法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アニメージュ』2018年7月号で、プリキュアから派生するように、富野由悠季と宮崎駿の興味深い関係が語られていた

創刊40周年記念については、巻頭にアニメ関係者の色紙やコメントが掲載されているくらい。


それよりも、表紙となっている『HUGっと!プリキュア』特集が分厚くて、スタッフの対談的なインタビューも興味深いものだった。

まず目を引いたのは、シリーズ初代をつくったスタッフとして西尾大介SDと鷲尾天PDのインタビューもあったこと。
そこで西尾SDは主人公ふたりを注意深く日常の存在にして、あえてファンタジー設定を回収しないことで、キャラクター型にはめない意図を語っていた。
残念ながら、物語作品としては作品のリアリティの基準がはっきりせず、伏線をにおわすだけなことも終盤のとっちらかった印象をつくっていたと思うが、型にはまらないキャラクター描写を優先したという意図ならば理解はできる。
また、そうした日常を基盤として自由にふるまう少女像の先駆として、黒人少女の絵画をもちだしてきたことも驚かされた*1

ふたりはプリキュア』の根底にあるのは「日常の中で勇気を出す話」です。たとえばノーマン・ロックウェルの絵画「The Problem We All Live With」(注)のあの黒人の女の子。「学校に行く」というただそのことが、彼女にとってどれほど勇気がいったことか! もちろん、そこまで政治的・歴史的なテーマはなくとも、僕は観た人一人一人が小さな勇気の火種を持ってもらえるような作品を作りたかった。

注=「The Problem We All Live With(共有すべき問題)」
アメリカ全体が人種差別を当然としていた1960年代の絵画。白いワンピースを着た黒人の小学生の女の子がスーツの男性=連邦保安官に囲まれ、たった独りで登校する姿を描いた作品だ。

今期の『HUGっと!プリキュア』に対して、シリーズで特異的に社会問題をとりこんだ作品として反発するような意見も散見されるが、実際はシリーズ初代から政治的・歴史的な文脈が埋めこまれていたわけだ。


そうした社会派テーマとは別に、純粋にアニメ技術のエピソードとして興味深い頁もあった。
読者が富野監督にさまざまなことを質問する連載「富野に訊け!!」に、なぜか『HUGっと!プリキュア』の佐藤順一SDが質問者として登場。近年のコンテマンに対して、感じていることや伝えたいことを質問していた。
その前振りとして、自身が30年前に甚目喜一名義で『機動戦士Zガンダム』に参加した時、「コンテのセリフを書く時にカギカッコをつけるな」「キャラの名前は頭文字に丸で囲むだけでいい」と教わった思い出話を語っている。
佐藤SDはコンテ作業を少しでも早めるためと受け止めていたが、富野監督はそれは正しい作業論であるが、もっと別の意味が大きいという。カギカッコを使うと、セリフと絵が分離されてしまう。それがセリフと絵を一体として考えるべき作品制作の障害になるのだという。
そして、この「コンテのセリフを書く時にカギカッコをつけるな」「キャラの名前は頭文字に丸で囲むだけでいい」メソッドが、宮崎監督に影響されたものだと富野監督は語る。虫プロ出身で、かつてはセリフをカギカッコに入れていた富野監督。しかし『アルプスの少女ハイジ』でスタジオにおいてあるコンテを読んで、セリフと絵が一体となって流れて見えたという。そして『未来少年コナン』で一度だけコンテを切った宮崎監督に全修された時、宮崎コンテを読みこんで、セリフと絵を一体にする意味に気づいたのだという。
富野監督が宮崎高畑両監督から影響を受けていることは知られていたが、間接的に佐藤監督にも影響をもたらしているというエピソードは初めて読んだ。東映出身の演出家が虫プロの演出家に教えて、その虫プロサンライズとなった時代に東映の演出家に教えを返す関係性もおもしろい。

*1:35頁目。