法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ブラック・ジャック FINAL』カルテ11 おとずれた思い出/カルテ12 美しき報復者

手塚治虫作品を出崎統監督が再構成したOVAブラック・ジャック』。そのシリーズの一環として、死後に発表された完結編。
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00923/v00049/


カルテ11のアフレコをインターネット配信する企画があったと報じられた時点では、出崎監督が主導したものを完成させたという可能性を感じた。
出崎統監督のOVA『ブラック・ジャック』に幻の最終話? - 法華狼の日記
しかし実際に見ると、出崎監督は監修・シリーズ名誉監督という肩書きでクレジットされるのみ。カルテ11とカルテ12をそれぞれ桑原智と西田正義が総監督し、絵コンテも描いている。いかにも出崎演出らしい止め絵ハーモニーなどの表現効果を用いているものの、表現主義は抑え目だった。
手塚治虫公式サイトのスタッフインタビューによると、病床の出崎監督も確かに深く関わっていたようだが、DVDブックレットの解説などをあわせて考えると、助言できたのは物語の構成や台詞くらいのようだ。
虫ん坊 2011年6月号(111):TezukaOsamu.net(JP)

 今回の病気が発覚した頃、監督が、「俺いいよな……俺頑張ってきたから、もういいよな……」とおっしゃられていたんです。冗談まじりの言葉ではあったんですがとてもショックでした。
 でもその後、『ブラック・ジャック』の仕事を始められてからは、だんだん元気になられて、「俺、コンテ描きたいんだよな」と……、それで私も、またいつか監督のコンテを見ることが出来る日が来るんじゃないかって密かに期待していたんです。

キャラクターデザインとして杉野昭夫が続投しているので、映像面での連続性は感じられるものの、あくまで出崎監督が作りあげた土台を受けついで、薫陶を受けた両監督が腕をふるった作品と考えるべきだろう。


カルテ11は、原作で何回か描かれたピノコの来歴にまつわるエピソードを、一本につなげて中編アニメに仕立てている。原作では正体をにおわせるにとどめたピノコの姉によりそい、病巣として切り捨ててしまった妹との失われた過去を追悼する。
手をのばすことができる距離なのに、永久にへだたれてしまった姉妹。その関係を印象づけるクライマックスが見事だった。出崎監督の表現主義的な演出を抑えつつも、暗転を多用したカット割りの呼吸は悪くなく、要点は押さえている。
ピノコの姉の正体を巨大な旧家の主と設定したのもうまい。原作での、やんごとなき立場であるかのような印象と、あくまでギャグだった能面で顔を隠す描写とを、うまく合わせて説明できている。
旧家のしきたりにしたがって舞いを披露する物語は、出崎監督の和風好みも関係しているだろうか。柄のついた着物をアニメーションとして動かす技法も、出崎監督の生前最終作品『源氏物語千年紀 Genji』の技術が活用されているのだろう*1
個人的には、双子の一方だけが早死にする家系という伝説に、それらしい設定を用意していたところが、医学ミステリとしても楽しかった。


カルテ12は、神のごとき医療技術を独裁者に見こまれたブラック・ジャックが拉致され、独裁国内の革命運動と政権の内紛に巻きこまれていく。
描かれる独裁国家北朝鮮を思わせるが、手塚治虫公式サイトの総監督インタビューによると、もともとはアラブ諸国で構想していたとのこと。あくまで身近に感じてもらうために、「隣国」を思わせる設定としたらしい。
虫ん坊 2011年11月号(116):TezukaOsamu.net(JP)

このお話を膨らませていくにあたり、現在の情勢を考えるとアラブ諸国が適当かな、と思っていたのですが、営業側から、もっと日本人にとって、身近に感じて、且つ興味深い話題にしたほうがいいんじゃないか、という提案がされました。それで「日本のとある隣国(以下隣国)」を思わせる架空の国家が舞台となりました。
しかし、隣国の問題は未だに解決されていない部分も多く、また非常にデリケートな問題でもあるため、演出の方法には注意を払いました。初めは、具体的な舞台をぼかすようなプランもあったのですが、出崎監督は非常にわかりやすいドラマ作りをする方ですので、そのスタイルを受けてあえて全貌を見せるような流れにして、作品世界に入っていきやすいようにしています。
  なかなかリアルな取材をすることも出来ませんので、資料は基本的には、一般の書店や図書館などで皆さんにも手に入れることが出来るような書籍や写真資料を参考にしながら、作らせていただきました。

このような経緯で設定されたためか、北朝鮮をモデルにした最近の作品としては珍しく、民族性に原因を求めることはせず、安易に悪魔化したり嘲笑したりもしない、普遍的な物語になっていた。作中で独裁者の息子が強行する威圧行動がロケット実験でなく核実験であったところも、ちゃんとした資料を読んでいることをうかがわせる。
むろん現代において独裁国家がその国家内部のみの原因で成立しているわけはなく、その意味では出崎監督の手がけたカルテ3より問題意識が後退しているという批判も可能ではある*2。とはいえ、独裁国家をひとかたまりの巨悪としては描かず、構成する人々がそれぞれの独善や理想で動いている社会として描けただけでも、比較的に誠実な作品だった。
ちなみに、この作品は2011年12月16日に発売されたのだが、それは偶然にも金正日総書記が死亡した前日だった。当時すでに体調不良がささやかれて死亡説が何度も流れており、後継者が兄弟の誰になるかが話題となっていたので、独裁者の息子兄弟が争う物語に意外性こそないものの、この暗合は印象深い。
映像作品としては、アニメーター出身の西田正義総監督らしく、アクションシーンがかなり派手で充実していた。約45分の尺を高密度な展開で埋めていったので、娯楽作品としての質も悪くない。

*1:手塚プロダクションが制作に加わっており、桑原智総監督も演出で参加していた。

*2:http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20080827/1219879574