法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『機動戦士ガンダム00』大地と薬(前編)

二次創作。直接的ではないものの、性的描写注意。時系列はMISSION-11直後。

 それは天使の名を持っていた。


 プロローグ・2


 建設途上のオービタルリングが太陽光を反射し、不完全な円弧の姿で星空に輝く。
 その下、不時着し大破した人類革新連盟の輸送機から、一筋の足跡が長々と伸びている。足跡はいくつもの丘を越え、天幕が並ぶ人類革新連盟の野営地まで続いた。
 周囲を警戒する人型兵器が、野営地を偶像の立ち並ぶ神殿かと思わせる。
 乾いた風が天幕を揺らす。
 防水と断熱をかねる布を二重に張った野戦病院の片隅で、簡易に作られた手術室。その中央にある手術台で裸の幼児が横たえられていた。周囲には手術着をした六人の男達が立ち、無表情で見下ろす。
 幼児は肋骨が皮越しに浮き上がり、閉じた瞼も薄くて眼球の形が確認できる。筋張った手足は微動だにしないが、肋骨が静かに上下して、かろうじて生きているだろうことをうかがわせた。重苦しく暗い手術室の空気に、男達は固まっている。今すぐ栄養を摂らせ、身体を温めてやり、必要な薬剤を投与すれば命が助かるかもしれないのに、医者であるはずの男達は動こうとしない。
 やがて、入り口近くに立っていた一人の男が名乗り出た。
「わかりました。私が連れ帰った実験体です。最後まで責任を取って、私が手術します」
 マスクで顔の下半分が覆われていたが、目の周囲は青い隈ができ、肌は乾いてひび割れ、疲れきっている事はわかる。
 そうして憔悴しきった顔は生ける屍のようだったが、瞳ばかりが鈍く輝き、より輝いているメスを震える手で持ち、静かに術式を開始した。
 周囲の誰もが無言で、危なげな男の解剖を不安そうに、あるいは汚物を見るように眺めていた。名乗り出た男は重い圧迫を感じたが、周囲に弱みを見せまいと、背筋を伸ばして手術道具を操った。
 レーザーで頭髪を焼き切り、いくつもの鋸を使い分けて慎重に、しかし手早く頭蓋骨を削っていく。やがて表面に血管が這う灰色の大脳が現れ、それは普通の人間が持つ大脳ではあったが、一部が奇妙に肥大してグリア細胞が発達していることが示されていた。
 周囲の指示に従って手術を続ける男は、脳の各所に電極を刺し、あるいは神経を切除した。頭部の切開に痛みを感じさせなくする部分的な麻酔をかけられているだけなので、男が様々な試験を行う度に、幼児は様々な反応を見せた。表情は泣き、笑い、しかめ、ゆるめ、人の感情がメス先一つで手軽に操れることを示した。観察する男達の一人が幼児の様子を撮影し、さらに一人がスケッチする。脳波や心拍数の類いもモニターされ、記録用紙を吐き出した。
 やがて観察者の一角から、年老いてすっかりしゃがれた声が上がった。
「良い。これなら超兵も実用化に耐えそうだ。実験体が一体しか返らなかった時は、どうなることかと心配した」
 喜ぶ風でもなく、淡々と事実を確認する声色で、人間味を欠片も感じさせない。背筋を正し、怯えの色を見せる周囲の男達こそ、むしろ人間的な反応ではあった。この悪魔的な実験を止めようとまではしない、矮小な人間性に過ぎなかったわけだが。
 やがて全ての電極を外し、大脳を露出させたまま、荒い息を吐くようになった幼児の耳元へ、実験を終えた男が口を寄せた。
「……痛くないかい」
 静かに囁いた声が聞こえたのかどうか、幼児は顎を引いて肯くような仕種を見せたかと思うと、口元から赤黒い液体を泡とともに吐き出した。赤黒い血は鼻孔からも流れ出て、顔を近づけていた男のマスクに飛び散った。
 男は急いで器具を手に、幼児の喉から血を吸い出そうとしたが、全てが手遅れだった。手術した男の偽善的な言葉を皮肉るかのように、幼児は苦しみながら息を引き取った。
 手術を終えた男は残りの者達に解剖を任せ、手術着を脱いで、天幕の外へ出た。気づけばすっかり朝日が顔を出し、空の色は紺から黄に変わりはじめている。陽光が届かない西南の空から降りる、白く細い直線は、建設中の軌道エレベーターだ。その周囲で明滅する光は、宇宙で戦っている兵士の魂だろうか。超兵を前線に投入するようになれば、兵士多くの命が救われることだろう。戦闘が短期間で決すれば、敵兵士にとっても救いとなる。さらに超兵の実用化で医療部門の発言権が増し、前線の兵士に適切な医療を受けさせる機会も増えるはずだ。人の命を軽視しがちな人類革新連盟で、医療部門の重要性を上層部に認めさせる端緒ともなるだろう……しかし、だからといって超兵などという存在を作り出す権利はあるのだろうか。
 すでに周囲は明るくなっているが、隠れているかもしれない敵から狙撃されないよう、男は天幕をていねいに閉じて内部の光が漏れないようにし、黒々とした大地に足を踏み出した。血溜りに踏み込んだように足が重く、うなる風の音が幼児の泣き声に聞こえる。寝床は野戦病院のすぐ隣にあるはずなのに、道のりがひどく遠い。
 今日も寒くなりそうだった。


