1999年に連載された、新興宗教信者をモチーフとする中編漫画。男ふたりと女ひとりが、孤島で謎の生活をくりかえす日々を描く。
2022年に城定秀夫監督脚本で実写映画化もされた。プライムビデオで会員向け見放題なので、余裕があれば視聴したい。
漫画については、きわめて制限された舞台と登場人物に、教養や語彙力がない読者としては、舞台劇のようだと素直に思った。
まるで孤島ミステリのように人工的に外界から遮断され、当初は孤島の外がどうなっているかも、登場人物が信仰する宗教のかたちも明確ではない。音声だけの指示は、幻聴ではないかとも思うくらいだ。登場人物の会話は宗教独自の隠語がつかわれ、吹き出しに入っている台詞ですら情報がゆがめられて読者に提示される。情報のない状態ゆえに都合のいい解釈を思いついてすがっていく登場人物の愚行を、まともに情報をあたえられない読者として理解できてしまう作品構造。
ただしこの作品は最後まで五里霧中なままではない。男女は自然を愛好するヒッピー姿なので若者かと思いきや、実はそれなりの年齢を重ねていることもわかっていく。指示を都合よく解釈することで、それなりに生活を向上させていく。禁忌をおかすように男女が性的な関係もむすんでいく。
同作者の連合赤軍を題材にした長編『レッド』の原型のように、閉鎖空間で社会の変化をうながそうとする人々が、奇妙な指示にしたがいながら自他を縛って追いつめて追いつめられていく。
そして異物がおとずれて小さな世界は破綻していき、幻想が解けるように物語が終わる……
おそらくオウム真理教をモチーフにした世紀末の漫画作品のひとつであり、女性の造形に『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイを連想したりもした。
男のひとりがSF作家になりたくて挫折して宗教にひかれたと回想で明かされたところは、サブカルチャーとカルトのむすびつきが注目された時代の作品らしいが、自己の存在を他者に認めてほしいという思いから他者を拒絶していく矛盾した痛々しさには普遍性がある。
全年齢向け作品で堂々と性行為を描いていくところも山本作品らしい。近年まで作品が不健全図書に指定されるような立場で*1、なぜかインターネットでは表現規制派とあつかわれがちな山本直樹だが*2、どちらかといえば主流の漫画誌でも成年向けのような描写をやりきって作品として完成させてしまう漫画家としての強度があるからこそ、強制力があるわけでもない批判に委縮したり被害者意識をふくらませる弱い作家や読者と距離ができてしまうのかもしれない、ということも思った。もちろん近年も戦っている表現者たる強き漫画家への敬意は必要だろうが、そうなれない弱さも少しくんであげてもいいのではないか、などと弱き人々の視点を描いた作品を読みながら感じた。
*2:最近もオタクによる反戦デモに参加した漫画家のひとりとして、規制派の左派に騙されたと位置づけられ、それを発端として規制派の仲間のようにあつかわれた。
左派は表現規制を当たり前のことと思っているから特に説明しなかっただろうけど、デモに参加した漫画家やイラストレーターはこのことを覚えておくべき。 発端は「アンチフェミやアンチリベラルが“表現規制活動=左翼の仕業”という歴史修正を行うなかで、それに異を唱える山本直樹を規制推進派として叩き出した」という事象であり、その手の馬鹿が「山本直樹が何をしていた人かすら知らずに反表現規制活動史を語るなよ」と突っ込まれてるだけですよ。 https://t.co/ISGQHD48X9
何人かのデモに参加した漫画家の作品、私は好きで昔から読んでいました。名前は出しませんが、全員のファンでした。…

