法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『キミとは致命的なズレがある』赤月カケヤ著

子供時代の記憶を喪失した少年に、不思議な手紙が舞いこむ。その手紙に差出人の名は書かれておらず、ただ「――この手紙の差出人を見つけてください。さもなくばあなたは不幸になります」とだけ書かれてあった。その時から、同じような手紙が毎日のように出現することとなる。衆人環視状態で、あるいは完全な密室で、どのように届けられたのかもわからない手紙。
一方、手紙が送られてくるようになった前後から、少年は断続的な記憶の欠落をおぼえるようになった。それにともなって、殺人事件を思わせる幻影に悩まされるようになる。やがて少年が過去に残酷な事件とかかわっていたことが明らかになるにつれ、周囲の人々が不可解な言動をとりはじめる……


第5回小学館ライトノベル大賞で優秀賞を受けたサイコサスペンス。
同賞を受賞したサスペンスとして、以前に『マージナル』シリーズの一作目を読んだことがある*1。比べてみると、この作品は良くも悪くも登場人物に無駄がないため続刊は難しそうだが、かわりにサイコサスペンスらしい描写の筆力は高く、伏線や逆転の密度も濃密だった。

犯人像は二章で見当がついたものの、別に真相がある可能性を終盤まで捨て切れなかったし、別の真相であってほしいと願う気分になれた。多重人格という古典的なネタのあつかいも面白い。いったん症状の実在性そのものを懐疑したかと思うと、事件の全体像を推理する起点にもなる。そして、某小説家のデビュー作を少しズラした全体のしかけには、全く見当がつかなかった((しかしインターネットを検索すると、嫌っている読者もけっこう多い様子。それだけならまだいいのだが、伏線のあるどんでん返しと認識せずに、ネタバレの配慮なく真相を記述している人がけっこう多い。))。

また、心神喪失者や少年の殺人が無罪になる司法制度への距離感も、慎重で良かった。主人公は中盤で司法制度を批判するのだが、その主張は明らかに稚拙と演出され、その後の展開でさまざまな角度から二重三重に問い直されていった。異常という人物設定を、きちんと異常と感じさせるよう描写した上で、異常な存在を安易に切断処理することをしない。


ただ、一人称的な認識の錯誤をサスペンスの根幹におきながら、多視点の三人称という形式で書かれていたため、いささかライトノベルとしては雑然としている印象もおぼえた。地の文で明らかな嘘はついておらず、フェアな描写に徹しているため、ミステリ面での不満はおぼえなかったが。