法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『海底軍艦』

敗戦後の復興をはたしつつある日本で、謎の拉致事件が起き、海辺に銀色の怪しい人影が出没する。それは一万二千年前に滅んだはずのムー帝国の尖兵だった。
拉致事件に出くわしたカメラマンが、美女を見かけて被写体にするため追いかけると、旧日本軍の縁につきあたる。いまだ勝利のため超兵器を開発する神宮寺大佐の縁に……


押川春浪架空戦記を原作とし、1963年に公開された東宝特撮映画。本多猪四郎監督と円谷英二特技監督*1のコンビは、半年足らず前に『マタンゴ』を公開したばかり。

海底軍艦

海底軍艦

  • 発売日: 2014/07/01
  • メディア: Prime Video

特撮の制作スケジュールが少なかったと当時のスタッフが語っているが、たしかに時間の足りなさが画面からうかがえる。
特に世界各国の情景や戦火を、マットペイントや資料映像、明らかにイラストな新聞写真で処理しているのが痛い。海底軍艦の基地がある島も、冷却攻撃で凍りつくムー帝国*2も大半はマットペイントだ。
敵の攻撃対象は港湾に停泊する艦船などもあるが、都市破壊はミニチュアセットの大陥没くらい。かなり陥没の手間はかかっているものの、一地域のワンシークエンスなのでスケール感はない。
俳優を合成した地底基地の巨大感はなかなかで、そこから発進する海底軍艦は見ごたえあるが、テスト発進が中盤にあるため使いまわしの印象がただよう。
ムー帝国の怪獣マンダは意外とあっさりやられて、少人数で防衛している動力部へ侵入されて帝国ごと崩壊する。動力部のセットはアナログかつ異文明らしいデザインがよく*3ムー帝国人の合成も悪くないが、一国を支えるには小さく見える。


しかし、そもそもムー帝国は設定はともかくとして、物語においても強大な存在とはいいがたい。結果的にせよ、画面の安さもその印象を強めている。
落盤をふせぐために地上の技術者を拉致するくらい文明は時代遅れ。たかだが敗戦国の一部隊がつくりあげた兵器ひとつを恐れて妨害する。敵の尖兵は一般人と組みあって浜辺をドタバタ転がりまわる。そのレベルで先走って世界の支配者と宣言するため、現実の見えてなさを感じさせる。
皇帝はあっさり捕虜に拉致されて逃亡に利用され、合流した海底軍艦にひとり囚われ、一方的に蹂躙される帝国を見ながら何もできない。それでも敗北を認めない台詞をいいつのるほど、現実を受けいれられない哀れさが増していく。
ついえた夢を語りつづける皇帝は、すでに負けた祖国のため戦おうとする神宮寺大佐の鏡像だ。ならば世界を支配した過去の栄光にすがるムー帝国もまた、神話を根拠に世界へ侵略の手をのばした大日本帝国と相似形だ。
敗戦後日本でスーツ姿の一般人になった上官から説得され、神宮寺大佐は世界のために戦うことを選ぶ。侵略の尖兵でありつづけようとした軍人は、敗北を認めることで現在の仲間をえて勝利した。
皇帝は敗北を認めないまま、滅んでいく祖国へひとり泳いでいく。無力な個人として波に飲まれていくその姿は、しかし史実では自らの身の安全を真っ先に確保した天皇の、せめてそうあってほしいと願われた姿のようでもあった。

*1:特撮スタッフに限れば戦争映画の『太平洋の翼』や『青島要塞爆撃命令』も同年公開。

*2:ただこれは特殊な演出としての面白味も少し感じた。

*3:後述のように時代遅れの古代文明が侵略をはじめようとする設定もあわせて、1980年代の『大長編ドラえもん』の『のび太の大魔境』や『のび太と竜の騎士』に影響を与えている可能性を感じた。