法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ユリョン』

韓国軍の訓練において、実戦と思いこんで暴走した上官を主人公が射殺した。そして軍事裁判で銃殺刑の判決がくだる。
しかし刑は執行されず、主人公は韓国軍が秘密裏に所持する原子力潜水艦ユリョンへ乗せられ、謎の作戦に参加するが……


潜水艦を舞台にポリティカルアクションを展開し、大鐘賞で6部門に輝いた1999年の韓国映画。後に世界的に評価されるポン・ジュノ監督が脚本をつとめた。

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当時の韓国映画で使える技術で、必要充分な場面にしぼってセットを作りこみ、無理なく大作アクションを展開している。殺陣の動きは遅めだが、泥臭く血みどろで、命がけと感じさせる迫力があった。
ユリョンが停泊している場面はカラーバランスをいじって、ミニチュア合成か3DCGか区別できない質感はある。ミニチュアセットにスモークをたいて海中に見せかける特撮も無理なくこなしている*1
サウナや料理といった生活感をつくりだす描写が、アクションシーンで活用されていく構成も堅実によくできている。


当時は1988年にはじまる漫画『沈黙の艦隊』や、1995年の映画『クリムゾン・タイド』のパクリと一部で評され、逆に漫画家かわぐちかいじの推薦コメントを宣伝で使ったりもした。

しかし潜水艦という同じ題材で先行作品に類似して、参照がうかがえることが、どこまで「パクリ」と呼べるかは疑問なところ。
原子力潜水艦の独立行動という発端は1984年の小説『レッド・オクトーバーを追え!』という前例があるし、映画化もされた。思想的な対立を密室劇に凝縮する風刺劇も珍しくはない。
多くの評が隠している設定を考慮すれば、後述のように『沈黙の艦隊』や『クリムゾン・タイド』より類似を感じる作品がいくつかある。


ユリョンが日本へ核攻撃しようとする展開から、WikipediaやWEBメディアで「反日映画」とも評されているが、やはり重要な設定の説明がない。
韓国の反日作品 - Wikipedia

ユリョン (유령) 』、1999年 - ユリョンとは『幽霊』の意。韓国の潜水艦が沖縄を始め、東京や大阪、札幌や福岡など日本の主要都市に核を撃ち込もうとする。劇中では艦内で「核攻撃派」と「時期尚早派」が対立するが、「核攻撃派」の副艦長が「沖縄県民は運が良い、あと2時間寿命が延びた」といったセリフが有り、また「時期尚早派」の主人公も韓国が先制攻撃をすれば「祖国が火の海に成ってしまう」とのスタンスであり、対日核攻撃を全否定する主張はない。

日本メディアが報道しない韓国ドラマの反日っぷりは凄い! K-POPなんて生ぬるかった | ガジェット通信 GetNews

日本でブームになった韓流ドラマや映画だが、とても日本では放送できないものも多く存在する。ヒットしたかどうかは別として反日感情が全面に出ているドラマがあり、そのことには日本のマスコミは一切触れないという不自然さ。今回はそんなドラマを紹介していきたいと思う。

映画『幽霊(ユリョン)』1999年
韓国の潜水艦が日本に核ミサイルを撃ち込もうとする内容。実際は打ち込まなかったので韓国人に不評だった。この映画は99年度映画興行順位の8位にランクインした。

日活で配給された映画を「とても日本では放送できない」と紹介する「ガジェット通信」*2は論じるに値しないとしても、Wikipediaの記述も虚偽にかぎりなく近い。
主人公は日本への核攻撃が「時期尚早」と主張しているのではなく、韓国が核武装すべきかという質問に対して、それには条件が必要と答える場面があるだけ。潜水艦の反乱に対しては一貫して止めようと動き、最終的に「核で歴史は変えられない」と主張する。
一方で核攻撃しようとするのは反乱した副官。その動機は、米日韓の思惑で不都合な存在になった潜水艦を自沈させることが決まり、何も知らされないまま自爆作戦に従事させられたため。反乱派は韓国の主権なき状況にいきどおる「愛国者」だが、同時に祖国に裏切られた立場でもある。
能動的な反乱ではなく国家に消されようとしたことへの反抗という構図は、実話にもとづく2003年の韓国映画シルミド』に近い。核攻撃の対象が米国ではなく日本なのは、物語では自沈予定場所への通過地点という都合でもあり、憎むべき日本人の姿すら画面に映らない。
ユリョンに攻撃され沈んでいく日本の潜水艦から悲痛な声を聞く場面がある一方、情念に満ちた愛憎は主として韓国に向けられている。


そもそも、軍艦の反乱を内部から主人公が単身で止めようとするポリティカルアクションは、先述した作品よりも小説『亡国のイージス』が近いだろう。ほぼ同時に発表された作品なので*3、まずパクリとは考えられない。

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もちろん完全な偶然で似たとも考えにくい。おそらくどちらも1988年の映画『ダイ・ハード』の舞台を海上の艦船におきかえて、ついでに思想のぶつかりあいを描こうとして、同じような物語になったといったところか*4
比べると『ユリョン』は閉鎖環境で主人公が戦いつづけられるための工夫がよくできている。外の敵艦と内の主人公との戦いが同時進行して、反乱派は一方に注力することができない。作戦途中で数人が主導した反乱なので、艦内に情報を完全開示することはできないし、主人公の味方になる人物も出てくる。
また、ユリョンは不都合な存在になればあっさり放棄が決定したように、実は『沈黙の艦隊』と違って最新鋭の原潜ではない。だから多くの敵艦と同時に戦って勝利するような無茶な展開にはせず、最初は自沈作戦と思ったままの相手を騙しうちして、以降も少数の敵艦とぎりぎりの駆け引きをおこなっていく。
すべてが消えていく結末ともども、無駄なく無理のない範囲で娯楽活劇として完成されている。「パクリ」や「反日」という悪評だけで判断するのはもったいない作品だ。

*1:後述の『クリムゾン・タイド』でも使われた手法。

*2:執筆しているライターの「ソル」は、安っぽい嫌韓記事を量産し、当時から悪名高かった。

*3:ユリョン』はさらに原案的な舞台劇があるという。

*4:もちろん『ユリョン』が他の作品を参照した可能性と同じように、『亡国のイージス』も他の作品を参照しているだろう。