法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

戦犯ゴボウ問題という都市伝説を疑うことは、BC級戦犯裁判は本当に不当だったのかと懐疑する意味がある

戦犯ゴボウ問題という都市伝説がある。戦後の映画や漫画でくりかえし描かれたそれを、十年以上前からid:Apeman氏が追いかけている。
「ごぼうを捕虜に食べさせて有罪になったB級戦犯」は都市伝説? - Apeman’s diary

ごぼう 戦犯」でググるとたくさん出てくるのが、「連合軍の捕虜にごぼうを食べさせたところ、木の根を食べさせた虐待だとして戦犯として訴追され、有罪になったケースがある」というはなしである。

念のため、少なくない都市伝説がそうであるように、元ネタと思われる事実は存在することがわかっている。

元捕虜たちがごぼうを木の根と誤解し、虐待の一例として訴えたという事実それ自体は確かにあったようである。だが、判決でもそれが虐待として認定されたのかどうかは不明であるし、なによりごぼうの一件は数ある訴因の一つに過ぎない。

ここで問題となるのは、戦犯裁判の不当性を象徴するような逸話なのに、確認できる元ネタにおいては不当性が明確ではないということ。
かんちがいからゴボウ料理を虐待と訴えられるほど捕虜と収容所のコミュニケーションが不足していたと仮定しよう。それではなぜ、その誤解を裁判において解くことはできなかったのだろうか。
連合国は「復讐」というには公正さが求められる裁判という手続きをとり、弁護活動もおこなわせた。さらに判決後に上級機関のチェックがおこなわれ、死刑判決はマッカーサーの承認も必要だった。
戦犯裁判においてさまざまな不備はあったにしても*1、全体として不当だったという被害者意識は正しいのだろうか。


さらにApeman氏は、BC級裁判で二等兵への死刑判決はあっても執行されていないことを根拠に、一般人が理不尽な目にあったという被害意識も過剰ではないか、という指摘をしている。
『私は貝になりたい』を反米プロパガンダのファンタジーと断罪する者だけが『鬼郷』に石を投げよ - Apeman’s diary

実際のBC級戦犯裁判では死刑を執行された二等兵はおらず、一等兵は2人だけ、上等兵および兵長(これらの階級は“ただ招集されただけ”の者としては軍隊の中で“うまくやってきた”ことを意味する)があわせて23人にすぎない。軍隊というのが階級が上がるほど人数の減るピラミッド状の組織であることを考えれば、BC級戦犯裁判で将校でも下士官でもない兵士が死刑になる、というのは非典型的もいいところなケースだということがわかる。

関連して思い出されるのが、近年に報道への名誉棄損裁判がおこなわれた中国での百人切り競争だ。戦後に中華民国軍事法廷で死刑となったふたりは、士官学校を出ていた少尉だった。けして無理に戦場へ送りこまれた一般人ではなく、軍隊において相当の権限と責任があるべき立場だった。
たとえば時代劇において支配階級の武士がしばしば共感の対象として描かれるように、上層階級の物語に一般人が感情移入することは不思議ではない*2。しかし現実においては、その感覚は実態とのずれがあることは注意されてもいい。


それどころか、むしろ戦犯になるほどの罪を犯しながら逃れた者が多いという疑惑を、弁護を担当した日本人が証言しているという*3
『BC級裁判」を読む』その1 - Apeman’s diary

特に戦犯裁判で弁護人を務めた人が戦後の聞き取りで厳しい見方を披露しているケースが少なくないという。

 裁判の弁護を担当した萩原竹治郎弁護人が一九五八年三月二十八日の聞き取り調査で、この事件を含めた日本軍の戦争犯罪について手厳しい意見を述べている。
 オランダ軍によるバタビア裁判全般についての所見として、「起訴状に出ているくらいのことは事実であったと思う」という。
(……)
 荻原の聴取書は「実際にやっているのに無罪になったものもいる。戦犯的事実は起訴された五倍も十倍もあったと思う」と突き放すような言葉で終わっている。

私も先日に見つけた戦犯ゴボウ問題にまつわる手記を読んだところ、不当性をうったえる文章に反して、むしろ裁判の妥当性を印象づけられる結果となった。くわしくは次のエントリで紹介したい。

*1:たとえば後日に紹介するマカッサル戦犯裁判において、裁判長が元抑留者だったという指摘は、聞くべきところはあると思う。

*2:逆に、朝鮮人や台湾人が軍属として捕虜監視員に動員され、いわば汚れ仕事を負わされた結果として戦犯として数十人が死刑になった。ここでは日本という国家が戦犯裁判をとおして加害し、一般人がその歴史を無視してきたともいえるかもしれない。

*3:引用内引用は、保守系作家が討議した『「BC級裁判」を読む』の161~162頁とのこと。