法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

白燐弾が原因でなくても、被害者の訴えは真摯に聞かなければならない

イタリア国営放送RAIのドキュメンタリー『ファルージャ 隠された大虐殺』に映った死体の死因がはっきりしないことをもって、報じられた犠牲を懐疑する主張がある。むろん、その懐疑は初期に報じられたドキュメンタリーが限られた素材で構成されていることを失念したものにすぎない。
紫音さんの懐疑に答えます - 模型とかキャラ弁とか歴史とか

ファルージャの場合はアメリカの報道に対する管理により攻撃後しばらく経つまで報道はファルージャに入れませんでした。RAIの動画に映っていた死体はその間に腐敗したものと思われます。
対して、ガザの場合は報道も人権団体もその攻撃による被害を現在進行形で目の当たりにしたのです。そして数々の死体も、このような表現をとらざるをえないのが非常に悲しいのですが、新鮮なままの状況で撮影されたのです。

RAI報道の死因を法医学的に懐疑しているというガーディアン記事は、Wikipediaの「白リン弾」の項でも「報道の信頼性や中立性には疑問がある」ことの根拠として、下記のように紹介されている。
白リン弾 - Wikipedia

イギリスの新聞ガーディアンは、RAIが「白リン使用兵器による死者」として放映した遺体が「腐敗による変化であって、(白リンを含む)焼夷兵器による熱傷である証拠ではない」とし、報道の信頼性に対して疑問を投げかけている

だが、実際にガーディアン記事を見れば、白燐弾の使用についてのメディア報道がさほど的外れではなかったらしいという一文から始まっていることがわかる*1
George Monbiot: Behind the phosphorus clouds are war crimes within war crimes | US news | The Guardian

The media couldn't have made a bigger pig's ear of the white phosphorus story.

続けてRAI報道で描かれた民間人への使用について、明確な根拠がないというくだりも確かにある。映像を専門家に見てもらったという段落で、映像の死者が腐敗し黒くなっているのは腐敗のためで、燃えた形跡は見られないというコメントが紹介されている。記者自身も死因は今のところはっきりしないとコメントしている。

I would like to try to clear up the old ones. There is no hard evidence that white phosphorus was used against civilians. The claim was made in a documentary broadcast on the Italian network RAI, called Falluja: the Hidden Massacre. It claimed that the corpses in the pictures it ran "showed strange injuries, some burnt to the bone, others with skin hanging from their flesh ... The faces have literally melted away, just like other parts of the body. The clothes are strangely intact." These assertions were supported by a human-rights advocate who, it said, possessed "a biology degree".

I, too, possess a biology degree, and I am as well qualified to determine someone's cause of death as I am to perform open-heart surgery. So I asked Chris Milroy, professor of forensic pathology at the University of Sheffield, to watch the film. He reported that "nothing indicates to me that the bodies have been burnt". They had turned black and lost their skin "through decomposition". We don't yet know how these people died.

だが、死因が白燐弾ということを否定しているわけでもない。


そもそもドキュメンタリーというものの性質を思い出せば、ガーディアン記事はRAI報道について懐疑しているわけではないとわかるはずだ。ドキュメンタリーで用いられる映像というものは、もともと必ずしも証拠能力を必要としない。
まず、イメージカットやモンタージュ演出を用いるドキュメンタリーは普遍的に存在する。たとえば、太平洋戦争の惨禍を伝えるドキュメンタリーを見た記憶がある者は、思い出してほしい。映像とナレーションは、必ず同じ状況を説明していただろうか。内地で兵士を待つ家族の気持ちを語るナレーションをかぶせるように、前線の兵士が映像として示されたりはしなかっただろうか。
また、説明通りの映像が用いられたとして、それが単独で証拠能力を持っているとは限らない。たとえば、原爆投下によって炭化した死体と、焼夷弾による火災で炭化した死体を、映像で見ただけで区別できるだろうか。強い放射線をあびて死亡した死体は、必ず映像や写真だけで死因が判別できるだろうか。一見して被爆の特徴が現れていない死体であっても、資料や証言によって裏づけられていれば、原爆の犠牲にされた者の姿と映像で説明しても問題はない。
映像に証拠能力がないことを根拠にRAI報道を虚偽と見なす主張は、一見して映像から被爆者と判別できる死体しか原爆ドキュメンタリーで用いることができないという主張と、ほとんど同じようなものだ。


