法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『カジュアリティーズ』

ベトナム戦争の実話にもとづいて、ブライアン・デ・パルマが監督した劇映画。1969年に報じられた戦争犯罪を、ベトナム戦争終結して十年以上がたった1989年に製作された。
下記エントリで言及したようにGYAO!で無料配信されていたので視聴してみた。
GYAO!の戦争映画配信 - 法華狼の日記



物語は完璧な三幕構成にしたてられている。
ベトナムの戦場で主人公と仲間達を描く序盤*1ベトナム人の女性を慰安目的で拉致して主人公だけは逃がそうとするが失敗し、情報漏洩を防ごうとして女性が戦場につれまわされ最終的に口をふさがれる中盤。助ける努力がことごとく失敗した主人公が軍上層部に訴えるものの壁にぶつかる終盤。そして、そうした主人公の記憶を呼び起こす電車の風景が、冒頭と結末に描かれる。
様々な出来事を描く分量が計算されすぎていて、実話が原作と知りながら、架空の事件を見ているような気分になった。良くも悪くも一般的な戦争映画という感が強く、まんべんなく戦闘にも見所がある。トンネルから隠れて攻撃してくる「ベトコン」に苦しむ夜間ジャングル戦、のどかな田園風景で突如として狙撃される仲間達、小隊の孤独な行軍、敵の補給を断つための橋梁を舞台とした立体的な作戦まで、戦争映画の水準を充分に満たしている。
ベトナム現地人の言葉が通じず、米国人内でほとんどのドラマが完結しているところも、主人公視点で物語をわかりやすく整理したと評価できるが、米国映画らしい視野のせまさも感じた。
だが、確かに単なる戦時犯罪の告発を超えた部分もあった。


戦争犯罪の描写で特筆できる要素は二つある。
まず女性を慰安婦として拉致する口実として、小隊の規律を守るという建前を小隊長が主張したこと。戦争犯罪が狂気による特異例ばかりでなく、身勝手な立場から考える合理性によっても起こされることを示している。もちろん日本軍の慰安婦制度を思い出さずにはいられない。規律を守るための行動が、明らかに規律と倫理を逸脱していた。
次に、終盤の告発において、上層部へ何度も訴えながら、主人公が退けられる姿を描いていること。一小隊の暴走による拉致事件が、ここで米軍組織全体の問題と明確になった*2。上官の一人は、被害女性の悲鳴をうったえる主人公に対して、米国軍負傷兵による悲鳴が大半だと比較して相殺しようとする。主人公もまた中盤の戦闘をへて野戦病院に収容されていたというのに。さらに上官は、軍法会議では比較的に刑が軽くなると指摘し*3、仲間が刑期をつとめた後の復讐を恐れなければならないと主人公にいう。心配しているかのような口調だが、主人公の立場では脅迫に近い。
その後に、主人公の口をふさぐための暗殺未遂事件が基地内で起き、ようやく訴えが聞き入れられた。しかし民間人の女性を拉致し暴行し殺害しながら、上官が主張したように仲間は十年前後の刑期しかくだされなかった*4
米国に戻った主人公は電車でうたたねしながら夢を見ているわけだが、その記憶の悪夢は現実にせまった脅威でもある。被害者女性の姿を車内に幻視する主人公だが、仲間を幻視する描写があっても良かっただろう。


最終的に、主人公の記憶は悪夢として処理された。
電車で出会った名も無きベトナム系の女性は*5、忘れ物を持って車外まで追ってきた主人公に対し「もう大丈夫ね」と悪夢が去ったことを告げ、物語を閉じた。現代の視点では、過去を描いた物語として閉じるためとはいえ、甘すぎる演出かもしれない。悪夢を現実の問題として改めて主人公が脳裏に刻み直すか、先述するように悪夢の再来を結末で見せても良かっただろう。
しかしながら、正義の告発をしたために苦しまされた主人公は、救いが与えられてしかるべきだとも思う。ベトナム戦争にかかわった全てが悪夢から救われたのではなく、戦場で悪を退けようとした主人公だけは救われる布石を自ら打てていた、と解釈したい。そう、きっと主人公以外は悪夢から救われてはいない*6
近年でも、グアンタナモ収容所の虐待事件を告発した米軍兵士は、軍内部や一般人から度重なる嫌がらせや脅迫を受けて、引越しを余儀なくされている。悪夢は終わっていないのだ。

*1:事件を主導した小隊長は、ここでトンネルに落ちかけてしまった主人公を救うため英雄的な活躍をして、勲章まで受ける。

*2:即座に訴えが聞き入れられたとしても、軍の教育や兵士の管理問題として組織全体が少なからず責任を負うことには違いないが。

*3:ちなみに主人公は脱走扱いになることを恐れて、中盤で解放した女性に同行することを一瞬ためらい、そのもたつきが解放失敗へ繋がる。

*4:小隊長命令で殺害を実行したクラーク伍長のみが終身刑

*5:被害者女性との一人二役でもある。

*6:主人公の物語が終わった後、エンドクレジットの途中でハッチャー上等兵が上告したというテロップが流れ、自白が無効とされ強姦と殺人ともに無罪になったと明かされる。むろん、上告自体は重要な権利だが。