法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

漫画家の藤栄道彦氏が、またツイッターで商業作家らしからぬ「引用」の基準を見せていた

数年前、藤栄氏のツイートや作品が話題になったことを受けて、該当するコマを引用してエントリを書いたことがある。
接客を題材にした漫画『コンシェルジュ』の作者による、誤解しようのないオモテナシ - 法華狼の日記

しばしば作者の政治性を稚拙に反映させた描写が批判されている。典型的な事例として、『コンシェルジュラチナム』第43話「人間として!」で描かれた外国人への対応がある*3。

これはサッカー場で排外主義的な横断幕をかかげられた事件*4を使ったギャグだ。

*3:第9巻159頁。
*4:横断幕に気づいて抗議したサポーターによるブログエントリがこちら。サガン鳥栖戦における埼スタゴール裏ゲートでの人種差別的弾幕について。 - 想像力はベッドルームと路上から


それから時間がたった昨年末、別の論点もふくむやりとりのなかで、コマの引用を「無断使用」と藤栄氏がツイートした。
表現や発言に攻撃を加えてきたのは一般人、と主張する漫画家の藤栄道彦氏は、単に権力による攻撃を除外しているだけ - 法華狼の日記

現代の漫画家として見識をあらためるべきだろうツイートについては指摘しておく。

「無断使用」が「一番大きな問題点」と表現しているが、私はエントリにおいてコマの引用元を明らかにしており、漫画を引用する要件を満たしているはずだ。

もちろん私のエントリでコマの位置を改変したりはしていない。そうして引用が認められる場合は「無断」でコマを使用しても何の問題もありはしない。

その後の藤栄氏は、「一番大きな問題点」がかかるのは「画像を利用して私を排外主義漫画家としてる」と釈明したが、「無断使用」という表現の説明にはならない。
漫画家の藤栄道彦氏は文章力がなさすぎるのか、それともはてしなく不誠実なのか - 法華狼の日記

著作権上で許された引用と理解していれば、「無断使用」という表現を選ぶべきではないし、普通なら当初から選ばないだろう。

実のところ、スクリーンショットだけですませてリンクなどをせず引用元を明確化していない藤栄氏こそ、引用の要件を満たせない可能性がある。

この後に藤栄氏は自作の説明をふくむ反論らしきブログエントリを書いていたが、そのような基準で「排外主義」をとらえているからあのような漫画になったのだな、と思うしかなかった。
新・漫画家奮闘日記 「反差別」という「魔女狩り」を楽しむ人たち〜法華狼氏のブログから思うこと〜

 コロナ禍の現在なら、国籍を基準にして対応することの是非について違う考えを持つ人が多いかもしれませんね。
 それは排外主義とは別のものです。

物語のキャラクターの主張は、たとえ主人公の心象でも作者の思想と同一とは限らないし、物語の結論にしても現実の主張と同一ではないこともある。
しかし生活する地域と保持する国籍を同一と考えるような思考に作者がとらわれていては、その枠組みを作品が超えることは難しいのだろう。


先日、「ナチスは良いこともした」という主張を批判する研究者、田野大輔氏のインタビュー記事が話題になった。
「ナチスは良いこともした」という逆張り その根底にある二つの欲求:朝日新聞デジタル

 ナチスを肯定的に評価する言動の多くは、「アウトバーンの建設で失業を解消した」といった経済政策を中心にしたもので、書籍も出版されています。研究者の世界ではすでに否定されている見方で、著者は歴史やナチズムの専門家ではありません。

アウトバーン建設で減った失業者は全体のごく一部で、実際には軍需産業の雇用の方が大きかった。女性や若者の失業者はカウントしないという統計上のからくりもありました。

その記事に藤栄氏がツイッターで反発し、結果として田野氏の批判に妥当性がある生きた証明となった。

https://twitter.com/michihikofujiei/status/1530455438877413377
https://twitter.com/michihikofujiei/status/1530456638544834561
ナチスは良いこともした」という逆張り その根底にある二つの欲求:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASQ5S4HFPQ5SUPQJ001.html

