法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『スーパーJチャンネルSP 終戦70年特別企画 いま、言い伝えるべきこと〜70年目の証言〜』

テレビ朝日系列に19時から放映されていた2時間番組。「アクタン・ゼロの真実」「戦争と笑い」「還ってきた“軍神"」の三部構成。
スーパーJチャンネルSP 終戦70年特別企画 いま、言い伝えるべきこと~70年目の証言~|テレビ朝日
ゼロ戦の高性能が人命軽視によるものと米軍に知られていったこと、兵士を慰問するという戦時協力すら軍に排除されていったこと、攻撃を成功しても特攻しなかった臆病者とあつかわれたこと。
番組を順番に見ていくことで、戦争が進むにつれて日本軍が自軍兵士すら軽んじていったことが理解できるようになっている。


まず、米軍に鹵獲されて、ゼロ戦の性能があばかれていく一端となった「アクタン・ゼロ」。知る人には知られた逸話であるし、どれほど重要であっても一兵器の情報が戦局を左右したとは考えにくい。
この逸話を最初にもってきたのは、最後の特攻にいたる精神を最初から日本軍がもっていたことを示すためだろう。


次に、吉本興業朝日新聞が協力して中国戦地に送りこんだ「わらわし隊」。当時の人気芸人が集まり、おおいに兵士を笑わせたが、太平洋戦争をさかいに当局が笑いを不謹慎とみなしていく。
検閲もきびしくなっていき、国策を周知するための漫才もおこなわれた。番組は当時の台本で漫才を再現していたが、集められた観客はくすりとも笑わない。その内容といえば、延々と国債の宣伝をした最後に「コクサイ平和」というダジャレでオチをつけるような、再現に協力した芸人にとっても笑わせにくいものであった。


そして9回もの特攻から生還し、上官からけむたがられた「佐々木友次伍長」。陸軍初の特攻隊で岩本益臣隊長から薫陶を受け、生きて攻撃をつづける意思をもった。
特攻前に戦死した岩本隊長の精神を受けつぐように、佐々木伍長は出撃をくりかえしていく。1度目は敵艦に爆弾が命中し、しかし「撃破」と上層部につたえたところ、新聞には佐々木伍長の戦士とともに「撃沈」と掲載された。臆病者とののしられながら出撃をくりかえし、機体の不調などで特攻はおこなわず。2度目の敵艦攻撃に成功して帰還するも、やはり特攻に成功して死亡したと新聞に掲載される。そのまま戦地に送られるも敗戦し、無事に生き残った*1
番組では、92歳の佐々木氏も登場した。寝たきりの姿ながら受け答えははっきりしており、戦争というものの愚かしさを率直に語った。


なお、あくまで末端兵士によりそったつくりなので、日本の加害は描かれないし、銃後の苦難も補足にとどまる。そのためか軍属として祀られた女性芸人の資料を靖国神社から提供されたりしている。
かわりに、自軍の兵士にすら非人道的なおこないをしていた組織への批判としては視野が広い。そうと理解して見れば、よくできた番組ではあった。

*1:特攻をしいられながら生還したひとりとして、映画『最後の特攻隊』の登場人物や手塚治虫の短編『墜落機』のモデルかもしれないという意味でも興味深かった。もちろん両作品の人物像とも違っているので、それぞれの作品の創作性が弱まるわけではない。映画の感想エントリはこちらで、コメント欄で漫画作品にも言及している。『最後の特攻隊』 - 法華狼の日記