そう、ガーディアン記事はRAI報道が虚偽だと主張する内容ではない。あくまで映像単独で専門家にコメントを求めた段階では、はっきりした証拠にならないという話にすぎない。続けての段落で、民間人に対してではなくとも兵士に対して白燐弾を用いたことは事実で、ペンタゴンのスポークスマンが認めたこと等を紹介し、他にも白燐弾使用についての様々な懸念を注意喚起している。
最後の段落では3万人から5万人も民間人が残っているとも推測されるファルージャを攻撃して、非戦闘員への被害を出さずにすむことがありえただろうかと問いかけている。

This looks to me like a convincing explanation of the damage done to Falluja, a city in which between 30,000 and 50,000 civilians might have been taking refuge. It could also explain the civilian casualties shown in the film. So the question has now widened: is there any crime the coalition forces have not committed in Iraq?

前後するが、死因が白燐弾以外の可能性があっても、依然として問題であると主張し、法の重要性を指摘するくだりもある*2

The insurgents, of course, would be just as dead today if they were killed by other means. So does it matter if chemical weapons were mixed with other munitions? It does. Anyone who has seen those photos of the lines of blind veterans at the remembrance services for the first world war will surely understand the point of international law, and the dangers of undermining it.

先日に私が主張したことは、このガーディアン記事の時点で明確に指摘されていたことにすぎないわけだ。
白燐弾規制というリアリズム - 法華狼の日記

特定兵器の残虐性に目を奪われ戦争全体から目をそらすことは本末転倒という論理は、確かに原則として正しい。相対的に残虐でない殺傷方法でさえあれば許されるというわけではない。

いずれにせよWikipediaにおける「白リン弾」の記述はガーディアン記事の印象を正反対に操作しており、ほとんど捏造といって過言ではない。
必ずしも証拠として提示したわけではない映像の証拠能力を否定することで、ドキュメンタリー全体を否定しようとする詭弁。この詐術は、南京事件証拠写真を検証すると称して、基本的に証拠としてあつかわれてはいない写真を捏造あつかいし、犠牲を否定しようとする論法としても有名だ。
http://www.nbbk.sakura.ne.jp/p2/143/index3a.html

南京大虐殺事件の事実はさまざまの文献的な資料や当時を知る人々の証言によって裏付けられています。はたして南京事件の「証拠写真」などというものは存在するのでしょうか? 「証拠写真」を検証するという論点は非常に奇妙なものといえます。本来論点にならない論点を持ち出してもそれは科学的でも学問的でもなんでもないはずです。


ここでRAI報道について具体的に紹介しておこう。
Rai News: le ultime notizie in tempo reale – news, attualità e aggiornamenti

di Sigfrido Ranucci

"Ho sentito io l'ordine di fare attenzione perché veniva usato il fosforo bianco su Fallujah . Nel gergo militare viene chiamato Willy Pete. Il fosforo brucia i corpi, addirittura li scioglie".
È questa la tremenda testimonianza di Jeff Englehart, veterano della guerra in Iraq. "Ho visto i corpi bruciati di donne e bambini- ha aggiunto l'ex militare statunitense-il fosforo esplode e forma una nuvola, chi si trova nel raggio di 150 metri è spacciato".
Testimoni hanno visto "una pioggia di sostanze incendiarie di vario colore che, quando colpivano, bruciavano le persone e anche quelli che non erano colpiti avevano difficoltà a respirare", racconta Mohamad Tareq al-Deraji, direttore del centro studi per i diritti umani di Fallujah.

上記のドキュメンタリー説明には、複数の証言が並んでおり、映像に白燐弾の用いられた証拠となる死体映像が映っているという紹介ではない。ここでも重要だったのは、あくまで証言だ。
下記の英語文によるダイジェスト紹介を見ても、証拠として重要視されているのは証言であることがうかがい知れる。白燐弾と思われる被害があって屋内の洗浄をせまられたいうような証言や、元軍人の使用証言が並んでいる。
U.S. Broadcast Exclusive–“Fallujah: The Hidden Massacre” on the U.S. Use of Napalm-Like White Phosphorus Bombs | Democracy Now!
ちなみにRAI報道はニュースサイト「暗いニュースリンク」でも紹介され、それ以前の米国公式見解も対比するように紹介されていた。
「イラク駐留米軍はファルージャで化学兵器を使った」イタリア国営放送がドキュメンタリーで証拠ビデオを放映: 暗いニュースリンク

ところで、この二つの武器の使用に関して、疑惑が最初に伝えられた直後の2004年12月に、米国務省は公式発表で非常に巧妙に説明している。

白リン弾は、通常照明弾として夜間の戦闘で使用され、それ自体違法ではない。ファルージャにおいて、米軍は非常に慎重に白リン弾を用いており、敵に直接浴びせてはいない。(Phosphorus shells are not outlawed. U.S. forces have used them very sparingly in Fallujah, for illumination purposes. They were fired into the air to illuminate enemy positions at night, not at enemy fighters.)

