法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『月光条例』

おとぎ話をモチーフにした藤田和日郎作の少年漫画。全29巻。
おとぎ話のキャラクターが青き月の光によって狂った行動をとる「月打」現象。それによる被害とおとぎ話の消失を防ぐため、主人公たちが奮闘する。その戦いのなかで、主人公たちに隠された秘密と、おとぎ話がなぜ生まれたかの真実が解き明かされていく。
そんな「月打」が始まり終わるまでの、限られた期間の物語。


今月に出た完結巻まで読んだ。連載開始した2008年に少し読んだが面白味が感じられず、そのまま放置して2013年くらいから再び読みはじめたのが良かったと思う。
前半は、おとぎ話の登場人物や物語内容が、「月打」と関係ない部分まで作者流にアレンジされすぎている。原典への愛着が感じられないどころか、おとぎ話をモチーフにした意味が感じられないエピソードが多い。登場人物の誰が「月打」で狂っているのかという謎解きも、登場人物の言動がもともと原典と大きく違うので、推理して楽しむとっかかりがない。
前半で面白いと思えたのは、短く1話完結で「月打」を解決していった時期。原典から登場人物を大きくアレンジする余裕がないので、起承転結のはっきりしたパロディとして楽しめた。あとは学園ラブコメとしての要素くらいか。


はっきり面白くなるのは、主人公自身の秘密が物語の中核となる中盤から。主人公の無力な旅路が描かれることで、良くも悪くも原典の魅力であった残酷さが半端にアレンジされることなく、藤田和日郎の描写力でコミカライズされる。特に「雉も鳴かずば」は絶品だった。
さらに作者が嫌う自己犠牲の物語を書きつづけた作家達が、主人公の根幹にあったと明かしていく。悲劇をねじふせていくばかりだった主人公に対して、悲劇として生まれてしまった物語にも存在する価値があるのではとつきつける。


そして後半、ひとつのおとぎ話を主軸にして、「月打」の真実が明かされ、人間が虚構を楽しむ意義が問われていく。
まず、前半でも少しあった物語の消失が大規模に発生し、世界全体に影響を与えていく衝撃をメタ演出で表現したのは良かった。最初から予想できた演出ではあったが、影響が広がっていく過程を描いているから一発ネタで終わらない。それに、最終決戦後で実写を利用したメタ演出が使われたことは予想外の良さだった。さらに単行本のはしばしで作者が自己主張していたことまで伏線として回収された展開は、描かれてみると納得するしかない美しさ。
外見も性格も小物だった敵の造形はつまらなかったが、終盤に向けて陰影が生まれていったことは面白い。最もヒーローに憧れて、主人公よりヒーローを理解していながら、自身のヒーロー性に気づかないという皮肉。
しかし、終盤戦は同じような性格の敵としか戦わなかったり、同じような状況で主人公が孤立したり、状況がパターン化されていて、単行本で読んでいるのに中だるみを感じてしまった。さすがに謎解きや伏線回収もおこなっているし、力技だけでなく囮作戦なども多用しているが、ずっと勢いまかせの語り口なので逆に平板な印象になっている。