法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

子供のうちに読んでおきたいSF短編マンガ十篇

どれだけの人間がSFについやせるような無駄な人生を歩んでいるかはさておいて、今回は普通に推薦したい十篇を紹介しよう。
どれも入手しやすく面白い短編作品ばかりだ。できるかぎりネタバレをさけたが、どうしても真相にふれてしまう部分もあるので、その点は注意しておく。

ドラえもん』5巻「ドラえもんだらけ」

のび太ドラえもんに宿題をたのんだ夜のこと。眠っているのび太の頭上をドラえもんのび太が走り回る。そして次の朝、荒らされた部屋で傷だらけになったドラえもんを発見したのび太は、謎の真相をさぐろうとタイムマシンに乗り込む。
いかれたナンセンスギャグマンガにして、子供向けタイムスリップSFの金字塔。机の中のタイムマシンという道具ひとつ、廊下をはさんだ部屋ふたつ、登場人物ふたりという極めて限定された条件から、時間を超えたドタバタサスペンスが展開された。探偵役の捜査が事件に影響をおよぼすところは、観測者問題というテーマをもふくんでいる。
なお、藤子・F・不二雄は時間を超えて同一人物が争うというプロットを好んでおり、異色短編や『ドラえもん』で何度も使いまわしている。それも基本的に問題を先のばしにしたり、後悔したためにタイムスリップするという内容ばかり。作者が野比のび太を自認していたのは、けっして謙遜ではないのだ。

ドラえもん』15巻「どくさいスイッチ

気にいらない人間を独裁者のように消去していく秘密道具を使いつづけ、世界にひとりだけ残されてしまった主人公の孤独を描く。
作品そのものは全体主義批判というより、ゾンビ映画に代表されるポストアポカリプス物に近い。無人の街で虚無的な娯楽に興じるさまは、無人のショッピングモールで好きなだけ食料を集めるさまに通じる。
ちなみに『ドラえもん』後期の「無人境ドリンク」という作品で、そっくり同じネタが使いまわされている。ただし主人公一人称だった「どくさいスイッチ」と違い、主人公の愚かさを客観的に見せる説教的なギャグ作品となっており、味わいが全く異なるので、読み比べても面白い。

ドラえもん』26巻「のび太の地底国」

偶然に見つけた地底空洞を舞台とした、建国シミュレーション物。子供だけで社会を疑似構成するというプロットは『ドラえもん』で頻出するが、なかでもこの作品は出来がよい。
出木杉も参加して都市設計した空間で楽しく遊ぶかと思えば、ジャイアンが暴力をふるって好き勝手に暴れまわる。そこでのび太に秘密道具の警察力が与えられ、ジャイアンを排除することに成功した。そして議会が設立され、のび太は地底空洞の発見者として、暫定的な代表として国家を運営することとなるが……
国家運営において不足しているものをドラえもんに指摘されて、のび太はひとつひとつ片づけていく。パンとサーカス、そして外政……たしかにどれも必要ではあるが、それを拙速に満たそうとして、意識せず独裁者としてふるまってしまう愚かさが、毒のきいた風刺劇として楽しめる。のび太が国を正しく導こうとする行動は、開発独裁そのものだ。
状況設定や結末などから、大長編『のび太と竜の騎士』の原型であると思われるが、全く独立した固有の面白さがある。どちらかといえばSF短編『宇宙船製造法』に近い。

ドラえもん』5巻「うつつまくら

これはディックかスタージョンか……といえばいいすぎだろうか。いいすぎである。
夏休み最後の日。眠って見た夢が現実になるという秘密道具を使って、のび太は宿題を片づけようとする。しかし、つごうのいい夢を設定しても、なかなかうまくいかない……夢の中で夢を見るというメタメタな展開から、どんどんカオスな状況に変転していき、切れ味するどいオチにいたる。
のび太の直面した危機が短編とは思えないほど切迫しているところも面白い。とある変化によって、重要な設定が欠落しているためだ。その欠落理由をことさら台詞で説明していないところもシャレている。

ドラえもん』37巻「リフトストック」

つきたてた方向に重力がはたらく秘密道具を使って、身近な空間で起こる喜劇。もともとはリフトを使わずに雪山をすべりのぼるための道具なのだが、普通の道を楽に歩くために使用して、大変な事態に発展する。
設定はシンプルなのに、そこから無駄なく展開されるプロットの妙と、日常の風景が非日常に変わるSFらしいビジュアルの面白さがあった。
ドラえもん』は「コエカタマリン」「カチンカチンライト」「深夜の町は海の底」*1等々のエピソードで、マンガのデフォルメ表現を秘密道具の効果として活用している。マンガ技法をとりこんだメタSFマンガという側面でも楽しめるのだ。

