法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『龍の歯医者』前編・天狗虫編/後編・殺戮虫編

その世界では、地上で戦争が近代化しながら、天空を龍が徘徊していた。龍は一方の国と契約をかわし、戦争に介入していた。
ある日のこと、龍に巣食う虫歯菌を退治していた歯医者の少女「野ノ子」が、敵国の少年士官「ベル」を龍の歯からよみがえらせてしまう……


もともとはアニメ技術プロモーション企画「日本アニメ(ーター)見本市」の第1弾として公開された短編アニメ。
日本アニメ(ーター)見本市
その短編アニメで歯医者になることができた少女を主人公にすえて、ボーイミーツガールな約1時間半の長編アニメとして完成した。
NHKアニメワールド 龍の歯医者
短編アニメは、アニメ技術を見せる作品にしてはアクションが少なく、映像の突出した個性も少なくて、第1弾としては残念なしあがりだった。
一方で今回の長編アニメは、さらにアクションが抑え目で、アニメーションは淡白。歯医者の道具の変形は手描きアニメならではのメタモルフォーゼが楽しめたが、それを使った歯医者の戦いは動きが直線的。しかし、日常と危機とで情報量の緩急がしっかりあって、おちついた映像で物語を楽しませてくれた。
特に目を引いたのは、龍の肉体から吊られた歯医者の住居群。雲のなかにいるという表現なのか、青白く彩度を落としたラフな背景美術が、地上の喧騒から隔絶された風情を見事に表現していた。他には、騎馬とからむ場面のいくつかで、人物の芝居を3DCGで表現した技術的な試みが印象に残った。結末でベルを探す野ノ子を3DCGで描画したロングショットなどは、無機的な表現だからこそ乾いた世界観に合致している。
物語も、気にかかるところもあるが、ある種類のボーイミーツガールとして、無常な戦争に無力な個人があらがう寓話として、悪くはなかった。生と死を見つめたベルのモノローグは印象深い。


ただ残念ながら失敗していると感じたところもある。野ノ子とベル、それぞれの敵となるキャラクターの中途半端さだ。
まず傭兵隊長の「ブランコ」だが、銃弾が飛びかう戦場に平気で生身をさらし、傷ひとつ負わない。そして兵士をひきいて宝をめあてに龍へと潜入するが、その目的が儲けにならないと知って退こうとする部下を殺してしまう。しかし傷を負わないだけの設定が明かされるわけでもないし、仲間を殺すほどの強い目的意識が説明されることもない。
2017冬アニメ 龍の歯医者 - 大匙屋

ブランコ。数々の謎が解明されず納得がいかんという意見は至極もっとも。
しかしまあ、解明されようがされまいが、結局この男を倒さないと話が終わらない。

思うに設定のブランコは、戦場で傷を負わないジンクスと生身をさらすメンタルをもったくらいの、歴史でいえば本多忠勝のような、ただ強運で強力な兵士というだけではないか。
2017/TVS 龍の歯医者 : Gomistation

ブランコは恐れもなく銃撃戦の最前線へと躍り出ますが、まったく被弾しない。「死なずのブランコ」と劇中で呼ばれるように、かすりすらしない。無謀な行動には、何か理由がないと、キャラの行動原理に説明がつきません。

たぶん戦う動機にしても、敵兵士として特に不自然な行動をとっているわけではない。利己的に動いていた仲間を殺したのも、作戦を遂行する意志と冷徹な性格を見せるための描写にすぎないのだろう。
つまりリアリティレベルが不明瞭なファンタジー世界ということもあり、せいぜいキャラクター性を強調するための描写が、何かしら特別な背景があるかのように錯覚させてしまったのではないだろうか。
映像表現と同じように人物描写も省力して、ブランコなどという固有の名前を与えず、ただベルと因縁がある隊長に位置づければ、期待との落差で描写不足に感じることもなかったろう。
もうひとり、ベテランの歯医者ながら裏切った「柴名」は、失われた片思いの相手に再会するためという動機が決定的にまずい。主人公のひとりが少女の作品なのに、過去の恋愛が行動動機になっているため、たぶんベクデル・テストをパスしない。
念のため、恋愛を動機にするドラマが必ずしも悪いわけではないし、柴名のいきついた結末はそれはそれで興味深いものだった。しかし過去にとらわれただけでは、もうひとりの先輩「悟堂」で関係性がいきどまりになってしまい、ベルはもちろん野ノ子とも深く対話をかわす場面が存在しない。
たとえば柴名が片思いしていた相手が、野ノ子の師匠であったり親類であったりすれば、死者に対するふたりの考えの違いなどを描けたかもしれない。野ノ子は他に因縁があるわけでもないので、キービジュアルとなっているわりに、ただただドラマにおける存在感が弱くなってしまった。