20年前から研究家に広く知られている資料を、あたかも新発見であるかのように「テキサス親父」と呼ばれる米国人が持ち出していた件について、ひとつ気づいたことがあった。資料解釈の妥当性とは別個の次元で。
テキサス親父サイトには、スキャナしてとりこんだとおぼしき画像と、テキストに起こした文章と、日本語訳がならんでいる。
http://texas-daddy.com/comfortwomen.htm
この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた20名の朝鮮;人「慰安婦」と2名の日本の民間人に対す る尋問から得た情報に基づくものである。
すでに資料読解については批判しておいたが、無意味な記号や空白が日本語訳に存在していることは特に重要とは思わず、注釈で言及だけしておいた。
「テキサス親父」が存在を確認した尋問調書は、たしかに重要だ……ただしそれは慰安所の非人道性の証拠としてであり、そもそも昔から知られていた資料だが - 法華狼の日記
尋問調書の文章はYOUTUBE説明文にあるURLから引用する。英数字に半角と全角が混在していることや、空白や不要な記号は原文ママにコピペした。
しかし資料の詳細な解釈をもって批判したscopedog氏も、テキスト部分で「RETREAT AND CAPTURE」や「REQUESTS」にあたる部分が欠落していたことを指摘していた。
心理作戦班日本人捕虜尋問報告(Japanese Prisoner of War Interrogation Report)四九号 - 誰かの妄想・はてなブログ版
例のテキサス親父のサイトでは、RETREAT AND CAPTUREやPROPAGANDAなどの項目が英語原文からばっさり落ちています。意図的と言うより手を抜いたか他のサイトからのコピペのためでしょうが。
こうした文章の不自然さはどこから来たのだろうか。
文中の空白や記号を見ていて、ふと気づいて調べてみた。コピペしやすいインターネットにおいては、文章のオリジナルを主張するために、わざと記号や空白をはさむ場合がある。
しばらく探してみて、テキサス親父サイトにある日本語訳が、『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成より』という断り書きで日本語訳をのせた下記ページと同じことを確認した*1。以降、このページをAPO689ページと呼ぶ。
APO689
この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた20名の朝鮮;人「慰安婦」と2名の日本の民間人に対す る尋問から得た情報に基づくものである。
同一の文章からであっても、長い翻訳文がまったく同一になることは考えられない。それに「朝鮮;人」や「対す る」等、文中の記号や空白の位置まで同じだ。
同じ『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』から転載したため同一になったかというと、そういうわけではない。なぜなら『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』はアジア女性基金サイトで全5巻が公開されているが、第5巻に掲載されている日本語訳は欠落の多い簡易なものだからだ。
慰安婦関連歴史資料 デジタル記念館慰安婦問題とアジア女性基金
つまり、APO689ページもどこかから転載しており、その過程で誤ってしまった可能性が高い。
そこで本当の転載元を調べるため、さらにさかのぼってみた。
少し苦労したが、原型の日本語訳がash_28氏によってインターネットにあげられていたことを確認した。掲載されていたinfoseekがサービスを停止しているためはっきりとはしないが、少なくとも2004年4月以前には存在していたようだ*2。
【魚拓】アメリカ戦時情報局心理作戦班『日本人捕虜尋問報告』第49号
一 出典は、吉見義明編『従軍慰安婦資料集』大月書店pp.439-452
一 この凡例において用いる編者は吉見氏を示し、転載者はash_28を示しています。
一 主な凡例は出典を参照のこと。但し、本資料に直接関連すると転載者が判断した凡例はこの凡例に転載します。
一 編者による補足は〔 〕によって示した。( )は原資料にあるものである。(『資料集』凡例より転載)
一 原資料の特徴を示すようなものはなるべく訂正せず、行間に(ママ)を付して、原文のままとした。(『資料集』凡例より転載)
一 出典では、資料は縦書きであったが、ウェブ表示の都合上横書きに変更しました。
一 出典では漢数字であった数字を一部を除いて英数字に変更しました。
一 出典における誤字と判断されたものは、行間に(ママ)を付して、原文のままとしました。
一 転載による誤字等の文責はすべて転載者にあります。