いや、やってる。
大衆車としてフォルクスワーゲンを開発・普及させたこととか、内政面で見るべきところは多い。
主義主張は研究者にも色眼鏡をかける。
戦後のロケット技術の基礎になったV2号の開発とか、物事には光と影がある場合が多い。
「絶対悪」なんてあるはずがないのだが、教授がこういうこと言ってしまうのがなあ。
どうせツッタカタでボコボコにされて、反撃の来ないところでイキがってるだけなんだろうが。

上記ふたつのツイートこそ事実誤認の指摘が多数あったためか削除されたが、労働時間の制限をナチスドイツの良いことのように語るツイートは残っている。


確か8時間労働もナチスドイツ発祥というのを何かで読んだような。

やはり事実誤認の指摘が複数あるが、時系列を説明する「Lime@konomi_tot」氏に対して、出典がはっきりしない文章のスクリーンショットをはりつけていた。


これはすみません。

 ナチスは世界に先駆けて 8 時間労働( 1 日の労働時間を 8 時間以内に抑える)を法的に実施している。この法律は、現在のドイツにも生きている。

ヘイマーケット事件が1886年。ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国が8時間労働を法律で定めたのが1917年。IOL創設が1919年。

一方、ナチ党の成立は1920年。いわゆるナチス・ドイツの成立は1933年。

なんていうか、あんまり適当なこと言うのやめた方がいいですよ。

専門家に対する反発で事実誤認をとがめられ、情報源の信頼が通常より求められる状況で、せっかく元ネタはあると示せたのに出典を見せない意味がわからない。
しかもこの短い言葉だけでは過ちを認めたのか、それとも反論できる情報として出したつもりなのか、藤栄氏の主張を解釈することが難しい。
参考にできそうな別のツイートをさがすと、「K-Bandou@KBandou1」氏*1とやりとりするなかで、調べてもわからないことを認めていた。


スターリンは最低限8時間労働せよというノルマを課した訳で、一般的にいう8時間労働制とは意味合いが異なります。
共産主義のどんなに働こうが賃金は同じなので、本当に最低限の仕事しかしなくなり生産性や品質の低下を招いたので、ノルマを課したんですよ。


あ、そうなんですか。
「8時間労働」で調べたのですが、わかりませんでした。

しかしどちらにしても、藤栄氏のツイートが引用の要件を満たしているとはいいがたい。せめて議論に役立てるためにも出典くらいは明かすべきだろう。


とりあえずスクリーンショットの文字列で検索すると、2006年に出版された『ナチスの発明』という書籍に同一の文章がおさめられていることがわかった。
ナチスの発明 ―特別編集版― - 武田知弘 - Google ブックス

Amazonから商品情報をいくつかぬきだすと、下記のとおり。物語の素材には活用できる雑学集なのかもしれないが、専門家に反論する情報源としては弱すぎる。

オリンピックの聖火リレーを最初に始めたのはナチスだった。今ではお馴染みの源泉徴収制度を作ったのもナチスなのだ。
今まで語られることの少なかった、ナチスの功罪の「功」の部分に光を当てた、いまだかつてない一冊!

武田知弘(たけだ・ともひろ) 1967年生まれ、福岡県出身。 西南学院大学経済学部中退。塾講師、出版社勤務などを経て、 2000年からフリーライターとなる。裏ビジネス、歴史の秘密など、 世の中の「裏」に関する著述活動を行なっている。 ライフワークとして「ナチスの実像」を追い求めており、本書はその集大成。 主な著書に『戦前の日本』『ワケありな紛争』(以上彩図社)『ビートルズのビジネス戦略』(祥伝社新書)『織田信長のマネー革命』(ソフトバンク新書)がある。

他のところを読んでいっても、アウトバーンナチスがはじめた政策ともちあげたりと、それこそ田野氏が批判するような古臭い宣伝にのせられたような記述が多い。
南京事件を調べるにあたって東中野修道氏の著作から手をつけた時もそうだが、まず藤栄氏は一般的なわかりやすい入門書から学ぶところからはじめるべきではないだろうか。

*1:この人物にしても、「うろ覚え」で説明していることをやりとりのなかで認めている。

日本軍慰安所制度の被害者をモチーフにした少女像について、在韓米軍事故の被害者がモチーフだという虚偽を流し、脅迫されている芸術祭への攻撃に加担したような人物でもある。