法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『名探偵コナン 絶海の探偵』

「探偵」の読みは「プライベート・アイ」。海上自衛隊イージス艦に体験乗船していた主人公たちが、謎の事件に巻きこまれる。
名探偵コナン 絶海の探偵(プライベート・アイ) - 金曜ロードSHOW!
TV初放映でいくらか短縮されたバージョンを視聴。シリーズ映画で最大の興行収入をあげたと聞くが、普通にひどい出来だった。
ドラマ『相棒』で「ボーダーライン」等の傑作回を何度となく送り出した櫻井武晴脚本なのに、その良さが全く見当たらない。初のアニメ脚本ということで、描くべきリアリティレベルを見誤ったのだろうと考えた上でも、まったく誉めどころがない。


まず、前半の海上自衛隊の行動に悪い意味で驚いた。
体験乗船イベントのための訓練パフォーマンスをしていた時、観客の気づかない内に実戦が始まるというシチュエーション自体は悪くない。しかし国籍不明の不審な存在が海中にいるからといって、攻撃されたわけでもないのに魚雷で撃沈してしまうのはいかがなものか。戦争がはじまってしまうという助言を無視し、何の理屈も語らず決断しているのが、なお印象を悪くしている。
しかも撃沈した後、漁船か難破船かと考えて、やがて潮で流されていた廃船と解釈して一安心するくだりまである。たいした確信もなく攻撃したことは明らかだ。もし転覆船で、なおかつ内部に空気が残っていて生存者がいたとしたらどうする。
これが逆に、パフォーマンスの訓練でこそ仮想敵の攻撃を華々しく回避しておき、あくまで防衛のためという理屈で仮想敵を撃沈して観客の喝采をあびていたなら納得できた。そして実際に不審船があらわれると慎重に行動して見せ場もないまま終わり、そのつまらなさに観客が不満をおぼえるという展開にすれば、プロパガンダとしても一貫性が生まれたのではないか。
この専守防衛をかなぐり捨てた行動は、全面協力している海上自衛隊の建前としてどうなのだろう。調べてみると、海上自衛隊の公式アカウントが好意的に宣伝ツイートを投下していたが。


少年探偵団の倫理観が崩れた言動もきつかった。むろん殺人事件に何度も直面してきた作品として、すでにパターン化した描写ではある。あくまでミステリとしてなら目をつぶれなくもない。しかし犯罪や殺人へ楽しく首をつっこもうとする態度をポリティカルサスペンス世界で見せられると違和感しかない。子供が倫理を気にしないまでなら理解するとしても、周囲の大人は何をやっているのか。
いや、登場するだけで活躍のほとんどない少年探偵団は、まだ機能していないだけいい。スパイが自衛隊イージス艦に潜入しているという物語なのに、捜査のために平気で部外者を入れる。いくら死体の腕が発見されたことが体験乗船者に知られたからといって、たいした葛藤の描写もなく警察や海上保安庁を受けいれる。そのあげく、有名人だからといって私立探偵や子供がいあわせる場所で内部事情を説明する。
元警察官とはいえ私立探偵が警察の捜査にいあわせて、関係する子供がうろちょろするという作品のリアリティレベルが、ポリティカルサスペンス世界と衝突を起こしている。同じような脚本でも『相棒』ならば、名探偵役の特命係が同じ警察からも煙たがられる描写がパターンとして入るため、秘密を守ろうとする物語とそれなりに整合性を保てただろう。


そして自衛隊が「X」と呼称しているスパイの正体は、最もつまらない。
先述した「実戦」の途中に姿を消していた怪しい男が、そのままスパイだったというだけ。一応、他にも怪しい行動をする人物を配置しているし、スパイが判明した後も謎解きがあるものの、最大の謎にひねりも何もないのは駄目すぎる。せめて外面は全く怪しさを感じさせないような外見と演技をさせてほしかった。
「実戦」も陽動だろうと推理されるのだが、イージス艦が普通に早々と距離をとっていれば破綻していたような作戦にすぎない。また、ほとんど作戦が終わった状況でスパイが艦内にとどまりつづけたことも釈然としない。
細かいところでは、スパイを送りこんできている仮想敵国を「あの国」としか呼ばないのもひどい。名指ししないのならば、『相棒』の「東亞民主共和国」のように、建前として架空国家と示すべきだった。


かろうじて楽しめたといえなくもないのは、寺岡巌が関わっているらしきアクション関係くらいか。3DCGで克明に描かれたイージス艦という見せどころは、TVアニメ『ジパング』で何年も前に達成されている。ただの自衛隊プロパガンダ作品を作りたかったのだとしても、スタッフはTVアニメ『よみがえる空 ‐RESCUE WINGS‐』スタッフの爪の垢をせんじて飲めといいたい。
たとえば、スパイを恐れて海上保安庁海上自衛隊が右往左往しつつ国内で存在感を示そうとしていたら、実際は大がかりな詐欺事件だった、といった展開が見たかった。スパイを詐欺師と推理できた根拠も、仮想敵国から交流に来ていた人物が喝破したから、くらいの皮肉を入れたっていい。プロパガンダ作品だと思って見ても、内容にひねりがなさすぎた。