法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

「性奴隷」という表現を日本政府として拒絶したいなら、アジア女性基金を日本政府の成果として喧伝してはならない

従軍慰安婦を「奴隷」と呼ぶことを日本政府が拒絶するという報道が、たてつづけにあった。
エラーページ - 産経ニュース

関係筋によると、日本は性奴隷表現の不使用のほか、ソウルの日本大使館前の慰安婦被害を象徴する少女像の撤去や、他国での日本非難活動について政府の関与停止を韓国側に要求。慰安婦問題で合意を図る場合は、日韓両政府が問題を終結させると宣言し、韓国政府が民間団体に蒸し返しをさせないと保証する必要があると主張している。

民間団体への抑圧を政府に求めるところがひどい。先日の『NHKスペシャル』では、初期の失敗くらいの表現で終わらせていたが、実際は現在までつづいている問題なのだ。
『NHKスペシャル』戦後70年 ニッポンの肖像−世界の中で− 第1回 信頼回復への道 - 法華狼の日記

日韓条約の制定時の反対デモを軍事独裁政権が鎮圧したことや、インドネシア田中角栄訪問に対する学生デモがおこなわれたことも指摘。日本の賠償が個人を軽視していたことの説明といえるだろう。

それに産経記事では、あたかも韓国のみが「性奴隷」という表現を使っているかのようだ。
しかし国際機関でも定着した表現ということは、日本政府の反発とともに朝日記事で明らかにされていた。
http://www.asahi.com/articles/ASH6Q5SN9H6QUHBI02J.html

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は22日、ザイド国連人権高等弁務官が23日から3日間の予定で韓国を訪問し、元慰安婦に面会する予定だと発表した。

OHCHRの発表文では、元慰安婦を「第2次世界大戦中の性奴隷の女性被害者」と表現しているが、日本政府側は「『性奴隷』という表現は不適切」との立場をとっている。

日本国内の歴史学界も、元慰安婦が「性奴隷」だったという声明を出したばかり。
「慰安婦」問題に関する日本の歴史学会・歴史教育者団体の声明 - 東京歴史科学研究会

慰安婦」とされた女性は、性奴隷として筆舌に尽くしがたい暴力を受けた。近年の歴史研究は、動員過程の強制性のみならず、動員された女性たちが、人権を蹂躙された性奴隷の状態に置かれていたことを明らかにしている。

歴史的な事実として奴隷状態であったのに、表現だけを拒絶して何の意味があるのか。まさか日本政府は「恋愛実習生」のような表現でごまかしたいのか。
表現を拒絶している現在の日本政府こそ、特別に問題があるといわざるをえない。


そして、被害者へのつぐないとして日本政府が喧伝するアジア女性基金も、国際連合の見解を引く時に異論は述べても、「性奴隷」という表現までは否定していない*1
国連等国際機関における審議,慰安婦問題とアジア女性基金

報告者は、慰安婦の存在は「軍性奴隷制」の事例であるという認定の下、日本政府が国際人道法の違反につき法的責任を負っていると主張しました。もっとも、同氏は、日本政府が道義的な責任を認めたことを「歓迎すべき端緒」とし、アジア女性基金を設置したことを「日本政府の道義的配慮の表現」だと評価しています。しかし、これによって政府は「国際公法下で行われる『慰安婦』の法的請求を免れるものではない」とも強調しています。

そもそもアジア女性基金の関係者も、引用ではないかたちで「奴隷」という表現をもちいることがある。それも組織をはなれたものだけでなく、公式サイトに掲載されたものがあるのだ。
たとえば、元慰安婦と会見したことをふりかえる有馬真喜子理事の発言。
慰安婦問題とアジア女性基金 事業実施にかかわった関係者の回想

晴れやかな格好をして、穏やかにおばあさんたちが座ってるじゃないですか。この人たちが少女のときに慰安婦にされて、兵たちが毎日、それこそ性奴隷にしてたんだって思うと、私たちの国は何をしてきたんだという感じがありましたね。

たとえば、アジア女性基金がおこなった国際フォーラムにおける金平輝子理事の冒頭あいさつ*2
http://www.awf.or.jp/pdf/0003.pdf

ここで「女性のためのアジア平和国民基金」について一言、説明いたします。1995年7月19日、村山前内閣の下で、この基金は設立されました。この基金は、一つには、日本軍によって性的な奴隷とされたいわゆる元「慰安婦」の方々に対する道義的責任を果すための事業を行うこと、もう一つには、女性に対するその他の人権侵害を防ぎ、女性の尊厳を守るための事業を行うことの二本柱の下に現在活動を行っています。

日本研究者声明の誤報を助けてしまった浅野豊美氏も*3、中国とビルマの国境付近をとりあげた論文において、カギカッコをつけつつ認定*4
http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf

精神的な支えもなく、給料という現実の報酬もなく、「慰安」と兵士の身の回りの世話に追われる彼女たちの実態は、「奴隷」とさして変わらなかったのではなかろうか。


妥協で生まれたアジア女性基金の見解すら日本政府が認めない問題は、「奴隷」という文言にかぎらない。
http://www.asahi.com/articles/ASGBL3CSSGBLUSPT001.html

基金への参加を呼びかけた文書を、外務省がホームページ(HP)から突如削除した。

 呼びかけ文には「10代の少女までも含む多くの女性を強制的に『慰安婦』として軍に従わせた」とあった。衆院予算委員会で、この記述が強制連行をほのめかすようだと批判されたための措置とみられる。

削除について岸田外相は、HPに政府が作った文書とそうでない文書が混在していたので構成を整理した、と説明する。だが、基金の関連文書の内容は政府も認めてきた。

アジア女性基金の見解を根拠もなく拒否するならば、その見解でえられた「信頼」もアジア女性基金だけのものとするべきだ。

*1:国際連合内の議論を紹介する時に、表現を肯定する意見と同時に否定する意見も引いている例はある。http://www.awf.or.jp/pdf/0082.pdfの19頁。

*2:PDFファイル5〜6頁。

*3:macska dot org » 世界の日本研究者ら187名による「日本の歴史家を支持する声明」の背景と狙い

*4:PDFファイル6頁。文章は、書き起こしから引いた。3 拉孟近郊の松山陣地 - 15年戦争資料 @wiki - アットウィキ