 エピローグ・1


 幼子の手を引き、少女が薄暗い荒野をひた走る。
 少女は、自力で走れる子供達には叱咤しながら、荒い呼吸をくりかえし、ついにせきこむ。布を重ねた服から覗く、痩せた腕に乾いた肌。それでも手を引かれる幼子より、よほど健康的に見えた。
 走る少女らを、轟音が三重に後を追う。高所から六つの赤い双眸が少女を照らす。巨人達の足音だ。
 二束歩行する巨大兵器はアンフと呼ばれる。上半身が前方にせり出し、その先端にセンサー類が密集している。まるで小人を追いかけ、上方から圧迫感を与えることを目的にしているかのような体型だ。
 すでに旧式化して久しく、同類のモビルスーツと呼ばれる人型兵器ではけして大型でも重量級でもないが、アンフの一歩一歩が生み出す振動は破壊的で、ただでさえ疲労している少女の足をもつれさせるには充分だった。
 どう、と音をたてて倒れこんだ少女の上に、手を引かれていた幼子がつんのめる。周囲の子供達は、走り続ける者と、その場にへたり込む者に別れた。
 アンフは少女のすぐ側まで地響きを立てながら歩いてきて、おもむろに一体が機械の腕を伸ばした。残りの二体は逃げる子供達を追って少女の脇を通りすぎ、機関砲を一掃射する。子供達がいた場所には、原型をとどめない挽肉も血の臭いさえも残らなかった。ただ無数のくぼみと火薬の臭いだけが残った。
 土煙が舞い、少女は立ち上がることもできず、それでもせめて土に汚れた顔で追ってくる巨人をにらみつけた。
 少女が首にかけている粗末な十字架を、倒れた幼子が握る。


「……狙い撃たせてもらう」


 ふいにわきおこった子供達の歓声に、少女はふり返った。
 二体のアンフがゆっくりと倒れようとする瞬間だった。天からさらに一筋の光が降り、残った一体の頭部も撃ち抜く。襲いかかってきた土砂に少女は一瞬、視界をふさがれる。
 ややあって、少女がせきこみながら見上げると、光る粒を背中からほとばしらせる巨人が静かに大地へ降り立った。
 巨人は緑色のマントを身にまとったような姿をしており、手のひらに乗せた一人の男をそっと地面へ降ろす。宇宙服らしき姿なので顔も年齢も判然としないが、かなり若い男と見えた。
 男は倒れたままの少女に歩み寄り、静かに手を取って立たせた。少女は呆然としつつも、乱れた服のすそを直して、男の手を握り返した
 少女の後方から、生き残った子供達が駆けてきて、男の周りを取りまいた。子供達は口々に感謝の言葉と質問を男にあびせた。
 男は、ヘルメットのバイザーを上げないまま、静かにするよう子供達へ手を振って指示する。そして少女に向き直って尋ねた。
「メシアはどこにいる」
 機械的な音声を聞いて少女は身を硬くし、男の手から離れた。子供達を背中に隠すように、長身の男をにらみつける。
「あなた……誰ですか」
 少女は、首にかけた鉄製の十字架を震える手で握りしめた。
 男は、電子的な操作が加えられた声で宣言した。
「俺のコードネームはロックオン・ストラトスソレスタルビーイングだ。この紛争に介入する」
 その頭上、遠い空から砲声の残響が轟いた。