ドラえもん』36巻「天つき地蔵」

ゴミを捨てるために出した秘密道具は、一種のタイムマシンだった。その不具合を直そうとしたドラえもんは、ゴミとともに時空の流れに吸いこまれ、江戸時代の小さな村に落ちてしまう。一方、たくさんのゴミ捨てを勝手に引きうけたのび太は、とある絵本に目を止める。それは『天つき地蔵』という、知られざる昔話だった。
ゴミで汚れないために四次元ポケットを外しており、ドラえもんは秘密道具を使えない。それでも現代に戻ろうとして四苦八苦。その追いつめられた奮闘と、のび太の読んでいる絵物語が、シンクロするように描かれる。
時代によって廃品への評価が全く異なるという文明SFとして、純然たるファンタジーとしか思えない物語に説明をつけていく歴史SFとして、限られた手段から危機をのりきる冒険SFとして、多面的な楽しみができる傑作回。語り口も面白い。

ドラえもん』10巻「のび太の恐竜

化石を自力でほりだそうとする主人公の奮闘から、こっそり育てながら手にあまっていき、やがて切ない別離をむかえるまで、ジュブナイルSFとして無駄がない。首長竜を「恐竜」とあつかっている問題など、科学考証のミスがところどころにあるが、時代性を考慮すればいたしかたないところ。
後に大幅な加筆がされ、映画第一作目の原作となった。あくまで日常の裏で恐竜を育てる非日常にてっしているところが、映画と方向性が異なるところ。こっそり子供が恐竜を育てる状況設定そのものの面白さは、こちらの版が素直に出ていると思う。
同じようにこっそり生物を飼うエピソードとして、「野生ペット小屋」や「ジャイアンよい子だねんねしな」がある。同じようにジュブナイルとして完成度の高い前者も面白いが、後者の倫理的にいろいろなものを踏みにじった展開は嫌な意味でSFっぽい。

ドラえもん』8巻「人間製造機」

鋼の錬金術師』の元ネタかもしれない。嫌悪感と禁忌感の強さは先述した「ジャイアンよい子だねんねしな」が勝っていると思うが、SF度はこちらが上。
スネ夫の模型に嫉妬して、もっととんでもないものを作るパターンだが、いろいろと倫理をふみこえてサスペンス展開に発展する異色作。身近にある材料から人間が構成されているという豆知識から、そのまま人間を作ってしまう身も蓋もないSF展開に繋がり、サスペンスが始まろうとする直前に事態が収拾される。
しずちゃんのび太の「ふたりで、いっしょに作らない?」「なにを?」「赤ちゃん!!」というやりとりは、ある程度まで大人になってから読まないと理解できないかもしれない。

ドラえもん』4巻「海底ハイキング」

ある年の夏休み、のび太は海底を歩いてアメリカまで行く計画をたてる。海中で行動できる秘密道具を駆使して、楽しい冒険が始まるかと思ったが……
とにかく海中のディテールが細かく、冒険SFとしての楽しみは充分。海中で助けてもらったアレの存在は、一見すると伏線がないように感じるが、読み返すと前段の危機と密接に結びついていると考えられる。
ドラミの単行本初登場エピソードでもある。本来は『ドラえもん』と並行して執筆されていた『ドラミちゃん』のエピソードであり、単行本収録にあたって『ドラえもん』の一編となるよう加筆修正された。のび太が他のエピソードと比べてバイタリティがあるのも、そのため。

ドラえもん』第25巻「ヘソリンガスでしあわせに」

幸福感に満ちて、痛みを感じなくなってしまう秘密道具が登場。その情報が拡散して子供社会を崩壊させるかと思えば、そのガスを至高とした価値体系が誕生してしまう。
数多いドラッグ系の秘密道具でも、最も直球な作品のひとつ。価値観の変容と相対化が描かれ、藤子・F・不二雄の暗黒面が楽しめる逸品だ。放心した白い瞳の描写がたまらなくいい。
ただ、やや頁数が少なくて食いたりないかもしれない。そう感じる向きには、同じように秘密道具で地域社会の価値観が変動する「地底のドライ・ライト」を合わせてすすめる。


……オーケー、いいたいことはわかる。
全部『ドラえもん』じゃねえか!というツッコミはもっともだ。
しかし、SFのプリミティブな面白味を子供時代に経験できる作品として、オールタイムベスト級なマンガであることは確実ではないか。ところどころ海外SFのパクリスペクト感がただよっているが、それも一興であろう。
逆に、『竜の卵』のごとき文明の栄枯盛衰を短編マンガで描く「ハロー宇宙人」や、けっこう考証された宇宙SF「広〜い宇宙で海水浴」、複雑な時間移動プロットと生物改造ネタがつめこまれたサスペンス巨編「ガラパ星から来た男」等々の傑作エピソードが紹介されていないことに、不満をおぼえる人々もいるだろう。
どうしても文句がある向きには、自分なりのSFマンガ推薦リストを公開してもらいたい。