とりあえず煙幕でこそないかもしれないが、攻撃目的では使用しなかったと「言い逃れ」していた具体例といえるだろう。
白燐弾は何発でも誤射かもしれない、何人を殺しても次は煙幕使用かもしれない*1 - 法華狼の日記

条文の理想を厳密に適用したり情報を明らかにすれば規制されることでも、使用目的を偽りやすい兵器を用いて言い逃れしようとすることは考えられる。「言い逃れ」と一口にいっても様々な段階があるのだ。


それでは、白燐弾による犠牲が証言されたとして、その証拠能力をどれだけ信頼すべきものだろうか。戦争の被害証言は誇張され、過大になったものばかりだろうか。
実際には、過去の苦しみを思い出すことを嫌悪したり、証言が信用されないことを恐れて、犠牲者が証言をこばむことは珍しくない。
慰安婦のように日本軍の犠牲にあった被害者だけではない。現在の日本社会でおおむね同情すべき被害者ととらえられている被爆者でさえ、その証言の困難さを示すために今も「重い口」という形容が多用されている。
http://www.nhk.or.jp/peace/library/198092.html

即死をまぬがれた彼らは、戦後を生きてきた苦しみや犠牲者の無念な思いを後世に伝えようと重い口を開いた。

テレビ朝日|原爆 63年目の真実

原爆の記憶が風化していく中、半世紀以上の時を経て「最後の生き証人」たちがついに重い口を開いた。

自身に原因があるのではないかと被害者が自己を責める場合もあれば、犠牲者非難を恐れて口を閉ざす場合もある。
つい一昨年にも、田母神俊雄航空幕僚長が「広島の知人がみんなそう言っている」*3ことを根拠にして今を生きている被爆者の存在を否定した。
http://www.47news.jp/CN/200908/CN2009082501001165.html

 田母神俊雄航空幕僚長は25日、宮崎市の街頭で衆院選宮崎1区から無所属で立候補している前職の応援演説を行い、6日に広島市で開かれた「原爆死没者慰霊式・平和祈念式」(平和記念式典)について「参列者は被爆者も被爆者の2世もほとんどいない。全国からバスで集まってきた左翼ばかりだ」と批判した。

 さらに「式典は日本弱体化の左翼運動だ」と述べた上、「こういった事実をマスコミが隠ぺいする」と批判の矛先をマスメディアにも向け「普通の国民が知れば式典に対する受け止め方はまったく変わってくるはずだ」と述べた。

今年にも松井一実広島市*4被爆者権利要求に対し「死んだ人のこと考えたら、そんなに簡単に言える話かなと思いますけどね」と発言して陳謝した。
被爆者援護めぐる広島市長発言に批判の声 : 広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)

 この日、松井市長は被爆体験記を出した被爆者と面会。代表者が「爆心地から4キロも離れたところで被爆者というのは後ろめたいものがあった」と心境を語った。これを受けて市長は「一番ひどいのは原爆で死んだ人。残った人は死んだ人に比べたら助かっとる、と言うことをまず言わんのんですね。悲劇だ、悲劇だと(話す)」と述べた。

 さらに松井市長は被爆者への援護施策に言及。「何か権利要求みたいに『くれ、くれ、くれ』じゃなくて『ありがとうございます』との気持ちを忘れんようにしてほしいが、忘れる人がちょっとおる」と続けた。

松井市長の主張は、被爆者代表が自らを責める発言に対する応答だった。代表者の発言は、普遍的に見られる被害者心理である*5
http://www.ncnp.go.jp/nimh/seijin/www/for-sufferers/others_02.html

被害者はたいてい、何も言われなくても罪悪感や自責感を感じてしまいます。自分のとった行動に対して、あるいは自分がもっと抵抗すれば防げたのではないかなどについて、自分を責め後悔しているのです。ですから例えば、慰めようと思って「あなたが、もう少し早く帰っていたらねえ」などと言うと、自分はそうするべきなのにしなかったということで、被害者は自分をますます責めてしまいます。