 薄汚れた天幕に入ると、狭い内部は厚い布を敷いただけの寝床がひしめいていた。そこに生きているのか死んでいるのか不明瞭な人体が、老若男女の別なく横たわっている。
 入り口から奥へ行くに従い、人々の傷は深く、重くなっていく。
 そして天幕の行きつく先、小さなランプに照らされるベッドの前で、目的の医者がいた。
 薬が大量に詰まっているのか、薄汚れた白衣はポケットがふくらんでいる。一見するとひどく猫背に感じられたが、よく観察すれば身体が起こせない患者に対して乗り出すように心音を聞いているだけとわかった。
 耳の後ろでわずかな白髪が残るだけの後頭部へ、ロックオンは声をかけた。
「メシア・アンダーソンだな」
 医者は聴診器をあやつる手を止め、振りかえった。丸い眼鏡が鷲鼻の上に乗っている。シワが一面に刻まれた顔から出てきた言葉は、意外なほどハリがあった。
「患者かな、それとも見舞いかな。どちらでもないなら、出ていってくれ」
 友好的な雰囲気ではないが、とりあえずメシア本人と肯定する答えだろう。顔を隠した男に対しての言葉と考えれば、存外に優しいともいえる。しかしロックオンはとりあえず医者と会話を続けようと、軽口を叩いた。
「メシアってのもふざけた名前だな、偽名をつけるセンスがゼロだ」
 ロックオンは刹那・F・セイエイの顔を思い出しながら苦笑した。対外的に宣言する際に用いる、象徴的なコードネームではあるが、意味があるわけでも音の響きがいいわけでもない。無駄に無国籍な奇妙な名前だ。まだ狙撃手を担当する人間がロックオンを名乗る方がわかりやすい。
「私の名前は、ただのアンダーソンだ。まあ好きなように呼ぶといい」
 アンダーソンは興味を失ったようにロックオンに背を向け、患者への治療を再開した。ロックオンとアンダーソンの会話に全く反応しなかった患者は、中年の太った女性だった。全身を巻く包帯は血と薬で赤と黄のまだらに染められ、呼吸にともなう胸の上下動も小さい。設備の整った医療機関ならばともかく、ここでは手のほどこしようがないのだろう。
「……じゃあ、超兵の試験体を生きたまま解剖した、希代の極悪人とでも呼ばせてもらいますか」
 小声でつぶやいたロックオンの言葉に医者は手を止めたが、それは一瞬のことで、すぐに包帯を巻き直す。それでも全く効果が無かったというわけでもなく、医者は背後のロックオンに天幕の外で待っているように命じた。
「わかりました。しかし、できるだけ早く願います。ああそれから、この子をたのみますよ」
 ロックオンは背後に隠れていた少年を、医者の前に押し出した。少女が連れていた子供達の一人だ。
 医者は不審そうに眼鏡を直しながら少年を見つめ、やがて深くうなずいた。患者と少年の顔立ちは極めて似ている。人種的なもの以上に。さらに傷ついた姿を直視しようとしてできない態度が、強い血の繋がりを示している。
 母と子ならば側にいるのが道理というものだろう。


