法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ガッチャマン クラウズ インサイト』

誰もがつかえる超技術「クラウズ」の危険性をうったえるために「赤クラウズ」を暴走させる事件は、ガッチャマンによって阻止された。そこに謎の宇宙人ゲルサドラがあらわれ、青い髪と赤い肌をした子供の姿になる。ゲルサドラはワイドショーで人気者となり、人間の感情を視覚化する「フキダシ様」をつくり、やがて直接民主的な政治にむすびつくが……


2015年に放映されたタツノコプロ制作のTVアニメ。オリジナルヒーロー企画をリメイク企画に切りかえて2013年に人気作となったTVアニメの、少し時間をおいた続編。

前作は「クラウズ」に象徴させたインターネットを最終的に肯定して、インターネットで好評となった。その続編で、あえてインターネットの限界を見つめたことが興味深い。
攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』とも似ていて、どうしても爽快感が欠けて娯楽として評価が下がりがちだが、どちらも誠実さを感じて、前作より好ましく思っている。

いかにも全体主義の恐怖というか、今ごろ「人類補完計画」的なゲルサドラの行動を否定のために出すのかと中盤までは思った。そう思わせてしまうような、物語の前提を用意するため放映話数の半分以上かけた構成のいびつさについては、映像ソフトのブックレット*1でスタッフも悩みを語っていた。
しかし一体化ではなく同調圧力として「空気」を描きつづけて、状況が自走しつづけることで空気を生みだしたゲルサドラへ攻撃が集中していく逆転は驚いたし、感心もした。企画当初は想定していない結末だったらしいが、スタッフが考えつづけたことが良い結末にむすびついたと思う。
オーディオコメンタリーよると、ベルク・カッツェの能力が最後の作戦でつかわれたことも、展開になやんで会議をした時に設定構築の和田理が指摘してスタッフみんなが思い出したという。序盤の「赤クラウズ」をつくった犯罪者も、フェードアウトさせる予定が終盤で再利用したこともあり、つづけて見ると印象より全体がまとまっている。


主人公の少女はじめが「空気という皆が敵だから自分も敵」という意味で周囲を説得したことを最終回に明かしたところも印象的。
激動する社会から距離をとり、ずっと超然としていたようでいて、ちゃんと民主主義の社会を構成するひとりとして責任をひきうけて、そのために攻撃を一身に受ける。「ゆっくり」*2考えつづけるという作品が推奨する人間のありようが発生した問題の収集を遅らせた、その責任をひきうけたという解釈もできるかもしれない。
そこから第11話と最終話で同じ事件を描きなおして真相を視覚化した描写も説得力があって、必要なインパクトと生々しさがアニメーションにもあり、前作への不満のひとつを解消してくれた。
『ガッチャマン クラウズ』への不満と不安が少し - 法華狼の日記

どうにも脚本家が映像を信用していないような印象を受ける。とにかく誰も彼も硬い説明台詞を多用する。感性のままに行動する主人公が思考を言語化しないかわりに、通りすがりの一般人がいちいちガジェットの凄さに説明台詞で驚嘆する。


ただ、続編をつくるにあたってスタッフで社会学の書籍などを集めて勉強会をしたというブックレットで、インタビュアーにふられて『空気の研究』を参照していたと答えたのは、予想されたことだが少し残念だった*3。もちろんスタッフは社会問題の存在を否認する展開にはしなかったので、あくまで山本七平を代表的な著作者として生かしつづけている社会の責任ではあるのだが。

一方、ブックレットの中村健治監督インタビューによると、きっかけは戦争体験者の証言という。その人物は開戦に熱狂したわけではなく、ふわっと戦争がはじまったことをラジオで知って、生活がみるみる悪化していったと認識していた。その監督インタビューでヘイトスピーチが増えることへの危機感も語り、そうした空気に流されるなという物語をあえて作った問題意識には敬意をはらいたい。
暴走する時代の空気が首謀者と目された存在の死でしぼんでいく。そのような顛末の物語だからこそ、シリーズの放映期間に首相でありつづけた憲政史上最長総理が銃殺された現在に対比させたいところもある。もちろん銃殺された時点の安倍氏は首相をしりぞいていて、空気の過熱など起きていなかった。むしろ銃殺後こそ歯止めが消えたようにワイドショー*4等がもりあがっているわけだが……

*1:以下、各巻のそれをブックレットと略す。

*2:プライムビデオの作品紹介にもある「呼吸も浅く早いゆっくり深くが「僕ら」は苦手だ」というキャッチコピーの引用。

*3:他に空気について参照した書籍が冷泉彰彦『「関係の空気」 「場の空気」』なところは、どちらも未読なので判断しづらいが。

*4:人気出演者のゲルサドラの政界進出を無責任に応援した「ミリオネ屋」のモデルは明らかに「ミヤネ屋」で、現在に旧統一協会関連を批判する代表的なワイドショーになっているところが興味深い。