法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『装甲騎兵ボトムズ 幻影篇』

百年にわたる星間戦争が終結し、小さな火種がくすぶりながらも復興しつつある街。そこで成功をおさめた夫婦が、かつて出会った兵士の記憶をたどるような旅をはじめる。その兵士の名前は、キリコ・キュービィー……


2010年に全6巻で販売された各話30分以内のOVA。1983年にはじまるリアルロボットアニメのメインスタッフが続投し、現時点で最も未来の時系列が映像化された。

序盤はハードボイルドな主人公はまったく登場せず、復興しつつある社会で成功をおさめたサブキャラクターが、若いころをふりかえるように記念旅行をおこなう。
オフビート感覚が不思議と心地良い。重厚なミリタリ調のリアルロボットアニメという印象が強いシリーズだが、高橋良輔監督の作風は本来こちら側ではないかと感じるほどだ。
映像ソフトのブックレットでシリーズ構成インタビューを読むと、もともと特典映像として始められた企画で、気楽に過去をふりかえる「センチメンタルジャーニー」な序盤はそのためだという。


そもそも最初のTVアニメからして、前作『太陽の牙ダグラム』で不足していた展開の変化をつけるため、意識的に1クールずつ舞台を移っていった。その構成をなぞるように今回のOVAも1話ずつ舞台を移動して、舞台が消滅してしまった最終クールにあたる第4話から新たな展開がはじまる。
中心街は復興しつつ過去に個人がすごした場所は廃墟になっているウド、民主化が成功して過去の仲間が最高権力者に選ばれつつ発展への反発がはげしくなっているクメン、気候が回復して酸素マスクが不要となり復讐者も老いて全てを許しているサンサ……どれも作品世界の延長として進歩と反動がからみあいつつ、同じ時間がたった現実の社会と重なりあう*1
主人公キリコはOPEDに顔見せするだけで、本編にはっきり登場するのは第3話からという冒険的な構成だが、そこそこロボットアクションのボリュームはあるし、過去に多くの苦難をせおいこんだキャラクターが平穏に成功している姿はファンサービスとして気持ちいい。同時にゲストキャラクターが悟ったように退場したり、視力がほとんどなくなるほど老いた姿で、甘いだけではない年月をかさねた苦味もある。


後半の新展開からも、無数のコードがカラフルにたれさがっている情景などが、SF的なビジュアルの面白さがありつつ、ATのさまざまなアクションの足場として楽しさを増してくれる。ついでに、ローラーダッシュで走行するATの足に新キャラクターがつかまっている姿は、ヤッターワンにつかまるヤッターマンのようだ。
1994年のOVA『赫奕たる異端』で黒幕として印象的だった新教皇が再登場から意外なほどあっさり最期をむかえたり*2、キリコがラスボスを倒す姿がTVアニメ最終回を自己模倣するパロディじみていたり、最終決戦も肩の力が抜けている。けして悪い意味ではなく、気楽に見られる娯楽作品として適度に新味をくわえつつまとめていた。
TVアニメで重厚な文化を感じさせたクエント関係だけは、もう少し指導者まで風格を感じさせてほしかったが、他に文句は特にない。


作画スタイルは全体的に古臭く、特にエフェクト作画が良かったのは第5話くらいだが、細かいモブまで手がたく動かしていて、レトロな雰囲気こみで映像の充実感があった。
キャラクターデザイナー塩山紀生が急逝したため、同じフォーマットの新作を出すのは難しいかもしれないが、これがシリーズの最終作であったとしても許せる厚みの作品にはなっていた。

*1:映像ソフトブックレットによると、政情不安定なクメンで普通に行商が仕事をしているような風景は、東南アジアでの取材が反映されているようだ。

*2:声優の死去にともなうキャラクターの変更があったのかもしれないが。