法華狼の日記

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クマラスワミ氏との会見を「光栄」と記述した女性自衛官のコラムが、日本大使館サイトから削除された件について

http://www.47news.jp/CN/201507/CN2015071601000803.html

政府は16日の自民党国防部会で2015年版防衛白書をめぐり、北大西洋条約機構NATO)本部に派遣中の女性自衛官が記したブログの一部を削除すると報告した。旧日本軍の従軍慰安婦を「性奴隷」と表現した1996年の国連報告書のクマラスワミ元報告者との会談に同席したことを「光栄」と記述した今年3月のブログに対し、問題視する声が出ていた。ブログは在ベルギー日本大使館のホームページにあり、白書の原案にリンク先が書かれていた。


まず「性奴隷」という表現だけなら、官民共同のアジア女性基金でも用いられている。
「性奴隷」という表現を日本政府として拒絶したいなら、アジア女性基金を日本政府の成果として喧伝してはならない - 法華狼の日記
クマラスワミ報告も、国連で日本政府も賛成し、全会一致での採択となった。
もともと報告は女性の人権問題を広くあつかっており、従軍慰安婦問題にふれたのは付帯文書のひとつ。しかも付帯文書は日本政府への批判だけではなく、被害者側から反発もあったアジア女性基金に対して、一定の評価をおこなっていた*1
それでも日本政府は付帯文書について反論しようとしたが、「テークノート」として留意するレベルに後退したことで、最終的に採択へくわわった。1996年の参議院議事録から引用しよう。
参議院会議録情報 第136回国会 予算委員会 第19号

○政府委員(朝海和夫君) 女性に対する暴力の問題についての決議でございますが、この決議は全会一致で無投票で採択されてございます。
 その中身といたしましては、クマラスワミという特別報告者の作業を評価する、関係の文書をテークノートする、それからクマラスワミさんが家庭内暴力についてまとめられた報告の内容を評価する、そういったような内容でございます。

国務大臣橋本龍太郎君) 報告書は、先ほども申し上げましたように、別の問題で採択されました。議員の言われる部分はテークノートという部分にとどまっております。

クマラスワミ報告の付帯文書は、たしかに事実関係の誤りはいくつかある。しかし吉田清治証言と性奴隷認定については、よく批判の対象にされているが*2、撤回させられるような記述にはなっていない。
クマラスワミ報告書と吉田清治証言と性奴隷認定の関係をめぐるデマ - 法華狼の日記


さて、クマラスワミ氏との会見がふくまれるコラムは日本大使館サイトから削除されてしまったが、今でも検索キャッシュなどで確認できる。
http://www.be.emb-japan.go.jp/japanese/archives_j/chizu_003.html
やや長くなるが、ラディカ・クマラスワミ氏との出会いにまつわる記述を引用しよう。

今回は、NATO事務総長特別代表(女性、平和、安全保障担当)オフィスへの来訪者についてご紹介します。1月のことになりますが、当オフィスにとっては貴重な方々がNATO本部を訪問されました。

    まずは、ラディカ・クマラスワミ氏。彼女は、1996年に女性に対する暴力とその原因及び結果に関する国連の報告書(「クマラスワミ報告」)を担任したことで有名です。その後は、国連事務次長や国連事務総長特別代表(子どもと武力紛争担当)等を務めた人物です。

    今年2015年は、国連安保理決議1325号「女性、平和、安全保障」(2000年)から15周年の節目に当たり、国連は1325号の履行状況に係る総括報告を予定しています。彼女は、この報告の筆頭著者(Lead author)として今年秋の国連での発表に備え、成果収集等のため関係機関を訪問しているのです。NATO本部にはこのたび1月に訪問し、アフガニスタンジェンダーアドバイザー等を経験した軍人等との懇談に加え、NATO加盟各国やパートナー国等からの参加を得て、1325号の履行状況等について意見交換をしました。私は、光栄なことにNATO特別代表とともにクマラスワミ氏と昼食に同席する機会を頂きました。