この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた20名の朝鮮人「慰安婦」と2名の日本の民間人に対する尋問から得た情報に基づくものである。
なんのことはない、転載元は『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』ではなく、『従軍慰安婦資料集』だったのだ。何度も読んだことがあるのだから、私も思い出すべきではあった。
漢数字が英数字へ変更されたのも、この時のようだ。単純に半角英数字に変更したのではなく、「8月」のように一文字だけの場合は全角英数字にしていることから推測できる。
何よりの証拠が、「(ママ)」という注意書きだ。出典の『従軍慰安婦資料集』で使われていた「(ママ)」をash_28氏は黒字で表記しているのだが、転載したash_28氏自身による「(ママ)」は赤字にして区別している。ゆえに「付録A」としてページ末尾においてある証言者の名簿には、黒字と赤字の「(ママ)」がひとつずつある。そしてAPO689ページの「付録A」には、黒字の「(ママ)」がふたつ、ash_28氏の転載文と同じところに注釈なく書かれているのだ。
ここから無駄な記号や空白が入った文章へいつ変化したのか、それははっきりしない。ただ、APO689ページが、likecoffee氏によって2007年3月にアーカイブされたらしいことは確認できた。
http://likecoffee.iza.ne.jp/blog/entry/136269/
日本糾弾勢力としては都合が悪いと言われる「米陸軍作成の慰安婦尋問調書」が手に入ったので保管の意味も込めてエントリーを作成しておきます。
このlikecoffee氏は同じエントリで、アジア女性基金サイトにあるPDFファイル*3も転載元を示さず転載している。
ついでに慰安婦関係資料集成資料も見つかったので掲載しておきます。
和田春樹編 政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成
しかし転載されたPDFファイルは『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』そのものではなく、「『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』を読む」と題した解説文だ。
likecoffee氏は自分が転載している文章をよく読まず、粗雑な解説をつける傾向にあるらしい。
話を戻すと、テキサス親父サイトの資料ページだけでなく、「テキサス親父日本事務局 スタッフブログ」にも、YOUTUBEの説明文にも、日本語訳をどこから転載したかの説明はない。
そのかわり、スタッフブログに下記のような文面があることに気づいた。YOUTUBEの説明文には存在しない、皮肉な文章だ。
【テキサス親父】米国に次々と建てられる慰安婦関連の像について 2013/07/24 | テキサス親父日本事務局
今回は、テキサス親父も真剣に怒っていますね。
卑怯者、嘘吐きが大嫌いなテキサス親父は、この動画でいつもになく強烈な批判をしていますが、ユーモアも忘れていません。
オフィシャルグッズ販売についても、YOUTUBEの説明文ではリンクと説明があるだけで、煽り文は存在しなかった。
テキサス親父オフィシャル・グッズ・ストアー
数量限定で既に売り切れ続出の為、追加しました!
http://texas-daddy.shop-pro.jp/
そしてコメント欄を読んでいくと、下記のように願うコメントがついていた。
ただ今回一つだけお願いをしたくて初めてコメントを書かせていただきます
動画の最後の女性の声で寄付を募る部分を削ってもらえないでしょうか
今回の慰安婦の動画を知らせたくて知人に見せたところ、これのせいで「なんか胡散臭い」と言われてしまいました
寄付金は米国内の災害支援にあてると説明されているが、残念ながら私は信用することが難しかった。
「テキサス親父」を演じている米国人個人は真実を知らないまま、わたされた原稿のとおりにデマを流しているだけなのかもしれない。日本語訳が転載されたものということすら知らないのかもしれない。グループでおこなう詐欺は、しばしば無垢な人間を前面に立てて他人を信用させ、実利をかすめとる人間は背後に隠れるものだ。
それでも、「テキサス親父」というひとつの虚像は、明らかなデマゴーグだと断言できる。APO689ページから転載しているのだから、日本政府資料集にあるとテキサス親父スタッフは考えていなければおかしい。もし日本語訳の出典が別ということを調べられたとしても、それならば吉見義明教授の編著作におさめられていたとわかるはず。ここで転載元を隠していることから、資料を新発見のものだと思わせたい意図が明らかだ。