法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

もはや橋下徹大阪市長の従軍慰安婦認識をまともにとりあうのもバカバカしいかもしれないが

バカバカしい言説だと念押ししておくことも大切だと思うのだ。


とりあえず朝日新聞記事の発言要旨を見ると、一文ごとに批判したいところがあるが、とりあえず三つほどに論点をしぼろう。
http://www.asahi.com/politics/update/0514/OSK201305130144.html*1
どのように慰安婦制度が問題視されているか、休息のため慰安所が必要なのか、証拠がないという見解は真実なのか、順番に簡単に批判していく。

慰安婦制度が問題視された経緯と現状について

なぜ日本の慰安婦問題だけが世界的に取り上げられるのか。日本は「レイプ国家」だと、国をあげて強制的に慰安婦を拉致し、職業に就かせたと世界は非難している。

実態より悪くいわれているとか、自国だけが悪いわけではないとか、有力政治家が何度も稚拙な擁護をくりかえすから、そのたびに批判されるのだと想像してほしい。自身の言動が現代日本を「セカンドレイプ国家」たらしめている自覚がほしい。
もちろん、さまざまな戦時犯罪や人権侵害も国際社会は問題視しており、日本だけが批判されているわけではない。以前にも簡単にまとめたが、むしろ他国の戦争犯罪が問題視された関係で、日本の慰安婦制度も注目されたという経緯がある。
歴史を知らない子供たち - 法華狼の日記
そして従軍慰安婦問題において、暴力をともなう拉致だけが問題視されているわけではない。国際社会は従軍慰安婦を性的奴隷とみなしているが、強制連行は奴隷の必要条件ではない。
「慰安婦は性奴隷」という国際社会の認識 - Transnational History
韓国政府サイトにある解説ページでも、従軍慰安婦を募集した形態は複数あることが説明されていた。下記エントリの末尾で引用している。
いいかげん慰安婦募集の新聞広告を持ち出すことはやめるべき - 法華狼の日記
先月にドイツの新聞紙が報じていた記事でも、狭義の強制連行だけが問題視されていたわけではなく、詐欺的な募集手段も言及されていた。
ドイツの新聞紙に従軍慰安婦問題が言及されていたとのこと - 法華狼の日記

兵士の休息には慰安所が必要という主張について

当時は日本だけじゃなくいろんな軍で慰安婦制度を活用していた。あれだけ銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、そんな猛者集団というか、精神的にも高ぶっている集団は、どこかで休息をさせてあげようと思ったら慰安婦制度は必要なのはこれは誰だってわかる。

はっきりいって、意味がわからない。
辞書をひもとくまでもなく、「休息」に「性的サービス」が必然的にふくまれるわけではない。史実でも、第一次世界大戦の経験から、欧米は兵士に一定の休暇を与えていた。
比べると日本軍の休暇は足りなかったし、本来の慰安施設や娯楽施設が必要という軍医の提言もかなわなかった*2


それに、被害を防ぐため「性的サービス」が必要という考えは、女性の自由意思を尊重した結果ではなく、あくまで軍隊の勝手な都合によるものだ。少なくとも慰安所は日本軍主導で設営されていたことが文書資料から明らかになっている。そのような身勝手な制度が、はたして他方の身勝手を抑制する役に立つだろうか。
そこで日本軍関係資料を読むと、慰安所が強姦を防ぐ役割をはたさなかったらしいことがわかる。たとえば慰安所制度の創設者による回想に、下記のようなくだりがある。
慰安所の設置 慰安婦とは 慰安婦問題とアジア女性基金

『岡村寧次大将資料第一 戦場回想編』1970年、302-303頁
昔の戦役時代には慰安婦などは無かったものである。斯く申す私は恥かしながら慰安婦案の創設者である。昭和七年の上海事変のとき二、三の強姦罪が発生したので、派遣軍参謀副長であった私は、同地海軍に倣い、長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強姦罪が止んだので喜んだものである。  現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である。

日本軍の軍医中尉の報告書でも、むしろ兵士を「元気」にさせるために慰安所が用いられていたという記述がある。そこでは性的欲求の発散という観点から、性的暴行と慰安所は地続きだった。
「慰安所」は強姦を防止した人道的な制度? - Transnational History

部隊長は兵の元気をつくるに却(かえ)って必要とし、見て知らぬ振りに過ごしたのさえあった位である。……日本の軍人は何故に此の様に性欲の上に理性が保てないかと、私は大陸上陸と共に、直ちに痛嘆し、戦場生活1ヶ年を通じて終始痛感した。

将校は率先して慰安所へ行き、兵にも是をすすめ、慰安所は公用と定められた。心ある兵は慰安所の内容を知って、軍当局を冷笑して居った位である。然るに、慰安所へ行けぬ位の兵は気違いだと罵(ののし)った将校もあった。

そもそも、日本軍が各地で慰安所を開設したのは、基本的に他地域へ侵攻したためだ。「休息」が必要ならば戦端を開くべきでなかったという結論になるだけだろう。

慰安婦制度が問題視されるべき証拠がないという主張について

証拠が出てくれば認めなきゃいけないが、今のところ2007年の(第1次安倍内閣の)閣議決定ではそういう証拠がないとなっている。そこはしっかり言っていかなきゃいけない。

この橋下市長の主張は、昨年と全く同じ。河野談話の重要度をおとしめようとする安倍内閣の答弁に、今なお誘導されている。
橋下徹大阪市長はデマを根拠に従軍慰安婦問題へ言及していたことが確定 - 法華狼の日記

2007年の安倍内閣は「証拠はなかった」と主張したのではなく、政府が集めた文書資料に直接的な記述がなかったと改めて主張しただけだ。証拠がなかったという印象を与えたい安倍内閣の意図は、原状を見てもほぼ自明と思う。しかし、さすがに強制性があったという調査結果そのものは安倍内閣でも否定できなかった。

国会に議員をおくるような政党の共同代表になった現在も同じ誤りを続けて公言していることから、もはや橋下市長個人の問題ではない。政党全体の問題であることは当然として、日本社会全体の問題ととらえるべきだろう。
事実として今回の安倍首相も、2007年の自身の謝罪を否認するような答弁を今年3月に出し、過去の反省をなかったことにしたい意思を鮮明にしていた。
安倍首相と産経の藁人形論法なんだが→ 慰安婦問題で首相、「ブッシュに謝罪」報道を完全否定 - Transnational History


ただし今回の安倍政権は、前回に比べると火消しの速度が少し早い。
高市早苗政調会長村山談話の踏襲を否定しようとしたりと、あいかわらず足並みはそろわないものの、内外から強く批判されることや反論できないことは理解しつつあるようだ。
少なくとも、河野談話を継承することは先日に菅官房長官が明言した。くわえて共産党の紙智子議員から質問を受けて、新資料が発見される余地があることを閣議決定している。
http://www.asahi.com/politics/update/0507/TKY201305070356.html

慰安婦問題で「新しい資料が発見される可能性はある」とする答弁書閣議決定した。紙智子参院議員(共産)の質問主意書への答弁。

これは橋下市長発言の1週間ほど前、5月7日のことだ。

*1:以下、断りのない引用枠はこの記事から引用する。

*2:吉見義明『従軍慰安婦』53頁。