法華狼の日記

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日本歴史学協会の声明が名誉棄損だとして歴史学者の呉座勇一氏が訴えた件で、とりあえず地裁では呉座氏が完全敗訴したとのこと

呉座勇一氏が日本歴史学協会を訴えた名誉毀損訴訟で日本歴史学協会が全面勝訴しました - 武蔵小杉合同法律事務所

本日5月20日、東京地方裁判所立川支部は、呉座氏の請求を全面的に棄却する判決を下した。
判決の中で、裁判所は、「本件声明は、被告が、ハラスメント行為やそれを看過する行為等を批判し、ハラスメントを生み出す構造を明らかにし、同じことを繰り返さないための取り組みを進めるという被告の課題と責任を表明したもの」と認定、本件声明は公正な論評として違法性が阻却され、不法行為は成立しないとした。

 公開されている判決文を読むと、冒頭の主文で呉座氏の請求をすべて棄却して訴訟費用も負担させていることがわかるし、ほとんどすべての争点で呉座氏の主張がしりぞけられている。
http://www.mklo.org/mklo/wp-content/uploads/2024/05/60e679ff8a4b2a23f04d97cb21344e27.pdf


 はてなブックマークを読むと、日歴協が謝罪したので形式的に呉座氏が敗訴したかのようなコメントが初期にあったが、これはmimizuku004氏などが誤読を指摘している。
[B! 呉座勇一] 呉座勇一氏が日本歴史学協会を訴えた名誉毀損訴訟で日本歴史学協会が全面勝訴しました - 武蔵小杉合同法律事務所

id:sumika_09 別紙1の通り、被告(日本歴史学協会)が謝罪撤回した上で争点が消えたため、裁判の形式上は被告の勝訴となった。でしかなくね?

id:mimizuku004 別紙1は呉座さん側がこの謝罪文を協会のサイトに掲載しろって言って出してきたもんであって、その要求も損害賠償請求も棄却されてる。つまり、協会は謝罪文なんか出してない。判決冒頭見たらわかるやろ。

 少しわからないのがfut573氏のコメントだ。「謝罪文等」とは日歴協に提示されたツイートを呉座氏が自身のものと認めて、指示どおり削除したことを指しているのだろうか*1

id:fut573 謝罪文等により、殆ど争点で事実関係に争いがなくなり、意見論評としての域を超えているかの話に。/結論だけ読まずにちゃんと判決の中身を精読してどこまで裁判所が判断して、どこを避けたのか確認したほうが……

 たしかに「意見論評としての域を超えているか」でいえば争点2で意見論評と判断されている。
 ここで興味深いのが、呉座氏が複数ツイートでハラスメントをおこなったことは争わず、あくまで声明の「あらゆる」という表現を争ったことも判断の要因になっていること*2。行為の有無や各ハラスメントの事実性では争っていないから、争点部分が意見論評と判断されたわけだ。
 この判決を読むと、訴訟をおこなうと呉座氏が報告したエントリに対して現時点で最上位の注目コメントになっているid:kotobuki_84氏の主張は、根本的に読み誤っていたことがわかる。
[B! 差別] 日本歴史学協会に対する訴訟提起について - 呉座勇一のブログ

kotobuki_84 めちゃくちゃ大袈裟に「残虐な大量殺人犯だ!」って言われたから「違う、俺は1人しか殺してない!」って反論に、殺しとるんかいwって感想も分かるんだけど、反論する事そのものはそんなに変な話かな?

 まず呉座氏が争ったのは頻度の程度であり、比喩とはいえ「大量」と「1人」のような具体的に数字で反論できるような違いはない。現実には10項目29件にわたるツイートが「あらゆる」という評価にあたいしないと呉座氏は主張したのだ。具体的な数字を出したのは日歴協だ。
 どちらかといえば「めちゃくちゃ大袈裟」かどうかという段階で争ったわけであり、その形容を前提にすべりこませたkotobuki_84氏の比喩はうまくない。もちろん頻度の違いで「反論」することは自由だが、それを名誉棄損として裁判で争うのは税金の浪費ではないかという印象もある。
 私が同じ状況で呉座氏を評するなら「あらゆる」ではなく「広範な」や「さまざまな」という表現を選ぶ気はする。しかしそのように明確な数字ではなく頻度の表現を争いたくても、せいぜい印象で個人差があるくらいだろうし、名誉棄損になるほど誤っていると裁判所に判断させることは難しい。


 名誉棄損と裁判所が認めたというコメントもなぜか複数ある。実際の判決を読むと、社会的評価の低下は認めているが、名誉棄損の不法行為は成立しないと判断している*3

id:ROYGB 名誉毀損はあったけど、真実性、公共性、公益目的によって違法性は阻却されるとの判断。原告側が請求する謝罪文を別紙で出すことは裁判では普通だけど、謝罪を受ける側が書くというのは一般的な感覚からは変な感じ。

id:preciar 立場が圧倒的に上の協会が個人に対して出した声明に、名誉毀損だが批判だから違法性阻却、はまずくねえか?/名誉毀損裁判、裁判官の価値観出過ぎて一貫性が保ててなくね?

 あくまで行為への批判であって人身攻撃ではないことや*4、日歴協は呉座氏への直接的に優越的な関係がないことなども判決で指摘されている*5
 控訴審で呉座氏が一部でも勝訴するには、認定された争点をかなりくつがえさないと難しそうな印象を受ける。その意味で、被告側代理人が呉座氏に完全勝訴したと宣言したことに違和感はない。

*1:判決文ノンブル20頁。

*2:判決文ノンブル26頁。

*3:判決文ノンブル32~33頁。

*4:判決文ノンブル32頁。

*5:判決文ノンブル33頁。