むろん、被害の状況が全て正しく証言されると期待できるわけではない。証言者は基本的に調査の専門家などではない。あくまで自分が知る範囲の出来事について、限られた視野と知識で判断せざるをえない。
そもそも被害をこうむることは、それだけ加害者と比べて弱い状況にあったという可能性を強く示唆する。被害者が状況の全て、攻撃の原理を即座に正しく把握していないからといって、それは非難するべきことでは全くない。
たとえば、吉見義明『従軍慰安婦』において、強制連行されたという文玉珠証言に対して、下記のように考察しているくだりがある*6

軍服を着た日本人が私に近寄って来ました。彼は突然、私の腕を引っ張って、日本語で何か言いました。その頃は、巡査という言葉を聞くことさえ恐ろしい時代だったので、私は何も言えず彼に引っ張られるまま連れて行かれました。……連れていかれた先は、憲兵隊ではないかと思われます。

 彼女は、中国東北の軍慰安所に入れられる。拉致した日本人は、軍人か、巡査か、カーキ色の国民服を着た民間人か、断定できない。しかし、夕暮れ時であること、連れがいないこと、民間人らしき人物にひき渡されていることなどから、民間人による誘拐の可能性が高いのではないだろうか。

ここでの吉見教授は、文玉珠証言が虚偽と批判しているわけでは全くない。被害者の限られた知見と主観で切り取られた情報から、事実を探ろうとしているのだ。被害者が語る証言を真摯に受け止めた上で、被害者自身が推察したり錯誤している可能性がある部分と、被害者が現実で直面して記憶に残っているだろう部分をよりわけ、他の情報とつきあわせて連行の全体像を描き出す。もちろん被害者の認識が全く正しい可能性にも留意しているし、民間人が拉致したとしても日本軍の責任が消えるというわけでもない。
白燐弾の被害をうったえる証言も、攻撃状況を比較的に把握している使用者側を除いては、白燐弾で攻撃されたと必ずしも名指ししているわけではない。どちらかといえば様々に伝えられる被害の状況をつきあわせていった結果、攻撃手段や被害が白燐弾によるものと徐々に明らかになっていったのだ。
さらにいえば、原理がわからないのは被害をこうむった当時だけではない。たとえば、太平洋戦争時の空襲で焼夷弾が自然発火した原因すら複数の説がある。
焼夷弾が空中着火する謎 - 法華狼の日記
焼夷弾が空中発火する謎・補遺 - 法華狼の日記
原理不明だからと焼夷弾による空襲、俗に「火の雨」と呼ばれる無差別爆撃の実態を訴える証言を否定するべきだろうか。被爆者が体力低下を訴える原理不明の症状、俗にいう「ぶらぶら病」を頭から否定するべきだろうか。そうではないはずだ。
証言者の言葉は、たとえ誤解や記憶違いがふくまれていようとも、状況の全てを説明できなくても、それ自体が一つの重要な情報と見なすべきなのだ。不完全な証言だからといって全て捨て去るのではなく、むしろ不完全な証言を広範に拾い、個々を比較してこそ歴史の全体像が明らかになる。そうだろう。

*1:私の英語読解能力は低いが、微妙なニュアンスを除いては何とかわかる。“make a pig's ear of”は「しくじる」「台無しにする」といった意味の慣用句。それを“bigger”で強調している。……しかし、D_Amon氏による全訳やApeman氏の指摘を読むと、ここの私の解釈は誤っていて、「それ以上の間違いは犯しようがなかっただろう」と訳すべきだったようだ。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20120428/1335643573

*2:盲目になった第一次世界大戦後の軍人が写った写真を思い出すよう読者にうながしているように読めるが、イギリスにおいて有名な写真があるのだろうか。あるいは言い回しなのかもしれないが、知識がないので判断がつかない。

*3:該当する釈明は朝日新聞記事で報じられていたが、元記事が消えているのでDr-Seton氏の批判エントリを紹介しておく。http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20090825/1251206939

*4:自身も被爆二世ではあるが、戦後生まれ初の広島市長でもある。

*5:念のために注意しておくと、被害者はそう思うことが当然という話ではなく、そう思ってしまう傾向があることに注意するべきという話。

*6:98頁。