襟音ママエという少女が、探偵事務所をいとなんでいた。捜査も推理もせず、事務や広報は助手の小人に丸投げ。
しかも解決は魔法の鏡にたよっていた。あらゆる問いに回答して、必要であれば映像を見せるアイテムで、少女は一足飛びに真相をいいあてていく。
しかし出生の秘密にかかわる陰謀と、三途川理という名探偵の真意を指摘したことで、少女は困った事態に巻きこまれる……
デビュー作『キャットフード』*1に続くシリーズ2作目で、2014年度の本格ミステリ作家クラブ大賞を受けた*2。
講談社BOX:森川智喜『キャットフード』『スノーホワイト』『踊る人形』|講談社BOX|講談社BOOK倶楽部
今回は連作短編形式で、襟音が鏡をつかって事件の謎を解いていく第一部と、襟音がつけねらわれる第二部にわかれる。
魔法の鏡という特殊条件がミステリの枠組みをゆがめていくのは当然として、第二部の展開は予想外の方向性だった。
第一部はオムニバス。魔法の鏡という特殊条件を組みこみつつも、かなりシンプルなミステリ。
「ハンケチと白雪姫」は、手品部が消した腕時計の謎を解く。かなり一般的なトリックで、知識があれば見当がつく。格子状のテーブルクロスという描写から、模様にそって切れ込みが入っていて机の穴に落としたのは明白。どちらかといえば、簡単なトリックでも鏡に解決をたよる襟音の人物像を説明するためのエピソード。
「糸と白雪姫」は、ショッピングモールに停めておいた自転車が消えた謎をとく。特殊条件があるゆえのエピソードだが、やはりシンプル。今回は一足飛びに犯人をいいあてたことで依頼人に不信がられ、後づけで推理をする。体を動かすことが嫌いな依頼人がスポーツ用品店に行ったという説明から、語られぬ同行者がいたという推理は難しくない。
「毒と白雪姫」は、脅迫された依頼人が3人の名探偵に依頼し、出てきたピザに毒が入っていることが問題となる。魔法の鏡だけでなく、付着したものに移っていく毒物や、それを検査する方法も特殊条件といえるだろう。ほとんど捜査に参加していない襟音が一足飛びに真実をいいあてたことで、窮地におちいる展開はよくできている。前回の延長だが、今回は名探偵の三途川が犯人であり、ゆえに罪を主人公へなすりつけたい動機があることで、いいくるめることができない。特に、襟音が見ていないはずの脅迫状の詳細について、机上の推理を構築しあう場面は現代ミステリとして楽しい。
第二部は、第一部で主人公にうらみをもった三途川と、襟音を抹殺して次期国王になりたい魔法の国の妃が協力する。
「私が殺したい少女」は、作品がモチーフにしてきた白雪姫よろしく、襟音へリンゴを送って毒殺しようとする。狡猾な三途川と協力することで、妃は魔法の鏡の本来の力を活用できるようになる。あらゆる真実を告げる道具を敵味方が持っているため、襟音が鏡を使うことを思いつかないような順序で殺さなければならない。鏡が仮定の質問にも答えられることに気づいた三途川は、送り主の筆跡を偽造する手段として鏡を活用したりする。さらに「毒と白雪姫」で登場したもうひとりの名探偵、緋山が訪問して毒リンゴを食べてしまう予想外の事態に対しても、三途川は堂々と乗りこんで襟音の鏡を割ることに成功する。しかしクライムミステリに近くて、最終エピソードへの助走的な伏線エピソードといったところ。
「完全犯罪」は、鏡を失って気力をなくした襟音を横目に、魔法の国から呼んだ小人の兄弟が協力して、入院した緋山を守ろうとする。まず妃なりの推理が間違っていて小人の監視に気づかない伏線はていねいだが、それもふくめて三途川は自他の状況を鏡で確認しつづけていれば良かっただけでは?という疑問はおぼえる。そういう隠し事をしたがる性格ということはわかるが。いずれにせよ、病院関係者を操作するため鏡に仮定の質問をぶつけてボイスチェンジャーにする手法も、鏡が光量や音量を上げられる描写を延長して爆弾のように作用させるアイデアも、前話で割ったはずの鏡をめぐってのトリックも、全体として鏡の機能を拡張させることで驚かせる。同ジャンルのミステリのように固定された特殊条件を基盤に異世界の論理をつむぐのではなく、特殊条件そのものを拡張して発展させるSFミステリに近いつくり。読んでいて『紫色のクオリア』を思いだし、これはこれで楽しかったが、本格ミステリの楽しさとは少し違う気はした。