法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

吉田清治証言に言及した過去エントリの誤りについて訂正と反省

ふと思い立ったので、過去のエントリを読み返し、反省として記録し、訂正情報としてエントリをあげておく。自己批判の対象とするのは、ブログでエントリとして最も早く吉田証言にふれた、2007年5月のものだ。
狭義の嘘、広義の嘘 - 法華狼の日記

朝日新聞が一面で報道した吉田清治の手記が、時期や位置に編集が加えられ、歴史資料としては使えないものであることは明らかになっている。

もちろん吉田証言は朝日新聞が捏造したのではない。手記を出版したのは全く別の会社であり、朝日新聞はそれを見つけて報じたにすぎず、批判されるとしても史料批判の甘さについてくらいだろう。一面に報じたといっても、ほんの数回にすぎず、内容的にも吉田手記の存在や内容を伝えただけであり、誤報と呼ぶことすら微妙である*1。

*1:吉田手記が存在すること、および強制連行したと手記に書かれてあることまで否定する者はいないだろう。

これは今年8月に出された朝日検証と読み比べると、いくつか事実関係に誤りがあるとわかる。
「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断:朝日新聞デジタル

初掲載は82年9月2日の大阪本社版朝刊社会面。大阪市内での講演内容として「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」と報じた。執筆した大阪社会部の記者(66)は「講演での話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった」と話す。

かつて私が知っていたなかで最も早く報じた朝日記事が『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』の紹介だった。しかし実際の初報は、手記の出版より前の1982年、講演会を報じたものだった。
また、一面に報じたという留保をつけていることを考慮しても、細かい記事もふくめて十数回だったいう情報を、より正確なものとして認識しておくべきだろう。
あと、あらためて読み返して自分で思うのは、情報源をできるだけ提示しておくべきだったということ。可読性という意味では、現在よりも良いのだが。


なお、上記の事実関係の誤記を除いて、私自身は訂正がせまられるような誤りは感じられなかった。そもそも吉田証言は資料として採用しがたいという前提から主張を展開したエントリであり、朝日検証で自社記事を明示的に撤回したことで影響される内容ではない。
ただ個人的な感想として、注記で最後に書いた「従軍慰安婦研究は十数年も前から吉田証言一つの真偽などではゆるがない次元で進行している」という認識が、問題を否認する側には全く共有されていなかったという事実が、7年越しに残念だと感じられる。