法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『千年女優』と『PERFECT BLUE』を見返した

今敏監督が亡くなられた。
戦前から戦後へ駆け抜けた架空女優一代記である映画『千年女優』には終戦特別番組に関連して思うところがあり、今回の報を全く知らない数日前にも見返しており、いずれエントリを上げるつもりだった。
http://www.47news.jp/CN/201008/CN2010082501000521.html

 2006年のベネチア国際映画祭に出品された映画「パプリカ」などで知られるアニメーション映画監督の今敏0件さんが24日午前6時20分、膵臓がんのため死去した。46歳。北海道出身。葬儀・告別式は親族のみで執り行う。喪主は妻京子さん。

 武蔵野美術大に在学中の1985年、漫画家としてデビュー。90年ごろからアニメ映画の製作にかかわり、人情喜劇やサスペンス、ファンタジーなど幅広い作風で「パーフェクトブルー」や「東京ゴッドファーザーズ」などの作品を発表。文化庁メディア芸術祭大賞受賞の「千年女優」は、全米公開された。

 ベネチアコンペティション部門に出品された「パプリカ」(筒井康隆さん原作)は、現実と妄想が入り交じった世界を最先端の映像技術で描いて話題を呼んだ。

 最近は、新作アニメ「夢みる機械」の製作に当たっていた。

アニメ史においては映画『機動警察パトレイバー2 the Movie』のレイアウトマンとして精密な画力で演出意図を映像に反映させ、押井守監督のレイアウトシステムを完成させたところも重要だろう。特に『機動警察パトレイバー2 the Movie』では中盤の都市にたたずむ自衛隊等の「絵」を100カット近く手がけており、その映像は見た者の多くが脳裏に焼きつけているかと思う。その精緻な仕事の一端はレイアウトシステムを押井監督自身が解説した『Methods 押井守パトレイバー2」演出ノート』でうかがうことができる。
後に押井監督とはたもとをわかったが*1、押井脚本の映画『人狼』で初監督をつとめることになった沖浦啓之監督に助言を与えたりもしていた。


監督作品についていえば、とにかく隙のない映像と物語構成が印象に残る。最近の日本で、今敏監督ほど自身の才を制御しているアニメ作家はいなかった。
圧倒的と呼んでいい画力を持ちながら、それに寄りかかることなく抑制して作品へ奉仕させていた*2。虚構と現実という題材を選びながら、いや選ぶがゆえに緊密な構成を心がけていた*3。普遍的な題材を選びながら、娯楽としての要所を外すこともなかった。
予告映像やあらすじからは敷居の高い作風に感じられるかもしれないが、どの作品も実際には映像としてわかりやすい見せ場が満載で、必ず相応の満足を与えてくれる職人監督としての面を持っていた。


そして後継となるような監督はいない。
流行のアニメシーンと少し異なる位置で娯楽性をつきつめて文芸性を獲得する作風は、いかにもマッドハウスらしいと感じていた。しかしマッドハウスが力を注いだ作家性あふれる作品群において、自身の作家性を抑えているところが逆に個性的で、単なる実写風味のアニメに見えても真似できる監督は思い浮かばない。
制作手法などを受けついで発展させる後継者を育てるには、もしくは後釜を狙う意欲あふれる若手が登場するには、あまりにも亡くなるのが早すぎ固有の才能に満ちすぎていた。
ちなみに、ブログの遺言で、鍼灸師やカイロプラティックへ通っていて癌の発見に遅れたという記述があることから、代替医療の問題を指摘する意見もある*4。しかし、身体に負担がかかる姿勢での長時間作業を必要とするアニメ作家ゆえ、頻繁に専門医に通う余裕がなかったととらえるべきではないだろうか*5抗癌剤を拒否して自宅療養していたことも、余命が宣告された終末期医療の選択としては違和感が少ない*6。遺言では入院していた病院を批判する意図ではないことも明言されているし、自宅療養に協力した主治医や看護師への感謝も語られている。何より、進行中の作品を全て制御できる唯一の存在として必要性にせまられたのだろうとも思う。
そうまでして残された時間を注いだ映画『夢みる機械』は、マッドハウス社長も完成を約束した。期待したい。作家は去っても、その精神は作品にいくばくかでも刻まれているはずだから。

*1:そのため、アニメ雑誌で連載されていた押井原作今作画のマンガ『セラフィム』は未完になってしまった。

*2:もちろん、圧倒的なアニメーションの快楽を優先した作品も好きだが。今敏監督も金田伊功特別番組に言及し、作画アニメの賞賛をtwitterで残している。http://togetter.com/li/44664「@ziphon ああ、いまは暴走を込みとして作られることはあり得ますけどね(笑) 「作画MAD」とかいうんですか、YouTubeとかにあるクレージーな作画映像とか、すごいじゃないですか。正直、私、感心しますよ。すごくて。素晴らしき作画世界は形を変えつつも健在と言えるのでは? 12:43 AM Aug 15th」実作においても映画『東京ゴッドファーザーズ』では、ジブリ作品でデフォルメ作画を得意とした大塚伸治原画を活用し、コミカルな楽しさを映像に充満させていた。TVアニメ『妄想代理人』も、映画ほど作品を制御しきれないことを逆手に取り、第4話クライマックス等の手描き作画の味わいが感じられる名カットが多い。

*3:よくできた仮想現実SFのように虚構なりの法則性を示し、きちんと物語として落としどころを用意している。同じ虚構と現実を題材としても、そのあわいに耽溺する作風の押井監督と衝突したのも、残念だがしかたないことだったのだろう。

*4:http://d.hatena.ne.jp/ssig33/20100825/1282722071なお、カイロプラティックは代替医療だが、鍼灸は国家資格が必要で医療にあたるはず。

*5:親類の農家も、仕事が忙しいため待ち時間の長い病院ではなく整体師に通っていたことがある。ただ、腰痛がひどくなって病院で検査した時、良性ながら巨大な腫瘍が見つかって急いで手術したということがあり、今敏監督の文章は他人事に感じられなかった。

*6:ただし一昔前のイメージと違い、抗癌剤によって症状が緩和されることは統計で確実とされている。http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20091207%23p1