高畑勲監督の最終作において、かぐや姫にいいよる男たちのなかに、アゴの長さをよく指摘されるキャラクターがいる。
原作『竹取物語』でも最後に登場しながら、やはり拒絶されて終わる天皇だ。
このキャラクターデザインの理由について、いくつかの考察がある。
他のキャラクターと同じく演者にあわせてデザインされ、かつ日本画らしい戯画が加えられたため、その特徴が反映されたというid:ao8l22氏の指摘がある。
「かぐや姫の物語」最大のミステリー? 御門のアゴはなぜ長い - エキサイトニュース(1/3)
演じる中村七之助の顔の輪郭は、シャープでおちょぼ口気味。歌舞伎役者は江戸時代からアゴ長が多い。400年近くアゴ長の血を脈々と継いできた中村七之助。彼の声によって、御門のアゴはどんどん伸びていくことになった。
似顔絵を飛び越えて風刺絵にすら見えるが、「日本画をそのまま動かしたよう」と称される本作では避けられないことだったのだ。
他には、かぐや姫が拒絶する理由としてデザインされた、それが原作の天皇がもっていた高貴さを破壊しているというid:nuryouguda氏の批判がある。
かぐや姫の物語 感想その二 高畑勲監督は原作の良さを自己中心的に曲げたダメ映画 - 玖足手帖-アニメブログ-
っていうかさ、「天皇が女を抱く」事の生理的な拒否感を描くために「それ以外は完璧でも、あごが長いからダメ」って、天皇制差別に反発しながら「性格は見た目に出るから、見た目が悪い奴はダメ」という容姿差別になってるよね。
大衆はこういう雑なコラを作って帝の高貴さをバカにしているよね。本当の高貴さや国を統べることの意味を知らないからこういうことをするんだ。
もちろん、かぐや姫が御門を拒絶する理由としてアゴの長さが劇中で語られることはない。原作も、天皇がかぐや姫へ現代的な恋愛をする描写はない。
そもそも、かぐや姫が映画で御門を拒絶するのは、突如として背後から抱きすくめられたためだ。見てもいない顔の美醜と関係あるはずがない*1。
nuryouguda氏が高畑勲監督の風刺を受けとめることができず、権力者への高貴な幻想にもとづいて批判するのは、おそらく富野信者の貴族主義者であるためだろう。
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コスモ貴族主義*2にしたところで、歴史を捏造して作られた幻想でしかないのに……
むしろ、バランスが崩れながらも「美男」というデザイン意図が明言されたことが重要だろう。
平安朝の物語を再構成する時、美麗で権力をもつ男性が女性を傷つけていく解釈はオーソドックスといっていい。
アニオタが外国に「日本の美」を軽く紹介するための10本 - 法華狼の日記
御門は「私がこうすることで喜ばぬ女はいなかった」といい、光源氏は「私は何をしても許される身なのです」という。階級に定められたまま人道を踏みはずし、他者を人形としか考えられなくなった男たち。そうした原典の時代性をあえて抽出して、現代までつづく悲劇として完成した。
上記で私がならべた杉井ギサブロー監督『紫式部 源氏物語』も、光源氏は細面にデザインされ、現実よりもアゴがとがっている*3。
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ao8l22氏が指摘した日本画がそうであるように、アゴを長くとがらせるデザインは、醜悪さではなく美麗さの記号といっていい。
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つまり御門のアゴの長さも、醜悪さの誇張ではなく、美麗さの誇張ととらえるべきだろう。
そう、『かぐや姫の物語』が悲劇なのは、醜悪な外見の男たちにいいよられるがためではない。客観的な幸福であっても、一方的に与えられたのでは主観的な幸福をもたらさないためだ。
都での裕福な生活も、翁の優しさも、かぐや姫を幸せにすることはない。それらと対比されるアニメオリジナルキャラクターの捨丸すら、盗人におちぶれたり、所帯をもったりして、かぐや姫を不幸から救うことはない。
そうした出来事の最後に登場するのが、全てが過剰に完璧な御門だからこそ、他者を意のままにすること自体が問題と浮かびあがるのだ。
*1:ちなみに原作では、袖をとって顔をのぞきこむ描写がある。nuryouguda氏は天皇の奥ゆかしい行動と解釈しているが、当時の女性は日常において御簾や扇で姿を隠しており、素顔を男性に見せる意味は極めて重かった。
*2:『機動戦士ガンダムF91』において、近未来に宇宙開発で財をなした敵キャラクターがとりつかれた思想。世界観/あらすじ|機動戦士ガンダムF91で「庶民のための真の貴族による支配主義」と説明されているが、キャラクター自身が貴族となったのは、資金力を背景とした家柄の購入や婚姻による。
*3:アゴが長いかわりに、極端に鼻筋をのばしたデザインで耽美な印象をつくりだしている。nuryouguda氏に反論されているC4Dbeginner氏のツイートに「別に鼻でも歯でもなんでもいいの」とあるように。cdb on Twitter: "真面目な話をすると、あの帝のデザインっていうのは別に本当にアゴの長い人をバカにしてるわけじゃなくて、「そこ以外はハンサム」っていうとこが重要なんれすよ。別に鼻でも歯でもなんでもいいの。「見た目は綺麗に整っているけど何かが狂っている」っていう人間の隠喩。高畑勲はそれ判ってるんれす。"