 エピローグ・2


 雲が流れ、月が顔を出す。
 待ちぼうけたロックオンがそろそろ強硬手段に出ようかと思い始めた時、ようやく天幕から医者が顔を出した。
「あの奥さんはどうでした」
「私の能力では無理だ。せめて薬で痛みを消してやるしかなかった」
 医者は天幕のすそを固定している小岩に腰を下ろし、天幕へもたれるロックオンを見上げた。
「あの子を連れてきたことには感謝しよう。天国へ旅立つ前、息子と再開できたのはせめてもの幸いだったと思う」
 ロックオンは首を横に振る。
「連れてきたのは、あちらの娘です。俺は手伝っただけにすぎません」
 布にくるまり眠っている子供達の側で、少女が焚き火の番をしている。寒い季節に野宿するには必要な仕事だが、それでも不平不満を少しもうかがわせずに薪を火にくべる横顔は、生涯を神に捧げた修道女のように気高く穏やかだ。黒髪のモンゴロイドだが、真面目な表情が同僚のフェルトにどこか似ているとロックオンは感じた。
 少女の近くには瓶がいくつも転がっている。栄養剤や抗生物質の錠剤が入っていた薬瓶だ。薬を子供達に飲ませるのも少女が協力した。
「孤児か。それとも……」
「あの子はこちらに来る前たまたま拾っただけです。俺達の目的は、アンダーソンさん、あんたですよ」
「私を殺しにでも来たか。ここに患者が運ばれてくる今だけは、待っていてほしいものだが」
 医者は大きな溜め息をつき、周囲を見わたした。今日は満月であり、目がなれれば充分に夜目がきく。
 視界を遮るような大木や草原はなく、潅木が点在するばかり。三百六十度ぐるりに地平線が見え、さらにその先から山脈の先端が顔をのぞかせる。ここで生活する者がおり、さらには難民を治療する者までいるとは信じられないほど荒涼とした風景だ。
「それにしても、人革連軍はどこへ行った。反政府勢力を警戒して、ここ数日ばかりモビルスーツを近くによこしていたが」
「戦線を縮少して、山脈向こうの基地まで撤退したようです。おかげで反政府勢力のアンフがすぐ近くまで近づいていました。あの子供達を追って」
 ロックオンは子供達のおだやかな寝顔に目を細める。
「おおかた誘拐されたか売られたか、あるいは村ごと反政府勢力の支配下に入ったのでしょう。よく逃げられたものです」
「人革連は駐留する余裕が無くなって戦線を縮少したか。おおかた君達が大活躍しているおかげだろうな」
 医者の強烈な皮肉に、ロックオンは肩をすくめた。
「とりあえず俺達は現在の戦争を止める事が目的です。過去の復讐を代行する事が仕事ではありません」
 ロックオンは自分がもたれている天幕へ目をやる。
「事情は知りませんが、あなたはここで人々を救おうとしている。だからメシアなどという名前で呼ばれているのでしょう。しかし元人革連の軍医が難民治療を続けては、目障りに感じる連中がいる。さっきいった反政府勢力みたいなね」
「君達が知っているくらいだ、すぐ私の過去も明らかになる事だろうしな」
 超兵の情報は徐々に開示され始めている。その速度は、超兵関連施設を破壊して世界の目にさらさせたソレスタルビーイングが予想したより早い。背後には人革連内の派閥争いや潔癖な高級軍人の指示があるようだ。いずれ反政府勢力にも情報が届くだろう。
 メシア・アンダーソンがただの元軍医で、難民を無償で救っているのであれば、反政府勢力にとって暗殺の口実は少ない。もし暗殺を強行すれば、自勢力以外で難民の支持を集める存在が邪魔だった事があからさまだ。
 しかし、救世主アンダーソンがかつて人体実験や生体解剖を行っていたのなら、処刑の口実は充分となる。暗殺に際して、周囲の犠牲にも頓着しなくなるだろう。それを案じて人革連軍も駐留していたのだが、今その余裕は無くなっている。
「だから、俺の指示通りここから離れてほしいわけです」
「君達は戦争根絶とやらが目的ではなかったかね。私を拉致する必要はないはずだが」
「戦闘を停止させることに結びつくなら、奪還も拉致も暗殺も、何でもこなしまさあ」
 ロックオンから視線を外して医者は立ち上がり、白衣のすそをはらって砂を落とす。
「ここには私の患者が大勢いる」
 そう言い残し、再び天幕の中へ入っていった。
 医者を追おうとしたロックオンの背後から、硬い口調の声がかかった。
「あなたは……なぜ私を助けたの」
 振り返ると、気づかぬ間に近づいていた少女が見上げていた。これほど気配を感じさせないのだから武装勢力からも逃げられたのだろう、とロックオンは感心し、納得もした。もちろん、殺意があれば気がついただろうし、近くで監視している自律機械……ハロが無線で警告しただろう。
 そもそも少女が武器を持っていない事は、最初にここについた時、入り口で警戒していた患者の女性達が身体検査して確かめている。ロックオンが通れたように本当の強硬手段には対処できないが、暗殺をふせぐには効果的だ。
 ともかくロックオンは少女の厳しい視線をまっすぐ受け止め、答えた。
「俺達ソレスタルビーイングは戦争根絶のために存在する。どれほど小さな紛争でも介入の対象だ」
「でも、あなたたちの使うモビルスーツは4機だけと聞きます。全ての紛争に介入するなんて、無理」
「全ての紛争に介入しなくても、俺達が介入する恐れを紛争を起こす連中に植え付けられれば、それでいい」
 ソレスタルビーイングが他にも様々な手段を取っている事までは機密なので明かさない。弱小勢力と思わせ対処できそうに見せかけ、油断した瞬間を潰し続ける事が重要だ。
「だけど、私達を守って運んでくれる必要はありませんでした。私達には立派な足があります。もちろん感謝はしていますけど、道具として使われて気分がいい人はいません」
 少女は上目づかいでロックオンを見つめる。口の端が少し上がっているのは嘲笑だろうか。
「ここまで私達を運んで、メシアの信用を得ようという魂胆があったのでしょう」
「君達と出会う事を意図していたはずはないさ。俺は君達を見て助けたんだ。他に理由はいらない」
 本心からの言葉だったが、逆に少女の言葉に納得する気分もあった。
 駐留を始め、すぐ撤退した人革連軍。武装勢力が他に気を取られて油断するタイミング。その隙をついて脱走する者達。全ては仮説だが、戦況予測のプロフェッショナルであるスメラギ・李・ノリエガならば、あるいは可能かもしれない。
 赤錆浮かぶ粗末な十字架が少女の胸元でゆれ、ロックオンはまるで懺悔室で試されているかのような気分をおぼえた。
「もし子供達を利用したのなら、私は許しません」
 そう言い残し、少女は焚き火の番に戻っていった。
 炎の逆光で浮かび上がる小さな背中を見て、逆にロックオンは決心がついた。任務のためという理由がつくなら、帰還後の釈明も楽だろう。
 耳元で聞こえる合成音声に苦笑する。
「笑うなよ、ハロ」
 ロックオンは天幕に入りながらヘルメットを外した。


