かくし子/にして/姓は劉/名は備/字は玄徳/と申すどーだ!」「何だあまり/驚かん/のう」
「ヘッ今までに/お主の親せきを/百人位見たよ」
「ケッ もう劉姓は/流行らんのか/のう…」
元ネタへのツッコミとして面白いし、架空の歴史フィクションとして説得力のある描写がそこここに見られる。何人かのキャラは当然のように女性化されているが、ただ変えるのではなく元ネタの逸話を活かした伝奇的な設定がつけられていて*1、御都合主義感が少ない。
巻末にはキャラを流用した現代を舞台とする前後編あり。
『幻覚小節』町田ひらく
収録された『美女とのけもの』が『銀河鉄道の夜』を元ネタとしている。より正確にはモチーフとして引用されている。
この石炭袋のようにどす黒い結末は、確かに忘れられない。
『星に願いを』天竺浪人
上下巻で完結。元ネタは『星に願いを』だが、それは題名だけ。『寄生獣』や、その元となった古典SF『二十億の針』のポルノ版といったところ。侵略SFとして行きつくところまで行った結末は、なかなかの絶望感。
ストーリーにこだわったエロマンガはポルノ描写が邪魔に感じられることが多い。しかし、この作品は侵略者による意識支配と男性による肉体征服が女性主人公視点で重ね合わされていて、まとまりがいい。
『白百合銃士隊』きねま天戈
元ネタは『三銃士』。銃士隊が崩壊する時代までをマンガ化して、急ぎ足なものの粗筋をほぼ写し取っている。三銃士に出てくる主要な男性キャラを女性に置きかえた、オーソドックスなポルノ化。しかしそれにからんで毒婦ミラディの正体が判明する97頁には爆笑した。
どうしても美少女キャラにばかりこだわって一般キャラや背景がおざなりになるエロマンガで*2、背景や服装もきちんと描きこまれていて、それでいて絵がうるさくなく読みやすい。後半の殺陣など、1996年の当時としてはマンガとして相応に良く出来ていた。逆にポルノ描写が無ければ、古典の萌え化マンガとして一般マンガ雑誌で連載されていても奇妙でない完成度だった。
ちなみに巻末で『エクセル・サーガ』等の六道紳士が友人として応援メッセージを送っている。
『ALICE』十羽織ましゅまろ
ファーストとセカンドの2冊で完結している。元ネタは当然『不思議の国のアリス』。ルイス・キャロルの性癖とは関係ないだろうが、『不思議の国のアリス』から翻案したポルノ作品は数ある。その中で最もグロテスクかつドライに童話世界を描いているだろう一作。
陰惨な結末を明るく迎えるあたりが、良い意味で原作*3の空気を感じさせる。
『蒸気王神話伝説Ladyワトソン』山咲梅太郎
元ネタは『シャーロックホームズ』シリーズ。ワトソンやホームズ、マイクロフトらが女性化して登場。わりとマイナーなキャラまで押さえている。わざわざ『三人ガリデブ』を選んでパロディしたのは、多分いしいひさいちとこの作者だけだろう。
基本的にはバカバカしいエロコメだが、妙にミステリ形式にこだわっていて毎回くだらないオチがつく。出来はともかく、肩の力の抜けぶりがいい。あまり絵は巧くないことも、逆に効果的。
『VIDE』道満晴明
収録された前後編『SNOW WHITE』。元ネタは『白雪姫』。魔女としての存在感がある王妃や、白雪姫を守る七人の小人は元ネタより好み。ちなみに『不思議のアリス』を元とした作品も収録されている。
G=ヒコロウのエッセイマンガ『みんなはどう?』で登場人物として紹介された文章が見事なので引用させてもらう。
エロマンガ家。とんちの効いたちょっと良い話を描いて大人気。うらやましいな。どうだかね。
わりと冗談ではなく、どの短編もそつなくまとまっているのは魅力。エロマンガ単行本は、出来の高低が極端な例が多い。
『アルコールラムプの銀河鉄道』しろみかずひさ
元ネタは再び『銀河鉄道の夜』。舞台を変え、性格を変えつつ、たった一人の女性マリカをヒロインに、くりかえしくりかえし語られる男女の道程の物語。
ビザールなデザイン設定や作者の自己言及はやりすぎな感もあるが、一般漫画誌に採用された短編SFマンガが詩的で美しい*4。
『PSI遊記』陽気婢
元ネタは『西遊記』。この中国古典は劇画から萌えマンガまで何種類も翻案されているが、エロマンガらしいエロマンガという考えから選んだ。
ギャグからマンガ記号から古めかしく、完成度だけなら同作者作品や同ネタ作品にずっと良い出来が見つかるだろうが、アッケラカンとしたノリは今読んでこそ面白い。ネオテニー人間に食用人間、種族間の葛藤と、いくらでも深められる設定を持ちながら絵柄も展開もあくまで明るい。
どれも平均十年近く前の作品と、古い。あとエロス基準が自分でよくわからない。
以下、一覧。
1.大暮維人『エンジンルーム』ファンタジー
2.清水清『三国志艶義』少年漫画的エロ
3.町田ひらく『幻覚小節』ロリ
4.天竺浪人『星に願いを』SF
5.きねま天戈『白百合銃士隊』レズ
6.十羽織ましゅまろ『ALICE』ファンタジー
7.山咲梅太郎『蒸気王神話伝説Ladyワトソン』レズ
8.道満晴明『VIDE』調教
9.しろみかずひさ『アルコールラムプの銀河鉄道』調教
10.陽気婢『PSI遊記』
長編を選んだため、ジャンルは一作品に何種類も入っているので注意。