読んでのとおり、クマラスワミ氏は国連事務次長や国連事務総長特別代表を歴任している。むしろ本来なら、会見した自衛官個人が反発を持っていても、重要人物として敬意をはらうよう日本政府が指示してもおかしくない立場だ。
コラムは「クマラスワミ報告」にも言及しているが、これは日本の読者に有名な業績として説明したものにすぎない。しかも「女性に対する暴力とその原因及び結果に関する国連の報告書」と説明しており、先述したように広い視野の報告ということがわかりやすい。
コラムのつづきには、クマラスワミ氏と自衛官との文化的な交流や、個人的な会話が書かれていた。

    スタッフレベルの私にとって昼食への参加は特例だったので、恐縮しつつではありましたが、もてなしの気持ちだけでもお伝えしたいとテーブルに星や季節の花の折り紙を置いたところ、ちゃんと日本の物だと気づいて下さいました。そして、「自分もアジア出身(スリランカ出身)だから、NATOで日本人が勤務していることに親近感を持った。日本にはジェンダー分野で将来アジアを引っ張る立場を期待している」との言葉を頂きました。女性の処遇には依然厳しい環境の南アジア出身で、またアフリカを始め紛争影響国の現場を数多く見てきたはずの彼女は、とても穏やかで徳が感じられる方でした。

自衛官個人への親近感を表明されたことにくわえて、日本という国家にも期待する言葉をかけられていた。もちろん社交辞令でもあるだろうが、ここで自衛官が好意的な記述で返さないと、さすがに失礼というものだろう。
むしろこのレポートを削除させたことで、「ジェンダー分野で将来アジアを引っ張る立場」という国連要人からの期待を、日本政府は自ら捨ててしまったに等しい。安倍内閣が推進していると称する「女性が輝く社会」の実態が知れるというものだ。


防衛大臣会見の質疑においてコラム削除を問われて、大臣は苦しい答弁をしている。
防衛省・自衛隊:防衛大臣記者会見概要 平成27年7月17日(10時13分~10時31分)

部会でご指摘がありまして、私はそう思ってませんけれども、これを読まれた方が、そういう誤解をされる、そういうこともあるということでご指摘を受けましたので、その点について、全体として誤解をされる部分があるということで、今回、対応をお願いしたということでございます。

誤解するという主張にこそ問題はないだろうか。誤解する側にこそ責任はないだろうか。
たとえば国際情報検討委員会の委員長が、クマラスワミ報告を読まずに批判していたことがあったばかりだ。
読まずに批判する政治家たち - 法華狼の日記


ちなみに第1次の安倍内閣においても、クマラスワミ氏とともに参加できたことが名誉だと、外務大臣政務官が国際会議で演説したことがある。
外務省: 児童兵に関する国際会議・浜田政務官ステートメント(骨子)

クマラスワミ紛争下の児童事務総長特別代表や、その他武力紛争と児童の問題に多大な関心を持つ多くの国からの閣僚、NGO代表者に並んでこの場に参加することを名誉に思う。

これは英語版とともに外務省サイトに掲載されており、自衛官個人のコラムよりも公的な文章と考えて間違いないだろう。クマラスワミ氏は国際機関の要職を歴任していたのだから、こういうことがあってもおかしくはない。
しかし2007年の男性政務官の演説は残され、2015年の女性自衛官のコラムが消されてしまった。この対比は、わかりやすいメッセージとなるだろう。「誤解」の余地なく。

*1:アジア女性基金側も第一歩として評価されたという認識を、関係者の座談会で示している。http://www.awf.or.jp/pdf/k0014.pdfの「とりくみ21」頁を参照。

*2:自衛官コラム削除を報じる産経記事でも、誤解をまねく記述になっている。「慰安婦=性奴隷」と定義したクマラスワミ氏を礼賛 女性自衛官ブログ削除へ(1/2ページ) - 産経ニュース