 ロックオンは暴れる患者を押さえつけながら、側の医者にくぐもった声で言う。
「だから、あんた達には黙ってついてきて欲しいんですよ」
 パイロットスーツは脱いでいるが、白衣を借りて体型を隠し、マスクもしている。多少の情報漏れは最初から計画に折り込んでいるし、周囲に映像記録媒体がないことも確認済みだ。電子機器を誤作動させるため、GN粒子を即座に放出する準備もある。とにかく医者に信用させる事を優先して、治療を手伝う。
「まだ動かせない患者が何人もいる。それに移動途中で攻撃されたらどうする。今は彼らの勢力圏にいるから攻撃の優先順位が低い。逃げ出そうとすれば見せしめに総攻撃にかかってくるだろう」
 医者はピンセットで慎重に傷口をほじくっている。肝臓に突き刺さった小石を、内臓を傷つけずに原始的な手術道具で摘出するのは骨が折れる。
 手持ちの薬に余裕がないので、かけた麻酔は弱く、痛みに耐え切れない患者が猿ぐつわの下からうなり声を上げる。
「それは俺達に任してください。きっちり護衛してみせます。逆に、あんたがここにいられては、守るものも守れなくなる」
 半永久的に活動できるガンダムも、一機だけでは継続して戦闘することが難しい。本来は最新兵器に対する華々しい勝利を目的としたプロパガンダ兵器であるため、対人制圧能力も高いとはいえない。
 現状では、近辺の武装勢力を一つずつ潰して回るより、難民を守って脱出する方がたやすい。
「守るとは、誰からかな」
「だから、武装勢力ですよ。平気で民間人を殺すような連中です」
「彼らには彼らの正義があり、政府にあらがおうとしているのだ。彼らは自身を必要悪と思っているのだろう。そんな批難は的外れだ……よくいわれる言葉だが、殴った拳の方こそ、ずっと痛いのだ」
「そんなもん、ただ暴力を正当化するための屁理屈でしょう」
 アンダーソンは患者を押さえるロックオンの手に目をやり、静かにいった。
「君の拳は痛みに耐えかねているようだ。そう私には見える」
 ロックオンは自身の手元をじっと見て、笑った。
「戦争根絶は、誰かが目指さなければならないことです。それに、俺がやらなければ別の誰かが立ち上がるだけだ」
「……それが、君が暴力を正当化する理屈かね」
 摘出した小石をパレットに置き、医者は傷口の縫合を始めた。
 多くの爆弾は内部に仕込まれた無数の金属片で対象を損傷させる。火薬の爆発力だけでは充分な破壊が期待できないためだ。爆撃を受けながら、衝撃で飛び散った小石一つが内臓に突き刺さっただけなのは、まだしも幸運といえた。
 あふれる血液を器具で吸引しながら、ロックオンは問い返す。
「あんたはなぜ、ここで治療をしているのです。過去への贖罪ですか」
「質問を質問で返すのかね、君は」
 アンダーソンの指摘は、叱責というより、教師が生徒に教えるような口調だった。
「いや、たぶんあんたの答えと、俺の答えは同じなんですよ」
 患者を寝かせ、二人は手袋を脱ぐ。
「きっと理由らしい理由なんてない。強いて言えば、そうしたいから、そうするんです」
 天幕の外へ出ると、黄金色の荒野に長く黒い直線が延びていた。
 昇りかけた太陽の光で、くっきりとした影がどこまでも続いている。
「来てもらえますね」
「移動に手術が必要な者は三人も残っている」
 そう言い残し、アンダーソンは子供の身長くらいしかない小さな天幕へ歩いていった。徹夜の治療に加えて連続の手術で、どうしても仮眠が必須なくらい疲労しているようだ。
 ロックオンも疲れきっていたが、頬に朝日が差す今が、悪い気はしなかった。


 プロローグ・3


 ゆらゆらと、黒く巨大な姿がふるえている。
 薄暗がりに浮かぶ白い肌。背後に写る、黒い人型。蝋燭の炎がゆらめくたびに影もうごめく。
 遠くで夜の風の吹きすさぶ音が耳に痛い。
 ふしくれだった太い指がほおをなで、少女のくちびるを押す。
「……この空の上に、人が住む世界があるという話は、本当なの」
 男の声が返ってきた。それは嘘だ、と。蛙の舌のように粘着質な声色だった。
「では今、天上の人と名乗っている存在は誰なの」
 別の男が答える。悪魔が天使のふりをしているだけだ、と。
「……では、本当の天使はどこにいるの」
 男の笑い声が、いくえにも重なって返ってきた。俺達だ、俺達だ、と。
 哄笑の中、細い首に腕がのびる。十字架の首飾りが鳴る。いくつもの戦いをくぐりぬけた傷だらけの腕。自分と他人を傷つけ続けた跡。そんな腕が何本も白い肌にのびる。
 乾燥した白い肌と、色素が沈んで黒ずんだ肌が、小さな灯火の下でからみあう。じっとりと汗ばんだ肌が星空のように灯を反射する。
 薄目を開けた少女の視界には、ふしくれだった指と、天幕に映る影だけが存在した。
「……天使なら、私を助けてくれるの」
 約束するぞ、と再び笑い声が返ってきた。役に立つ限り、おまえだけは側に置いてやる、と答える者がいた。
 突き出される、太く長く、ふしくれだった指。のけぞらされる体。目に映る天蓋。
 気持ちいいという言葉は嘘。
 いつか故郷に帰してくれるという嘘。
 祈れば救われるという嘘。
 天使が助けてくれるという嘘。
 全てが嘘。
 ……全てが嘘ならば、これは悪い夢だ。
 くちびるをかみしめて、少女は目がさめる時を待ち続けた。
 ゆらゆらと天幕にうつる影だけが、少女の見える全てだった。
 外からは泣き叫ぶように風がうなりをあげている。少女が暖かい寝床にいる今も、ずっと幼い子供達は武器を与えられて命懸けで戦っているのだろう。おそらく敵は政府軍でも警察でもなく、防備の薄い村々に違いない。理想を失った者は生きるため、つまり略奪のためだけに戦うものだ。
 ここで男達を悦ばしてさえいれば、傷つけられながらも命まで奪われるわけではない。何より、他の誰かを傷つけないですむ。
 遠くで風が泣いている。子供達は何をしているのか、と透かし見る気分で天幕を見つめる。
 黒々とした影が、無言で笑うようにゆらめいているだけだった。


