法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『屍者の帝国』

架空の19世紀。フランケンシュタイン博士の技術の残滓から、意思をもたない死者をよみがえらせる技術が確立された。
その技術を違法に再現して友人フライデーをよみがえらせたワトソンは、英国諜報機関にスカウトされる。
そしてワトソンは仲間とともに、フランケンシュタインの手記を探して世界を旅することに……


伊藤計劃の遺稿を円城塔がひきついで完成させた長編SFを、ノイタミナのProject Itoh企画において2015年にアニメ映画化。若手の牧原亮太郎の監督2作目で、『進撃の巨人』をアニメ化したWIT STUDIOが制作。

原作は未読で、ホームズ物のパロディが入っているというくらいの予備知識で観賞。目新しさはほとんどないが、架空世界をまたにかけた冒険活劇として、約2時間でそこそこ娯楽的にまとめていた。
WIT STUDIOは映像に力を入れつつも、やはりTVアニメでは集団戦闘は止め絵でしのぎがちだったところ、この作品では動きを止めない。はげしい馬車チェイスに始まり、荒涼とした雪山での淡々とした死闘や、炎がうずまく屋敷での剣戟など、バラエティたっぷりな戦闘が楽しめる。
ワトソンと友人をはじめとしたホモソーシャルな関係性が重視され、ヒロインはセクシーであっても自立していて他者に媚びない。誰もが目的に向かって進み、展開が停滞することなく、ストレスが溜まらない。
ただ、主人公が自身の欲望と状況に流されがちで、要所で行動しなかったことで事態が悪化して場面を転換するという物語構成は疑問。最後の決断を強調する意図なのだとしても、考えずに行動して裏目に出るような局面も入れて、もっと展開が単調にならないよう工夫しても良かった。
とはいえ、近現代の名所旧跡を移動しながら、思惑のいりみだれる戦いをシンプルに見せる作品としては悪くない。劇中で番号が引用されるように、能天気な時代の「007」を、現代的な価値観でレトロ世界に再現したと思えば、これはこれで成立している。
同じWIT STUDIO制作のオリジナル作品『甲鉄城のカバネリ』への基礎となる作品という観点からも興味深かった。


一方、重厚長大な架空世界の構築という観点からは、いささか期待外れではあった。
産業革命蒸気機関ではなく蘇生死者によって実現したことから、もっと悪趣味な世界観を予想していたが、画面に登場する蘇生死者は奴隷とかわりなく、考えようによっては現実より人道的ですらある。自動車のボンネットを開けると死者がつめこまれてクランクを回している……くらいの表現があるかと思っていた。
しばらくして、脂肪をグリセリン化して動く爆弾化した死者が出てきて、これはえげつなくて良かったが、アクションもドラマの位置づけもゾンビの強化版にとどまる。アニメとしても『無敵超人ザンボット3』のような前例もあり、斬新というほどでもない。
シャーロック・ホームズのパロディ物という楽しみも弱かった。どちらかというと、史実や虚構の人物を登場させる一環として、主軸のひとつにしたくらいの重要度。ところどころ原典を知っていれば楽しい設定もあったが、良くも悪くも知らなくても物語を追うのに不都合はない。原作では詳細に書かれているらしい架空日本も、手記をさがす通過点でしかない。劇中で最も激しいアクションが楽しめるし、やや浮世絵調の平面的な背景美術もよくできていたが。
そして主人公は手記にたどりつくが、特にSFらしい理屈で死者や意識を語るアイデアが語られるわけではない。より大規模に高度な蘇生死者をつくるためのアイテムでしかなかった。原作では詳細に設定されているのかもしれないし、それをアニメでは煩雑になるから削ったのかもしれないが。