法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

大阪府泉佐野市の小中学校図書室から『はだしのゲン』が排除されていた

千代松大耕市長*1の意向で、市教委が指示を出し、各校で閉架されたり回収されたという。
http://www.asahi.com/articles/ASG3M7G13G3MPTIL033.html

 市立小中学校の校長でつくる市立校長会は1月23日、強い調子で回収に抗議する文書を中藤辰洋教育長に手渡した。だが教育長は市長の意向を理由に「何らかの指導が必要」と譲らず、「閲覧記録を確認するなどして読んだ子を特定し、個別に指導できないか」と打診したという。

図書館の理念から考えると、閲覧記録から誰が読んだかを特定しようとしたことが、より根深い問題だろう。

校長会はこれを拒否。「不適切な表現があるからといって一律に閲覧制限をするのは教育になじまない」「大量の蔵書から不適切な表現が含まれる作品を拾い出し、語句を逐一訂正指導するようなことは不可能」などとする文書を再び教育長に出し、回収指示の撤回と本の返却を求めていた。

この記事で伝えられているとおり複数の校長から反発がつづき、校長会の要請にしたがって返却はされたそうだ*2
朝日記事では市長のこれまでの市政も伝えられている。

千代松大耕(ひろやす)市長は2011年4月の市長選に市議から立候補し、現在1期目。教職員に入学式や卒業式での君が代の起立斉唱を義務づける条例を大阪府・市に続いて制定したほか、府独自の学力テストの学校別成績を市教委の反対を押し切って公表したり、教育行政への首長の関与を明文化した条例を制定したりするなど、以前から教育行政に強い関心を持ってきた。

 「ゲン」の中には、君が代天皇制を批判する箇所も出てくるが、市長は「そこを問題視したわけではない」と説明している。

どこを問題視したのであれ、教育現場への介入に積極的な政治家であることはたしかなようだ。


続報によると、松江市での閲覧制限を受けて市長や教育長が問題視したのは、「言葉」であり「差別的な表現」という。閲覧者への個別指導も、もともと市長の案とわかった。
http://www.asahi.com/articles/ASG3M62WFG3MPTIL01S.html

 千代松市長によると、市長自身も作品を読んだうえで、「きちがい」「乞食(こじき)」「ルンペン」などの言葉について、教育長に「問題が多い」と伝えた。時期は覚えていないという。

 千代松市長は取材に対し、「漫画の内容ではなく、差別的な表現が問題だと思った。泉佐野は市全体として人権教育に力を入れており、教委には、漫画を読んだ子への個別指導が必要ではないかと伝えた」と話した。

実際に読んだとあるが*3、どうやら言葉面を問題視しているだけで、どのような文脈で用いられたかは軽視されているような印象を持つ。
引用されている頁を見ても、「きちがい」はナイフで切られている主人公が助けを呼ぶ時の台詞で、「ルンペン」は主人公自身の生活を歌ったものだ。前者は議論がわかれるかもしれないが、後者は被差別者によりそって描かれている。

そもそも自伝的作品の主人公であっても、登場人物の台詞がそのまま作者の主張と同一とはいいがたい。逆に自伝的作品だからこそ、当時の価値観や表現の記録という価値を見いだすこともできる。
もちろん、当時の表現について細かく指導をおこなうのであれば、教育としての意義もあるだろう。よく用いられていた言葉が差別と見なされていった歴史を、ただ文字列を機械的に避けるのではなく、人権教育の一環として学ばせられるのであれば、むしろ賞賛したい。しかし言葉ひとつひとつを問題視しているかのような報道を見た印象では、市長の求める指導内容には不安しかおぼえない。

*1:ツイッターアカウントは[twitter:@chiyomasmile]。

*2:http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2014032000346

*3:毎日新聞によると、人権担当の部署にも意見を聞いたという。http://mainichi.jp/select/news/20140320k0000e040248000c.html