 エピローグ・3


 すっかり灰になった焚き火から煙が細く立ち昇ったかと思うと、風に吹き散らされていく。
 もう正午だが、太陽は山並みにかかったままで、白衣の袖口からのぞく手首に鳥肌が立つ。もし、周囲に草木が生えてさえいたら、風をさえぎって少しはすごしやすくなっただろうが、あいにくの荒野だ。
 少女は焚き火をいじるための枝を持ったまま、ゆっくり前後に体を揺らしている。夜間は乱雑に散らばっていた薬瓶だが、いつの間にか背後にきちんと並べ直してあった。
 ロックオンが見つめていると、ふいに少女が顔を上げた。背中から覆う毛布に目をやり、次に焚き火を挟んで正面に座るロックオンを見つめる。
「……これ、ストラトスさんでしょうか」
「風邪でもひかれて、今以上に病人が増えられても困るんでな」
「風邪……ですか」
 少女が首をかしげる。どうやらこの地域には風邪の病原体、もしくは概念がないらしいとロックオンは気づいた。もともと寒冷地には病原体が少なく、少数民族の言語には病気を説明する語彙が少ない場合が多い。
 だが風邪とは何か、あえて説明する気は起きなかった。不思議そうに首をかしげる少女のしぐさが、年齢に即したかわいらしいものに思えたのだ。
 熾き火がくすぶる灰の山をいじりながら、少女が問う。
「毛布、ありがとうございました。それで私は、いつから眠っていたのでしょうか」
「太陽が昇るまでは起きていたよ。まあ今は眠っているといい。夕方までには出発する」
 焚き火にあたりながらロックオンがうたたねしている間に、アンダーソンは寝床から起き出し、診察を行っている。そろそろロックオンも手術の手伝いをしなくてはならない。少なくとも夕刻までに担架で運べる状態にまでは持っていく予定だ。
 ふいに歓声が起こった。周囲では起きた子供達が様々な遊びに興じている。棒切れで地面に様々な記号を書き、あるいは模様を描いては踏み渡り、遠くでは小石を投げあっている。乳白色の塊で粘土遊びに一人興じる者もいた。最初の歓声は、何らかの遊びで一人が勝者となったためらしい。
「どの世界でも子供は元気だな」
「山から山へ連れまわされている間、遊ぶ事なんて考える事もできませんでしたから」
 少女の声は異様なほど硬く、視線も冷たかった。
 きっと安価な労働力として重い荷物を運ばされたりしたのだろう。子供でも扱えるような武器を渡され、戦場で矢面に立たされた事も想像にかたくない。顔立ちのいい女性であれば、目をかけることと引き替えに男達から夜の仕事も求められたかもしれない。目の前の少女が周囲に比べて衰弱していないのは、おそらく……
 ロックオンは首を横に振り、おぞましい推測を頭から追い払った。
 とりあえず楽しい事を考えようとして、今夜の食事に考えが向かう。人革連や国連から難民に支援される非常食は、多様な栄養や食事の楽しさより餓死防止と保存性を最優先し、炭水化物と油脂を混ぜただけの塊だ。食塩等で最低限の味はつけているが、旨いとはとても言えない。かといってガンダムの操縦席に格納している携帯食糧を食べるのも、後ろめたい気分があった。
 羊を何匹か買おうか、と考える。人々の滋養となり、毛皮は暖かい。しかし山間に隠れる遊牧民を探すことはガンダムをもってしても難しい。


