アフガニスタンで生まれたアミンが、幼少期からの体験を語っていく。内戦後の新政権に父親がつれていかれて姿を消し、混乱する故郷からロシアへ、そして西側諸国へ逃れようとする。密入国で業者へ出せる資金は少なく、家族は少しずつ分断されるように渡航するしかない。しかもアミンは同性愛者という危険な立場だった……
2021年のデンマークとスウェーデンとノルウェーとフランスの合作映画。ひとりの青年の体験記をアニメーションで映像化する。日本公開から間をおかずにEテレで放送されたものを視聴した。
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ドキュメンタリでありながらアニメという手法を選んだのは、撮影の難しいロシアやアフガニスタンを描写するだけでなく、主人公たちを匿名化するためなのだろう。しかし頭身が高いキャラクターデザインに、作画枚数が少なめの動きが日本アニメのスタイルに近く、普通にアニメ映画として見やすかった。
良くも悪くも再現を重視して、映像の興奮よりも状況の説明に徹しているが、逃げまどう場面を手描き調のラフな描線で背景動画をつかってカメラワークをつけた場面などは目を引いた。実写の資料映像の挿入も映像のリズムを変えて単調になることを防いでいる。
出せる対価に応じて密入国業者のレベルが変わったり、ソ連崩壊直後のロシアは良くも悪くも賄賂が横行しているので多少の金銭があれば見逃してもらえたり、非正規移民の立場から克明に描かれる苦難の日々は興味深い。誤解を恐れずにいえば、最後のこみいった指示で他国に入りこむ緊張感はよくできたサスペンス映画のようだった。
先に密航した姉たちが密閉されたコンテナ内で呼吸困難におちいった描写などで、密入国者が死亡した実話にもとづく韓国映画『海にかかる霧』を連想した。こちらはインタビュアーの予想に反して姉たちは命をつないでいたが。
『海にかかる霧』 - 法華狼の日記
難民にふりかかる問題はアフガンやロシアの官憲、密航者をそまつにあつかう業者だけではない。難破寸前のところを豪華客船に遭遇して助けてもらえると歓迎していたら送還されたり、収容所の厳しい生活を報道するカメラが入ったが報道はされても状況に変化がないままだったり、西側諸国にしても人道的とはいえない態度をとっていることが難民の立場から実感できる*1。
また同性愛者という主人公の隠した内心も周囲との距離をつくりだす。新天地でできた恋人が、ケンカしたとたん密入国を通報すると脅したりする。大学に合格して成功者になった現在の恋人も、新居の購入で不和を感じたりもする。
しかし同性愛への偏見にそまっているかと恐れていた兄が、一足先に外国にうつって密入国の資金を調達しつづけた兄が、主人公を受けいれてゲイクラブに送ってくれた。常に不安定な立場におかれつづけてきた主人公が、はじめて自分の心身をすべて肯定できるようになった場面はあまりにも感動的だった。もっと人を信じて良いのだと思えた。
そして現在の恋人との立場も安定したところで映画は終わる。少しずつ自己を確立してきた男の半世紀としてドキュメンタリは完結しており、描かれた社会問題のわりに後味が良すぎた感はある。
しかしテロップでつたえられるように、父親は行方不明になったまま見つかっていない。アフガニスタンの現状はあまり映画で描かれていないが、主人公家族の脱出後にさらにひどくなっていっていることを誰もが知っている。そして主人公がいたころからロシアは少しずつ経済成長していき、主人公が逃れた後から少しは市民の自由も認められつつあったが、映画公開後は正面から他国へ侵攻して世界に私益優先の思想を広めている。
*1:もちろん、映画に登場しない日本の難民政策はさらにひどいことも理解はしているが。