法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

金学順証言について細部の違いを強調する櫻井よしこ氏が、40円問題について誤認を指摘された時の態度とは

植村隆氏が原告となった名誉棄損裁判について、被告となった櫻井よしこ氏の会見詳報を、少し前に産経新聞が5回にわけてつたえていた。
【慰安婦をめぐる損賠訴訟】櫻井よしこ氏会見詳報(1)「法廷闘争は言論の自由から考えて非常におかしい」(1/4ページ) - 産経ニュース
しかし長い質疑のわりに、具体性に欠けている。さらに他紙との比較評価が誤っており、それを無批判につたえた産経新聞日本報道検証機構に批判された。
櫻井氏会見「産経は訂正していますよね」は事実誤認 産経は明確に訂正せず(楊井人文) - 個人 - Yahoo!ニュース

3回目で、櫻井氏の発言を引用する形で「産経は訂正していますよね。最後までしなかったのは朝日と植村さん」という引用符付きの見出しを掲載。しかし、産経新聞はこれまで、自社が出した慰安婦問題報道に関し、2014年8月と昨年8月に釈明記事を掲載したことがあるが、明確に記事の誤りがあったと認めたり、訂正する旨を明言したことはない。

朝日が2014年8月に検証記事を出すまで、産経が自ら過去の記事を検証した形跡はこれまでに確認されていない。

朝日検証で指摘された時は特別に訂正する必要はないむねの回答をしていたし*1植村隆氏にインタビューして指摘された記事についても朝日検証ほどの踏み込みはしなかった*2


さて、裁判については進展を待つとして、ひとつ2回目の会見詳報で気になったところを紹介しておく。
【慰安婦をめぐる損賠訴訟】櫻井よしこ氏会見詳報(2)「金学順さんが40円で売られたことは事実です」(1/7ページ) - 産経ニュース
まず、朝日記者が40円問題について質問した。

植村氏は意見陳述で櫻井さんの記事には誤りがあると主張した。(金学順氏らが平成3年に東京地裁で謝罪や賠償などを求めて日本政府を提訴した際の)訴状に書いていないこと、40円で売られたことなどについて書いてあると主張している

この問題は以前に簡単にふれたが*3、原告支援ブログの意見陳述から引こう。
植村裁判を支える市民の会: 櫻井よしこの歴史観

「この女性、金学順氏は後に東京地裁に 訴えを起こし、訴状で、14歳で継父に40円で売られ、3年後、17歳のとき再び継父に売られたなどと書いている」。その上で、櫻井さんは「植村氏は彼女が人身売買の犠牲者であるという重要な点を報じ」ていない、と批判しています。しかし、訴状には「40円」の話もありませんし、「再び継父に売られた」とも書かれていません。

櫻井さんは、訴状にないことを付け加え、慰安婦になった経緯を継父が売った人身売買であると決めつけて、読者への印象をあえて操作したのです。

金学順氏の証言で40円が出てくるのは、キーセン学校の養女に出された時のこと。養父が母親に40円をわたしたという。つまり養父が40円で売ったわけではないのだ。
その訴状にも出てこず、もちろん他紙も報道しなかった証言が、いつしか多くのメディアが報じたかのように誇張された。そして朝日新聞だけが隠蔽したかのように攻撃される材料となった。
ちなみに、養父が日本軍もしくは業者に金学順氏を売ったという証言でもない。養父は日本軍にスパイと疑われ、金学順氏と引き離された。そこから金学順氏と同行していた女性は従軍慰安婦にさせられた。


朝日記者の質問に対して、ワック出版社の代表弁護人*4は下記のように答えていた。

櫻井さんの方で訴状記載というところは間違いだったかと思います。ただ、金学順さんという方はおっしゃられるたびに内容が変わっていく方で、秦郁彦先生の著書の中にまとめられているが、母が40円でキーセンに売ったというのは挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)の聞き取りの時に言っているということであります。

ご指摘の訴状の点では櫻井さんの若干の勘違いではありましたが、金学順さんが40円で養父からキーセンに売られたということは明確におっしゃっていた。

「若干の勘違い」と誤認を擁護しながら、金学順氏に対しては「おっしゃられるたびに内容が変わっていく」と証言がぶれていくかのように批判する。この擁護と批判は両立するのだろうか。
そもそも細部であれ証言について誤認しながら、証言の細部の違いを正しく批判できるのだろうか。事実、代表弁護人は後半で「40円で養父からキーセンに売られた」などと誤った主張をしている。
好意的に考えると、口頭のため言い間違えたのだろうか。それとも訴状に書かれていないという誤りは認めたが、「14歳で継父に40円で売られ」という誤りは認めていないのか。


さらにフリーの記者にうながされ、櫻井よしこ氏自身も下記のように答えた*5

彼女は40円でキーセンに売られたとか、14歳の時に売られたとか、キーセンの主というんですか、時によっては彼女は継父とかいっているし、時には義理のお父さんのような表現もしていますが、その人によって中国に連れて行かれたということを言っているわけですね。ですから40円ということは事実であって、訴状にそれが書かれていなかったということについては率直に私は改めたいと思いますが、それが事実でないかといえば、事実であることは確かですね。40円で売られたということは事実であります。そのことを植村さんは私よりもうーんとよく知っていたにもかかわらず、なぜそのことを書かなかったのか

櫻井氏は「時によって」と、あたかも証言がぶれているかのように主張している。しかし先述のとおり、キーセン学校の経営者が養父だったことは矛盾しない。
そして自身の誤認については「率直に私は改めたいと思います」といいながら、「事実でないかといえば、事実であることは確か」と続ける。率直という印象は受けない。


そして櫻井氏が一部分の誤りを認めたかと思いきや、質問をさえぎられる結果となった。

 --勘違いだったということでいいんですか

 櫻井氏「訴状に載っていたという点は」

 代表弁護士「すみません、質問の前提を確定していただかないと答えも正確になりませんので。まず、ちょっと申し上げたいのですが、植村さんの意見陳述のそのくだりは、非常にぼやっとした書き方なんです。何が間違いなのかということもはっきりしませんし、訴状のどこの部分かということもわかりません。これについてどこがどう誤りだったかというのをいま櫻井さんから何か言質を取ろうということは差し控えていただきたいと思います」

 --すみません、ワックの代理人の方が『櫻井さんが勘違いだった』といわれたので

 ワック代表弁護人「私の忖度です」

ここは法廷戦術と理解できるが、やはり率直という印象は受けない。

*1:従軍慰安婦問題について誤った主張を掲載した朝日新聞へ、明示的な撤回を求めるべきか - 法華狼の日記で紹介した「他紙の報道は」に各紙の応答がのっているが、新たな検証や訂正をするという回答はなかった。

*2:植村隆インタビュー詳報において、産経側の主張が自壊していくまで - 法華狼の日記の末尾で紹介。

*3:細かな数字の話に見えて、植村隆批判の妥当性に深くかかわる40円問題 - 法華狼の日記

*4:櫻井よしこ氏の代理人とは別人。

*5:ちなみに、この2回目では植村氏が知っていたと無根拠に主張しているが、3回目では特定の会見で自認しなかったことを報じたと批判している。そして金学順氏が実際には挺身隊という自認をしていたことについて、「挺身隊という一言を言っているというわけではなくて、挺身隊の名で連行されたというひとかたまりを言っていない」という論理で植村隆氏を批判している。別の情報源で知っていれば報じなければならないのか、別の情報源で知ったことを報じてはならないのか、いったいどちらなのだろう。