 かつて、この大地は遊牧がさかんな地域で、馬に乗って羊の群れを追い、天幕に寝起きする民族が生きていた。巨大国家に統制された後も、その生活はおおむね変わらなかった。
 しかし、長く続いた太陽光発電紛争で大地は荒廃し、かろうじて残った牧草も奪い合った結果、黒々と乾燥した大地の広がる荒野と化している。今では山脈のふもとから中腹にかけて薄らと生える牧草を探し歩き、かろうじてしのいでいるらしい。警戒感も強く、多少の金では心を動かされることはないとも聞く。
 生活が苦しいのであれば、様々な施設を襲って食糧を奪ったり、別の反人革連勢力から援助してもらう反政府勢力に人々が集まる理由もわからないではない。紛争で大地が荒廃した無能無策の責任が人革連にあることも確かだ。
 しかし反政府勢力は山脈の片隅で必死に生きる遊牧民や、故郷を無くした難民まで襲っている。その存在を許す気にはなれない……
「ねーおじさん、御飯いつ?」
 気づくと、子供が白衣のすそを握っていた。よく見ると白衣のすそがよだれで濡れている。
 ……おじさん呼ばわりか。
 子供は自由な方の手で小さな金属製品を持っている。
「……それ、雷管じゃないか」
 銃弾を撃ち出すためや、爆弾を起爆させるための小さな爆破装置。
「いいだろ。けど、あげないよ」
 戦時下の子供達が玩具にしているのも珍しい光景ではない。しかし中の火薬が抜かれているとしても、もちろん子供が持っていい物ではない。
「おい、それをわたせ」
「嫌だよ。あげないっていったろ」
 少女が子供を呼びよせ、自分の服で口元をぬぐってやった。そして雷管をそっと取り上げる。
「危ないから、これは没収。あと少ししたら、もっと安全な家で食事が待ってるから」
 少女が言い聞かせると、子供は素直にうなずいて走り去った。態度の不公平さにロックオンは溜め息をつく。いくらマスクをした怪しい外見といっても、あんまりだ。
 そういえば何の話題を考えていたのか、すっかりロックオンは忘れていた。さてどうしたものかと、白衣に付いた唾液をふきとりながら思い返していると、ふいに少女が問いかけてきた。
ストラトスさん、なぜここがこれほど荒れ果てているか、ご存知でしょうか」
 ロックオンは無言のまま、平地の中央で少し盛り上がった丘に目をやる。巨大な残骸がガンダムより高く塔のようにそびえている。それが答えだった。
「数十年前の戦争で、空から宇宙船が落ちてきたのだそうですよ。不時着したのだそうですけど、燃料に火が移り、草木が燃やしつくされたと聞きます」
「こういった厳しい気候では、一度失われた植物が元に戻るまで、長い時間がかかるからな。宇宙船の廃棄物が大地を汚染したのなら、なおさらだ」
 今も丘に残骸が残っている宇宙船が人革連の輸送機で、内部に超兵の実験体を多くかかえていたこともロックオンは知っている。
 大気圏に降下する際、敵の攻撃でエンジンを損傷。攻撃による即死は免れたものの、それから大地に激突するまでずっと搭乗員は恐怖を感じ続けたわけで、生きていたのが幸いだったかどうか。拘束具で結果的に保護されていた超兵の実験体一人は落着後も生き残ったが、それもアンダーソンが連れ帰り、直後の生体実験で命を落とした。
 この大地には毒と悲しみが染み込んでいる。


 ロックオンが天幕に入ると、すぐに医者の横顔が目に入った。
 アンダーソンが子供の手首を持って、脈を診ている。
「……痛くないかい」
 問いかけに、子供はゆっくりうなずいた。にい、と笑った口からこぼれる歯は黄色く、何本も抜けている。幸いにも暴力のためでなく、歯が生え変わる時期らしい。
 医者は次の患者が眠る場所へ向かいつつ、振り返りもせずロックオンへ声をかけた。
「ようやく目がさめたか。そのように緊張感がなくて、よく世界を敵に回して戦う宣言ができたものだな」
「なに、子供の寝顔がかわいかったから見とれてたんですよ」
 軽口を返して、ロックオンは医者の鞄から薬品をあさった。
「点滴の余剰はないですかね」
「……点滴だと」
 医者がふりかえり、首をかしげた。無理もない、かさばるばかりで使いづらく効果が薄い点滴より、高カロリーの非常食や抗生物質が難民キャンプでは重宝される。
「外の子供達が空腹だそうです。非常食は不味いし食いごたえもない。少しでも何とかできないかと思ったのですが」
「点滴液なら後ろの箱に詰めてある。この場を離れる時には置いておくつもりだったが……」
 医者の逡巡を聞き流し、ロックオンは紙箱から点滴薬を取り出して並べた。
「うん、これなら何とかなりそうです」
 医者も透明な液体が詰まった袋を一つ手に取り、丸眼鏡を上げて内容物を確認した。特殊な薬剤が入っているものではなく、栄養補助を主目的としている型だ。
「……確かに、これなら使えるだろう。好きにするといい。……それから、予定外の手術が一つ入った。後で来い」
 ロックオンは両手で紙箱をかかえ、医者に頭を下げながら天幕を後にした。


