法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『アーサー王宮廷のヤンキー』では文明側の限界も描かれているし、技術だけで優越する物語でもない

『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』と植民地支配の娯楽性 - 法華狼の日記
上記エントリに対して、下記エントリからトラックバックが送られていた。
「歴史改変」「文明チート」の元祖?マーク・トウェイン「アーサー王宮廷のヤンキー」はすごいらしい…そこから色々考える - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

今回、マーク・トウェインさんを開祖として崇めることになるだろうそのジャンルを見ると、いろいろと考えることがある。

ぼくは文明や科学や近代思想を知っている。

周りはそれを知らない”未開の地”。

ぼくはその知識で大活躍!!みんなは感謝、そこは発展しました…

というストーリーは、恋愛ものやスポ根ものの「王道」のように、やはり何かの快感をもたらす、黄金のパターンのひとつのようなんだ。

そもそもでいえば、このような話は「民主化」や「人民の前衛」の物語としても結構あるパターンなんだよねえ(笑)。

「封建主義的」な地域で、近代的な人々…例えば教師や医者が奮闘する、みたいなもろもろ。

gryphon氏は未読なので知らないようだが*1、そもそも『アーサー王宮廷のヤンキー』は技術力だけで優越する物語ではない。
むしろ奴隷制度に代表される後進的な社会への風刺が根本にある。
http://www1.jcn.m-net.ne.jp/rays_room/Critique/Twain/Connecticut_Yankee.html

本作では、貧富という両極ではなく、新旧という対比を使い、同じ問題をよりシリアスに書いている。つまりモーガンの属するアメリカの民主主義と、アーサー王の属する封建社会を対比させているのだ。そして著者は、主人公のモーガンの目から、王政や奴隷制が如何に理不尽であったかを描いている。

マーク・トウェインはフロリダ――つまり南部で生まれ、作家として名を成してからは北部で活動した。つまり彼は南北の相克を直に目にしたのであり、だからこそある時は王子となり、乞食となり、またある時は北部人(コネチカット・ヤンキー)となり、アーサー王となり、両極の間の齟齬を嘆くのである。

つまり植民地主義というより、進歩主義の娯楽に位置づけるべき作品なのだ。主人公が科学の知識や技術を活用する場面もあるが、社会制度を見分して評価する場面が多い。しいて近い作品をあげるならば『まおゆう魔王勇者』だろう。


なお、しいたげられた存在として奴隷を登場させ、それを解放する展開で主人公の正当化と仲間集めを同時にこなすのは、WEB小説のファンタジーでは定石といっていいくらい見かける。解放奴隷を主人公に依存させ、自由人の形式で便利にあつかう作品もあり、それは実質的に奴隷あつかいのままだと批判されることさえある。
アーサー王宮廷のヤンキー』にしても、現在の観点からすると、充分な視野の広さがあるとはいえないかもしれない。とはいえ、進んだ知識こそ持っていても主人公ひとりで生きぬかなければならない物語であり、視野の広さに限界があることは最初から説明がつく。さらに物語全体のしめくくりで文明の超越性が足元をすくわれる展開がある。
その意味では『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』より、ちょうど似た経緯で同時期にTVアニメ化された『オーバーロード』に近いだろうか。さらに足元をすくう展開を強烈に描いた作品として『ドラえもん』「石器時代の王さまに」という短編漫画もある*2


そうした他作品と比べると、『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』が植民地主義に特化している特異性がきわだつ。
たとえばTVアニメ第8話で異世界から女性数人が日本に来たのだが、建造物に驚いたり交渉でとまどったりはしても、社会制度への評価は描かれない。国会の参考人として呼ばれながら、民主主義への反応はまったくないし、質問をぶつける議員が女性であることに親近感をいだくこともない。
第8話 門の向こうのニホン | TVアニメ『 GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり 』公式サイト
これが通常のファンタジーならば、民主主義に驚いて高評価し、さらに女性議員が質問にたつ平等性をうらやむところだろう。たとえばエルフあたりが素朴に民主主義を賞賛して、亜神あたりが嫌な意見も聞かねばならないと予想する。そうして会議前に知りあって仲良くなった女性議員が厳しい質問をあびせてきて、期待との落差を描きだす、といった展開が考えられる。
しかして会議では、自衛隊の判断そのものの妥当性を誰ひとり疑おうとはしない。女性議員は、保護下の避難民が人道的にあつかわれているか質問したり、避難民の犠牲を自衛隊の力不足と主張したり、自衛隊に犠牲者が出なかったことを避難民を盾にしたと憶測するばかり*3。つまり自衛隊の能力が発揮できたかを追及されただけで、現場のさまざまな判断が問われることはなかった。
しかも亜神の台詞で、現場で戦っている人間がいなければ後方にいる政治家が守られることもないと主張されて、会議が終わってしまった。文民統制より軍事独裁を高評価するような理屈が肯定されて終わったのは、王族が庶民の苦労を体験する『アーサー王宮廷のヤンキー』に似ているようで、社会制度への見識としては後退している*4
そもそも国会で質問されたのはモンスターとの戦闘だけで、対人戦闘は問題視されなかった*5異世界に拠点を構築して異世界側に6万人の戦死者を出したこと。非戦闘員を守るためとはいえ、敗残兵と騎士団の戦闘に現場の判断で介入したこと。その弓矢くらいしか持たない敗残兵を戦闘ヘリで攻撃する時、現場の趣味嗜好で音楽を流したこと。そうした一部視聴者の困惑を呼んだ描写は最初からなかったかのように。

*1:新しい追記を読むと、今は調べている様子ではあるが、せっかく書きかけたエントリなのであげておく。なお作品自体がパブリックドメインなので、インターネットで手軽に概略を読むこともできるだろう。

*2:これは「高貴な野蛮人」パターンとは違うところがポイント。オリジナル描写がうまかったTVアニメ版の感想はこちら。『ドラえもん』石器時代の王さまに/鯉のぼりをつかまえろ! - 法華狼の日記

*3:他に、エルフの耳について質問するという容貌差別につながる無頓着な行動をとっていたが、それはエルフの容貌に興奮する「オタク」な自衛隊員と本質的に変わらないし、他の政治家もいっせいにエルフの写真を撮るという行動をとっていた。キャラクターの価値観に大差がないことを象徴する場面だ。

*4:自衛官という作者のプロフィールと考えあわせると味わい深い描写ではあり、その意味で興味深くはあったが。

*5:『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』の、せまい世界観と段取り不足 - 法華狼の日記で書いた「何の呵責もなく自衛隊の強さを表現したいなら、敵兵6万人を殺す場面をカットして、まず現地調査している時に人道支援で火龍を倒した、といった風にすれば良かったはず」という私の疑問そのままの展開である。なお典型的なファンタジー世界であれば、ドラゴンのたぐいが人格をもつ可能性も考えるべきだろうが、ここでは横に置く。