法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ボーン・アイデンティティー』

身ひとつで夜の海をただよっていた青年が漁船にひろわれた。青年は記憶喪失で、身体は銃撃で傷ついており、なぜか尻に口座番号の記録が埋めこまれていた。
体力こそ回復しつつも記憶を失ったままの青年は銀行でトランクをうけとるが、そのなかには大金と拳銃、そして自身の顔写真をつかった異なる名前のパスポートが複数あった……


1980年の小説『暗殺者』を原作とする、2002年公開のシリーズ1作目。『ジャンパー』*1ダグ・リーマン監督。

ちょうど二十年前の映像作品なのに、アクションはまったく古びていない。銃撃戦の距離は近すぎず、銃火器の個性にあわせて異なる破壊が描写される。街中のカーチェイス*2も多くの逆走車両やエキストラを用意して見ごたえ充分。
さすがに1アクション1カットの細かすぎる格闘戦だけは今はすたれているが、それでもパーツをくみあわせてつくられた一連の動きとして説得力はあるし、スピード感は現在の視聴にたえる。
制作が難航して脚本の変更や再撮影をくりかえした作品らしいが、映像や話運びに無理や安さがない。確固とした完成形を中核スタッフが目指しつづけたおかげだろう。


おそらく公開から近い時期に視聴していれば、定番の描写をならべただけの物語が空虚すぎて好きになれなかっただろう。たまたま協力することになった女性とのラブロマンスは古いスパイ映画を安易になぞるようで、主人公を追う組織が疑うのも当然の不自然なまでの陳腐さ。主人公が良心的にエージェントの立場をおりる理由も、いくら途中に伏線があるとはいえ*3、何度も任務をこなした後で葛藤をおぼえるとも思いがたい陳腐な描写が短く挿入されるだけ。
しかし映画が公開されたのは、凄腕エージェントが国家の手先として活躍する勧善懲悪は成立しない時代だった。エージェントとしての能力と資源だけもちつつ動機は個人的な内面のみに存在する主人公を、記憶喪失という背景排除ギミックで誕生させたのだ、と今から見れば理解はできる。事件全体も、先進国の無茶な介入が事態を悪化させた構図で終わる。

*1:hokke-ookami.hatenablog.com

*2:顔も出ない白バイ警官のひとりがやたら腕がいいのは笑った。

*3:その子供を守ろうとする伏線的な発言が、一時は上の判断で削られかけたという。