国際サミットの準備として、公安が現場の会議場に配置されていた。そこで突然の爆発が起こり、当初はガス漏れ事故と思われたが、名探偵の毛利小五郎の指紋が現場で発見された。
たびたび捜査協力する元警官なのに、毛利は転び公防のように逮捕された。それを救うため、真の名探偵として江戸川コナンは公安関係者の様子をさぐるが……
2018年に公開された劇場版。三つの顔を持つ公安関係の人気キャラクター安室透が活躍し、大ヒットを記録した。シリーズ初参加の立川譲は、これが初めて監督した長編アニメになる。
映像ソフト豪華版にはTVアニメで前日譚にあたるエピソード「ケーキが溶けた!」も収録。謎解きは難しくないが、テロリズムの手法を視聴者に解説しつつ、名探偵とは異なる視点で解決する安室透のキャラクター説明としてまとまっていた。
このシリーズの劇場版らしくアクションも充実。特にアバンタイトルのおそらく森久司爆発が良い。同じく探査船の落下シークエンスのエフェクト作画もセンスある。
しかし本編は、アバンタイトルをのぞけば意外と対テロアクションが始まるのが遅くて、前半は地味なリーガルサスペンス色が強い。いつもの舞台で動きのない状況で会話を重ねるだけ。単調な展開をおぎなうように、カメラを微妙に動かしつづけ、パースをあわせるためにソファや壁を3DCGで表現しているところが目を引いた。
謎解きミステリとして期待以上にテクニカルなところも良かった。犯人が指摘されれば誰かわかるくらい印象づけつつ、怪しい印象をもたせない。いかにも動機がありそうなキャラクターを散りばめるミスディレクションが機能している。真相開示で初めて関係性が明らかになる理由も、先に隠す意味が説明されていて説得力がある。
大事件ではとってつけたような出番になりがちな少年探偵団も、今作は物語になじんでいる。冒頭のドローン操作をとおしてテロ手法の伏線を引きつつ、いったん本編では舞台袖にしりぞいて、他のキャラクターが動けないクライマックスであらためて活躍し、過不足がない。
ただし真相から作品をふりかえると、公安関係者の自作自演というか自己破綻というか……安易な排外主義や公権力絶賛にかたむかなかったのは良いが*1、公安を代表する人気キャラクターをヒロイックに描写したまま、ハッピーエンドっぽい雰囲気で終わっていくのを見て「これでいいのか?」と思わざるをえなかった。
公安の違法活動を必要悪のように位置づけ、違法性を自覚する台詞がくりかえされるが、それも充分ではない。この物語での公安の問題は無関係な市民が利用され犠牲にされていることであって、それは「違法」とは厳密には異なる問題だ。たとえ超法規的措置により劇中の行為が「合法」とされたとしても、この物語の公安の問題は何も変わらない。
世界サミットの危機で物語をはじめつつ、公安が守る対象を「国民」の枠内にとどめ、より広く人々を守るべきだという論点を主人公側が出さなかったことも感心しない。そもそも実際の公安は国民より国家を、さらにいえば組織そのものの維持が最優先だろう*2。
逆に市民の犠牲を必要悪と主張しつつ日本を守ることを公安が語れば、そのおぞましさが明らかになって、逆に味わい深さが出たとも思うのだが……
なお、ひとり公安のやりかたに激怒する人物もいて、それは良いアクセントになっているのだが、一方その人物があまりにも職業倫理に反していた問題は放置されている。
そこはもともと公安との関係が職業倫理に反している葛藤をもっていて、今回のテロにつながる出来事が決定的な一押しになった……という描写にしてほしかった。
*1:今作と同じ櫻井武晴脚本の劇場版『名絶海の探偵』が悪い意味で忘れがたい。その感想で求めた「ひねり」に近いものがあるだけ、今作は工夫しているとも実感できるのだが…… hokke-ookami.hatenablog.com
*2:商業WEBメディアでありながら普段はまとめ的記事ばかりなリテラが、珍しく青木理氏にコメントを求めた記事でも指摘されている。青木氏を選んだ背景として、作品関連書籍の参考文献著者という、相応に意味のある理由も説明していることが興味深い。 lite-ra.com ただし公安関係が現実にはサミットの警備をおこなうことはないという指摘は、その設定を冒頭で描写しているので、この作品の世界観ではそういうものだと観客が解するべきだろう。