法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『真昼の暗黒』

腹立ちまぎれに馬車の荷をひっくりかえした男がいた。それを償うため仲間に頭を下げてもらいながら、男は金策に困った姿を見せる。
そして夫婦心中に偽装した強盗殺人が起きる。荷をひっくりかえした男が自白するが、手のこんだ偽装工作から警察は複数犯と考える……


1956年の日本映画。裁判で係争中だった八海事件*1について、共犯者と疑われた被告によりそい、正面から冤罪と批判する。独立プロで今井正が監督をつとめ、橋本忍が脚本をつとめた。

真昼の暗黒 [DVD]

真昼の暗黒 [DVD]

  • 発売日: 1956/01/01
  • メディア: DVD

半世紀以上前のモノクロ作品でありながら、モダンなサスペンス映画として意外なほど見ごたえがある。
物語から画面まで構成が明確で見やすく、深刻なだけではない軽快な場面も多い。場面から局面まで次々に変わり、2時間超を飽きさせない。


弁護人による冤罪の主張は皮肉めいた明快さがあり、法廷劇として完成度が高い。
映画前半で真犯人がくわしく自供したのだが、一種の密室をつくりだしてまで心中に偽装する工作の大変さから、警察は土木作業の仲間5人で協力した強盗殺人と考える。
しかし5人も共犯者がいれば、人が少ない場所や時刻であっても第三者の証言が出てくる。事件の瞬間こそ5人のアリバイはないが、事件前に目撃された場所から事件現場に移動して事件後に目撃された場所へ帰る時間に余裕はない。
しかも偽装工作に計画性がないため、5人は軍隊のように駆け足で移動しながら計画を話しあったことにされた。密室にするため最後のひとりだけはせまい場所をとおるため、帰り道に間にあわず、忍者のように印をむすんで瞬間移動するしかない。
ひとりが思いつきの計画を長い時間をかけて実行したという自白を信じれば成立したのに、共犯者がいると疑ったため短い時間で計画を共有したり移動したと警察は主張するはめになった。当初の推理に固執し、本末転倒におちいったわけだ。


弁護人の推理をささえるように、視点や雰囲気を変えた2回にわたる事件再現もよくできている。
あまりの愚かさから罪を重ねていく事件再現は生々しいサイコサスペンスで*2、厳格な裁判所における忍術映画のような事件再現は馬鹿馬鹿しいダークユーモアだ。
さすがに演出のテンポは現代と違うところはあるが、状況がシリアスに緊張するほど弛緩がギャグになることはいつの時代も変わらない。それと同時に、その弛緩した雰囲気にひきずられて笑う被告席に、夫婦を殺した真犯人もいることに背筋が凍る。
再現の舞台も当時の日本家屋をいっぱいに使い、生活感ある場所で人が殺された陰惨さと、謎解きの興味深さが両立していた。部屋がせますぎて5人もいては動きがとれず、殺害と盗難の分担もできず、思うように時間が節約できないと実感できるのは、映像作品ならではの良さだ。


しかし弁護人の指摘にまともな反論もないまま、二審は5人の共犯という判決をくだして終わった。真犯人は死刑をまぬがれ、金策を助けた者が首謀者とされた。
袴田事件最高裁によってさしもどされた現在、あらためて最後の「まだ最高裁がある」という叫びの重さが実感できる。
mainichi.jp
もちろん映画のもとになった八海事件もそうであったように、最高裁はしばしば冤罪を見逃して再審をこばんできた。
三審制でさえあれば冤罪をふせげるという話ではなく、あくまで希望を捨てないことの意義を訴えたと解釈するべきだろう。

*1:kotobank.jp

*2:自白している犯人の知恵の足りない演技が、いっそう陰惨に感じさせる。もちろん警察が男ひとりでは偽装工作ができないだろうと疑うために必要な描写でもある。