法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ラビッド』

ふたり乗りでバイク事故をおこし、病院にかつぎこまれた女性ローズ。中性化した皮膚をつかった緊急手術がおこなわれる。しかしその手術には危険な副作用があった……


医療ホラーの形式で吸血鬼物を現代へおきかえた、1977年のカナダ映画*1デヴィッド・クローネンバーグ監督の長編2作目。

ラビッド -HDリマスター版- [Blu-ray]

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  • 発売日: 2016/11/02
  • メディア: Blu-ray

予算もしくは技術の関係か、特殊メイクにたよらず雰囲気をつくっている場面が意外と多い。冒頭でバイク走行する男女をライダースーツをなめるように映したり、吸血鬼化したローズが夜の街を徘徊する情景をドキュメンタリータッチで見せたり。
いかにもクローネンバーグらしいグロテスクな人体変容は最小限。手術を受けたローズの脇から突起*2がつきだす描写くらいで、それも全身像では見せない。その突起に刺されて流れる血も少なく、抱きつく姿と痛みの演技で観客の想像をふくらませる。
女吸血鬼物らしく女性を牙にかける場面もいくつかあるが、そういうサービスシーンといえるのは浴槽で半裸で抱きつく場面くらい。ローズに刺されて吸血鬼化した人々はゾンビと大差ない描写で、良くも悪くも安っぽい。
DVD版のジャケットに採用されている情景も、印象的だが本筋とは関係ない、動きのない場面だった。

ラビッド [DVD]

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  • 発売日: 2013/04/26
  • メディア: DVD


現在から観て興味深いのが、吸血鬼の増殖をはっきり疫病になぞらえていて、それが吸血鬼物として今なお新しさを感じさせること。
劇中のニュース番組でWHOが登場し、比較される病気としてインフルエンザが言及されたりする。白い防護服で全身をおおった人間が、街角で放置された死体を回収したりもする。
やがてローズは感染源として注目されるようになるが、先に退院していた恋人に問いつめられた時、ローズは否認する。その釈明によれば、ただ生きるために吸血していて、感染病を蔓延させようとはしていないという。
移植手術で肉体が変容することと、その肉体が病原体をまきちらすことは、たしかにあまり関連がない。物理きわまりない手段で吸血しながら、ローズにさほど罪悪感はなく、その精神はおどろくほど平凡な人間のままだった。
内心をあかさず犠牲者を増やし、終盤までは恐ろし気な妖女に見えたローズ。しかし内心をはきだしてからは、生きるための衝動に身をまかせた愚かな被害者に見える。吸血対象を配下にする多くの吸血鬼と違って、ローズは無自覚な感染源でしかなかった。
ここで連想したのが「腸チフスのメアリー」と呼ばれた歴史上の女性だ。無症状で無自覚に感染源となり、専門家の説得を聞かずに被害を広げたが、しかしそれは生きるため仕事をつづけたからでもあった。
元祖スーパースプレッダー「腸チフスのメアリー」が残した教訓 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

 ソーパーのこの発見は、無自覚な保菌者がいかにして感染症の発生源になるかを実証した。そして後に、公衆衛生と個人の権利を巡る論争を引き起こすことにもなった。

メアリーは隔離されて余生をすごしたが、ローズは悲惨でむなしい顛末をむかえる。情報がない時は恐ろし気に見えた落差で、いっそう哀切に感じられた。

*1:2019年にリメイクされているが、日本未公開で映像ソフトも海外でしか出ていないらしい。

*2:多くの映画批評では男性器と形容されているが、肉茎から針がつきだすような造型から、私は女王蜂を連想した。