 少女は、命じられるまま天幕の横に子供達を一列に並べた。子供の頬に赤みがさしているのは、夕陽や寒さのためだけではない。
 ロックオンが一人一人へ紙コップをわたし、最後に少女にも与える。中身を見ると、半透明な液体が三口ばかり入っている。
 顔を近づけると薬らしき臭みを感じたが、容器をかたむけて口にふくめば甘く、舌にまとわりついた。反政府勢力の幹部から珍しい菓子を与えられることが多かったが、これは見たことも聞いたこともない。
「何なのでしょうか、これは」
 ロックオンは少女の耳に口を近づけ、ささやいた。
「最初にいっておくが、あまり子供らには教えないでほしいな」
「……何です」
 硬い口調にロックオンは苦笑しつつ教えた。
 点滴の内容液という説明に少女は一瞬息を止め、しばらくして大きな溜め息をついた。
「変な臭みがあると思いました……ですが食べて良いのですか、そのような物を」
 あきれるような口調だった。
「薬として病人の身体に入れる物だぞ、毒が入っているわけないだろう。中身は栄養をつけるためのブドウ糖がほとんど、だから甘いのさ」
 医者という人種が、時として一般人に隠して信じられない行動を取るものだとロックオンは知っていた。ビーカーでコーヒーを沸かしたり、特異な薬の組み合わせで自分の気分を良くするなど、かわいい部類に入る。とんでもない者は、医療用アルコールを飲んだり、人間の胎盤を食べたりまでする。そして、疲労回復のために点滴を口にする軍医がいると耳にしたことがあった。
 日常的に人の生死とかかわりすぎるため麻痺する倫理観。それは最前線の兵士と似た心理だ。
「じゃ、俺は手術の手伝いに行くから」
 腰を上げたロックオンに少女はたずねる。
「……もう、移動に必要な手術は全て終わらせたと聞きましたが」
「予定外に産気づいた奥さんがいてな。まあ未熟児でもないようだし、心配することはないさ。撤収の時間までには終わる」
 天幕へ消えるロックオンを目で追いながら、少女は紙コップを地面に置いた。天を見上げると、橙色の羊雲が群れをなして東へ走っている。しばらくして雨が降るかもしれない。人々の逃げる足音を、遠くへ続く足跡を、天の恵みが消してくれるかもしれない。
 ぽつりと自然に言葉が口をつく。
「救世主ね……」
 それが医者のことなのか、ロックオンと名乗る男のことか、あるいは両方なのか、少女にはわからなくなっていた。


 小さな足音に、少女はふりかえった。両手で紙コップを包みこむようにして、幼い女の子が歩みよってきている。
 やがて少女の目の前まで来ると、女の子は両手をのばして笑った。
「お姉ちゃん、これあげる。半分食べたから」
 紙コップには液体が二口ほども残っている。
「甘くて美味しいよ。こんなの、初めて」
 単調で人工的な甘味で、薬臭く、飲み込みづらい。反政府勢力の中では良い物を食べてきた少女には、さほど嬉しい味ではなかった。悪い意味で、一口で充分だった。でも、目の前の子も、遠くでコップの底までなめている子供達も、心から喜んでいるように見える。
「そんなに美味しかった?」
「うん」
 女の子は迷うそぶりも見せず、きっぱりうなずいた。そして紙コップに二本指を入れ、かきだした液体を迷わず少女の口に近づけた。
 少女は一瞬迷い、やがて差し出された指を赤子のようにくわえ、甘い液をすすった。女の子は残った雫を舌先でなめとり、笑った。
 汚い指で無造作に食べ物をかきだす姿は……食器の使い方を学ぶ機会もなく、上官の食べ残しや非常食を急いでかきこむことしか知らない、難民の子供特有のしぐさだ。
 女の子の屈託ない笑みがにじんで、白くぼやけていく。
「どうしたの、お姉ちゃん。こんなに甘いのに」
 顔を近づけてきた女の子を、少女はうつむいたまま抱きしめた。正しい抱きかたは忘れてしまったけれど、このぬくもりを手放したくなかった。涙を見せたくなかった。
「お姉ちゃん……苦しいよ」
 そう口にしつつも、腕の中で女の子はくすぐったそうに笑った。
 男達に悦ばされていた夜は、やはり嘘だった。嘘でなければ、幼い子供が細い身を削っていた時、一人だけ平穏な場所で空腹を満たしていた少女が、まだ何の罰も受けていないはずがない。
 遠くで、産まれたての赤ん坊の泣く声が聞こえる。


 続

『機動戦士ガンダム00』大地と薬(後編) - 法華狼の日記