そもそも普通に読めば、主人公の発言が現実においても絶対的に正しいという作りの物語ではない。主人公は名探偵キャラクターとしては慎重すぎるほど発言に留保をつけるし、それでも反感を買うなどして追いこまれる。
上記エントリでとりあげた話題は、今もインターネットで論争がつづいているらしい。
そこで他の名探偵キャラクターも現在では反感をもたれるのではないかと「かめいた@ka_ma_ta」氏と「リンドウ@rindoh」氏が論じているのを見かけた。
「トトノウくん、言ってることがインターネットなだけで、論破ミステリ、憑き物落としみたいなもんなのでは?」「京極堂が同じこと言うならセーフじゃない?」「でもあいつが『僕はフェミニスト(女権拡張論者ではなく男女同権論者)ですよ』とか言ってたの、今思うとむかつくな…」とか考えてたら3時
— かめいた (@ka_ma_ta) 2021年8月23日
「トトノウくん、言ってることがインターネットなだけで、論破ミステリ、憑き物落としみたいなもんなのでは?」「京極堂が同じこと言うならセーフじゃない?」「でもあいつが『僕はフェミニスト(女権拡張論者ではなく男女同権論者)ですよ』とか言ってたの、今思うとむかつくな…」とか考えてたら3時
「君はフェミニスト(ルビ:女権拡張論者)なのか?」
— リンドウ (@rindoh) 2021年8月25日
「ええ、僕はフェミニスト(ルビ:男女同権論者)ですよ」
みたいなやり取りだったと思うけど、今やるとマジで臭くなっちまうな
「君はフェミニスト(ルビ:女権拡張論者)なのか?」
「ええ、僕はフェミニスト(ルビ:男女同権論者)ですよ」
みたいなやり取りだったと思うけど、今やるとマジで臭くなっちまうな
「トトノウ」は漫画『ミステリと言う勿れ』の主人公「久能整」のこと。「京極堂」は小説『絡新婦の理』の名探偵「中禅寺」の通称だ。
戦後のフェミニズム運動をモチーフのひとつにしたミステリらしく、たしかに『絡新婦の理』には近い会話が二度ほどある。
しかし実際のニュアンスは正反対だった記憶があり、確認してみると少なくとも女権拡張論者は否認していなかった。1996年初版の講談社ノベルス版から引用しよう*1。
中禅寺は空(す)かさず、
「馬鹿なことを云うな増岡さん。彼女達をそうさせているのは、我我男じゃあないか」
と云った。増岡は勿怪顔(もっけがお)になる。
「君は――女性崇拝者(フェミニスト)なのか?」
「勿論僕は女権拡張論者(フェミニスト)ですよ」
中禅寺の回答に増岡は、人は見掛けによらぬな、と云って納得したが、二人の会話の間には少なからず齟齬(そご)があるように益田には思えた。
読んでのとおり、女権拡張より男女同権が理想であるかのように表現したりはしていない。ここは初読時から臭かった記憶はあるが、同時に一定の感心をした記憶もある。
ちなみに後の場面で、木場という刑事と論客な女性のやりとりでは部分的な否認がおこなわれている。記憶のなかで混同されたのかもしれない*2。
「尋くがな、あんた女権拡張論者か?」
「そう云う呼び方も括(くく)り方も正確ではありません」
「悪いが他に言葉を知らねえ。今の言葉だって、二三日前に覚えたんだよ俺は」
「正直な人です。賢振(かしこぶ)らぬところは非常に好感を持ちます。ええ――非常に大雑把な括(くく)り方をするなら間違いとばかりは云い切れませんし、語彙がないのでしたらそうお呼び戴いても結構です」
一応、さまざまな事件の解明にあわせて作中のフェミニストが批判されるような局面もあるが、簡単に読み返したかぎりでは現在でも反動が強すぎるとは思わなかった*3。