滝季山景介氏による風刺漫画やツイート*1と、それに対する反発をid:tyoshiki氏がTogetterにまとめていた。
私は平和を願った「だけ」なのに廊下に立たされた女の子を描いたイラストが話題に - posfie
— 滝季山景介(影一改め) (@ETakiyam) 2026年3月24日ロシアに「侵略戦争やめろ!」
— 滝季山景介(影一改め) (@ETakiyam) 2026年2月23日
中国に「人権蹂躙するな!」
北に「軍拡いい加減にしろ!」と
おれも毎日言っていきたいのだが、
やはりこういうことはわれらの総理から
連中に直接伝えてもらうのが一番だ。
総理はそんなマネ絶対しないもんね!
(澄んだ目で)「世界の平和を願うと表明したら、たちまち民衆に吊るし上げられて自己批判させられる国があるそうだよ。いったいどこの国?」
— 滝季山景介(影一改め) (@ETakiyam) 2026年3月24日
AI「それは文化大革命時代の中華人民共和国ですね。まったく共産主義者はこれだから。えっ。ちがうんですか?」#戦争反対
引用されている他のツイートや、Togetterのコメント欄、はてなブックマークの注目コメントを見ると、滝季山景介氏の他の表現が廊下に立たされてしかるべきという反発が少なくない*2。
理解してないんだろうけど、この子が嫌われて廊下に立たされるのは、世界平和を願ったからではなくて、「世界平和を願う自分に逆らう奴は戦争を望んでる悪者だ」と言ってクラスで暴れたからです。クラスメイトも平和が一番と思ってますがこの子のことは冷ややかに見てます。 https://t.co/K7cznhY34d
— 新塚 浩二 (@vorto752) 2026年3月24日
金山寺味噌弐号機@ポン太郎ウォッチャー@kRqFlFDoiVAHZp2
「だけ」じゃないからでは?「私に反対するお前は戦争好きだ!!」とか決めつけて暴れたからだろ
[B! togetter] 私は平和を願った「だけ」なのに廊下に立たされた女の子を描いたイラストが話題に
frothmouth “「理解してないんだろうけど、この子が嫌われて廊下に立たされるのは、世界平和を願ったからではなくて、「世界平和を願う自分に逆らう奴は戦争を望んでる悪者だ」と言ってクラスで暴れたからです」”
しかし後述のように、現在はこれらの反発が根底からなりたたない情報がTogetter内に追記されている。
追記以前に明らかな問題だったのが、Togetterの冒頭にまとめられたツイートは時系列を前後させていること。
最初の漫画が投稿されたのは、世界の平和を願ったら吊し上げにあう国についての小噺を「#戦争反対」のハッシュタグにのせてツイートした後だ。
滝季山景介氏は最初から社会の風潮について風刺しており、漫画で立たされている少女を自分個人の被害として描いていると思わせる部分はどこにもない。状況を限定していると思わせるのは教室名にイーロン・マスク氏による買収後の「X」をあしらっているところくらいだ。
そう、風刺で描かれたことは、特に主観と思わせる要素や登場人物と作者の類似がなければ、作者個人の実体験と思うべきではあるまい。そのような風潮を感じさせる出来事が先にあり、それに対する風刺として描かれたと解するべきだろう。
たとえば下記のような風刺漫画も描かれているが、これもtyoshiki氏らは表現者としての滝季山景介氏が実入りの少なさを嘆いていると解釈するのだろうか?
意外に実入りが少ない pic.twitter.com/w4KX6MwMQn
— 滝季山景介(影一改め) (@ETakiyam) 2025年12月7日
そこでTogetterのコメント欄を見れば、「VRAM01K@VRAM01K」氏や「キケリキー@KIKERIKI17」氏がウサギに関連する「大元」があったことを示唆している。
VRAM01K@VRAM01K
まぁ反戦平和を願ったウサギの絵にクレームつけたんは悪手だと思うよ。
キケリキー@KIKERIKI17
大元の件そのものは、べつにデモに繋げるでなし、ジミンガーってな人でもなく、不安を吐露したってのはそうだと思うんだ。消えちゃってるから、攻撃とされるものがどれほど苛烈だったのかもわからん。ただなぁ、「絵を描いただけの無垢な人が吊るされた」というシチュがよほど嬉しかったのか、まぁ刺々しいタグで活動的な反政府な人らが「NOWARBUNNY」っつって兎をシンボル化しちゃったんよね。で、全ての批判をこの事象に被せて「グンクツノオト」を幻聴したり、幼女を廊下に立たせたりしだした。
これはJ-castも記事にした、ウサギをモチーフにしたいなほゆら氏の反戦イラストが拒絶され、最終的に削除された出来事のことだろう。
ウサギの反戦イラストに「自己満」批判→制作者が削除・謝罪も... 「戦争反対」イラストを絵師が続々投稿: J-CAST ニュース
Togetterに下記のツイートが引用されている「figaro @figaro136」氏や、無批判に引いたtyoshiki氏は把握していなかったのだろうか。
こういうイラストの本質は
— figaro (@figaro136) 2026年3月24日
「こうあって欲しくない」
ではなく、むしろその逆で
「こうあって欲しい」
なのである。
自分の正しさを証明してくれる悪、成敗したい悪の実在こそを願っている。
人を救うヒーローに倒すべき悪は必要ないけど、わるいやつをやっつけるヒーローごっこには悪が必要なのだ。 https://t.co/z1yLbewPHb
ちなみに現在のTogetterでは冒頭に追記と断りなく記事がリンクされ、「いなほゆらさんはれっきとした大人なのですがなぜ小学生扱いするのでしょうか。内心では見下しが入っているのかな・・・?」という論評がつけられている。
いなほゆら氏の存在に気づくまでは、自分自身を見くだされるべき存在として描いた謙虚な風刺漫画だとtyoshiki氏は思っていたのだろうか?
もっとも、滝季山景介氏は、他にもさまざまな反戦の表現が拒絶され、揶揄された出来事も念頭に置いているのかもしれない。
上記の「キケリキー@KIKERIKI17」氏にしても、「デモに繋げる」や「ジミンガーってな人」という「だけ」で廊下を立たせて良いかのように考えているようにも読める。そこから平和を訴えた罪で廊下に立たせる罰への距離はいくぶんもない。
風刺漫画の比喩にあわせるなら、Togetterにまとめられた滝季山景介氏の漫画やポストにしても、批判したいなら教室内で問題提起すべき個人の表現にとどまったものばかりで、追い出す必要性があるとは思えない。
*1:現ポスト。
*2:id:frothmouth氏は引用しただけで賛同していないと釈明するかもしれないが。
